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第78話 後日談~巻き起これ嵐~
康太と榊原は喪服に身を包み鷺ノ宮紫明の葬儀に参列していた
鷺ノ宮紫苑の長男、鷺ノ宮紫明は自分の運転している車でガードレールに衝突し、車は大破して事故死し19歳の生涯を終えた
葬儀には各界の著名人が参列した
政財界、芸能界、角界、梨園関係者等、紫苑の人脈の広さを物語っていた
それも鷺ノ宮は人を視る“眼”を授かりし一族だったからだ
人脈を司る一族
その人脈を繋げて基盤を整える存在となるべき為に産み出された一族だった
“眼”は人と人との繋がりを見抜き
人と繋げる大義を孕んでいた
紫苑が今担っているのは総理大臣と言う職務の存在の補佐的要員として“眼”を使っている
総ての人脈を使って“倭の国”の為に動いている
それが鷺ノ宮家に受け継がれた力だった
紫苑は妻との間に“眼”を持つ子を受け継がせる事は出来なかった
それが総ての歪みの原因となった
鷺ノ宮の“眼”を受け継いで生まれてしまったのは外腹として生まれた長女紫香だった
愛する人との間に出来た子に‥‥鷺ノ宮家が伝承すべき“眼”を継承させてしまった
それが総ての罪の始まりだった
認めたくない妻は息子に総てを懸けた
父や母‥‥そして祖母は紫明を家長として英才教育を施し帝王学を叩き込ませた
“眼”など必要ない
とばかりに紫明に歪んだ愛を注ぎ込んだ
紫明はその耐えきれない感情を紫香にぶつけ
紫香は鷺ノ宮の家を呪った
悪循環の連鎖は鷺ノ宮の家も家族も歪めて行った
鷺ノ宮紫苑は見る影もなく憔悴しきっていた
だが当主として毅然として座っていた
この後‥‥紫苑には家族や使用人を切ると言う大役も背負っていた
弔問客が紫苑に御悔やみを謂う
紫苑はその言葉を戒めの様に聞き入れていた
戸浪海里は沈痛な想いで葬儀に参列していた
掛ける言葉もなくいたら康太を見つけて寄って来た
「康太、君の姿を見掛けたので声を掛けてしまいました」
戸浪が謂うと康太は「若旦那‥‥」と名を呼んだ
「この後(葬儀の後)食事でもご一緒しましせんか?」
戸浪は康太を誘った
だが康太は「この後‥‥季節外れの嵐が吹き荒れるかんな‥‥無理かもな」と答えた
戸浪は晴天の空を見上げて「嵐‥‥?」と呟いた
「吹き荒ぶ嵐が来る予定なんだよ」
康太が来ると言うなれば必ず来るのだろう‥‥と戸浪は想った
「それは残念です‥‥」
「今日これからじゃなきゃ大丈夫だかんな!」
「では近いうちにまたお誘い致します」
「悪いな若旦那」
「でも今回は我慢しますから何があったのか教えて下さいませんか?」
康太は榊原を見た
榊原は戸浪に「ちょっとこちらへ!」と言い説明のため席を外れた
そして戸浪に経緯を話すと、戸浪は成る程と納得した
戸浪「今回は引くしかありませんね」と残念そうに言い康太の所へと戻った
「解りました!
近いうちにお時間を作って下さいね康太
約束ですよ」
「おー!約束する」
「美味しいお店を見付けたんですよ!
なのでそこへ御招待致します」
戸浪は嬉しそうに答えた
戸浪は康太を抱き締めて帰宅の徒に着いた
息子の葬儀だと謂うのに錚々たる面々が参列した葬儀告別式も終えて出棺の時間を迎えた
見送りをする参列者はバスに乗り斎場まで向かい最期のお別れをする事となる
葬儀で還る方々は悔やみの言葉を述べ還って行った
最期の見送りを終え参列者は総て帰り、鷺ノ宮紫苑は葬儀場に家族や使用人を集めた
祖母は「何なの?紫苑?」と高飛車に言い放った
「おばあ様、話があるので黙りなさい!」
ビシャっと謂われて祖母は黙った
紫苑は「鷺ノ宮に仕えて下さっていた皆様、今まで長い間お疲れ様でした
貴方達は今日を限りとして退職して戴きます!」とまずは使用人から解雇を通告した
祖母の代から仕えて来た古参の使用人が「それは何かの冗談かしら?」と鷹揚に問い掛けた
「冗談では御座いません!
我が鷺ノ宮家はいまいる使用人を総て解雇する所存です
まぁ祖母の代から仕えたと謂う名目だけで家族よりも大きい顔してのさばって貰っては困ると謂う事です
祖母が貴方達の給金をかなり高めに支払って来ましたが、貴方達に払って来た給金を新しい使用人に支払えば何人雇えるか解りますか?
さして働けぬメイドが貰うには分不相応だと解りなさい!
今後は鷺ノ宮の家も出て行って貰います
留まるなら法的処置をするのでそのつもりでいて下さい!」
断固して文句は聞かないと言う姿勢で紫苑は言い切った
紫苑は一旦深呼吸して続けた
「それから鷺ノ宮の家からおばあ様も父さん母さんも出て貰います
今後は鷺ノ宮とは関わりのない存在として老人ホームにでも入ってお過ごし下さい!」
この言葉に父親は激怒した
「お前、誰に口をきいている!」
「我が父にですが?」
「お前、さっきから聞いてれば何を勝手な事を言ってるんだ!
そんなの聞く気はないに決まってるじゃないか!」
激怒した父親は顔を真っ赤にしていた
昔は怖くて逆らう事も出来なかったが‥‥
今はこんなにも老耄になってしまっていたのか‥‥
そう思える事が悲しかった
紫苑は自分に課せられた罪を償うべく続けた
「鷺ノ宮の屋敷は近いうちに売り払います
出て行かないと言い張っても家がなくなれば貴方達の住むべき家はない
そしたらどうするのですか?
意地を張らずに老人ホームにでもさっさとお行きになれば良い
それと戸籍上は今も妻の貴方
貴方とも離婚するつもりです」
紫苑が謂うと妻は「紫明もいなくなった今‥‥貴方との婚姻は意味を成しませんものね
離婚して差し上げるので多少身の立つ金額は用意して下さい」と諦めた様に言った
ごねて慰謝料も貰えなくなるよりは、身の立つ金額貰って身を引いた方が懸命と踏んだのだろう
「この家も売りに出すし、おばあ様や父さん母さんの老人ホームへと資金もありますから、そんなには用立ては出来ないかもしれませんが、宜しいですか?」
「仕方ないわね
少しでも貰えないよりはマシですものね
明日までには、あの家を出て逝きます」
夫婦として生きてきた時間は長かったが‥‥
終わる瞬間は呆気なく‥‥
紫苑は胸を掻き毟る様に掴んだ
愛はなかった
愛せなかった女だった‥‥
だがこの人の人生も狂わせてしまったのは自分だった
親の良いなりになり結婚したのは自分だったのだから‥‥
妻は呆気なく身を引いた
だが祖母と父母は納得が行かないと、あの家を出る気はない!と宣言した
榊原は家族の前で今もまだ片付けられてない遺影を見上げて
「あの子はこんな歪んだ家族を死しても尚見なければならないのですね」と呟いた
使用人も家族同然に過ごして来たのに今更再就職なんてないし、退職金も期待できないのなら辞める気はないとごねていた
康太は黙ってそれを見ていた
紫苑は必死で頑張っていた
だがこのままでは平行線だと、やっと重い口を開いた
「んなババアのメイドなんて何処だって雇う奴なんているかよ!」
悪態を突かれて古参の使用人は
「部外者は口を挟むな!」と怒鳴った
「部外者じゃねぇから口を挟んでいるんだよ!」
康太が謂うと古参の使用人は訝しい目で康太を見た
康太は古参の使用人をじーっと視ていた
総てを暴かれる瞳に古参の使用人は居心地が悪くなり‥後ずさった
康太は「オレは飛鳥井家真贋 飛鳥井康太だ!」と自己紹介した
飛鳥井家真贋と聞いて‥‥皆息を飲んだ
康太は古参の使用人を視て
「鷺ノ宮の家にいれば月収30万保証
仕事は若い子に任せっきりで鷺ノ宮の祖母とお茶を啜ってれば良いんだもんな
楽で仕方がねぇわな!」と揶揄した
古参の使用人は「退職金は貰いますからね!」とまだ粘ったが
「退職金?今までの過払で逆に返さねぇとならねぇだろうが?
どうする?裁判に持ち込むならお前は飛鳥井を敵に回して明日から生活する事になるけど?」と脅した
ぐうの音も出ない程に謂われた古参の使用人は
「明日、鷺ノ宮を出て逝きます
なので過払はなしにして下さい!」と申し出して来た
「鷺ノ宮を出るなら過払は請求しねぇでやんよ!
次、ばばあ、おめぇはさっさと老人ホームへ行けよ!
そして今後は一切鷺ノ宮と関係のない存在になれ!」
祖母は「飛鳥井の真贋か、源右衛門はどうした?」と懐かしむ顔で聞いてきた
「数年前に鬼籍の人になった
今はオレが真贋だ!」
「そうかえ、お主が稀代の真贋かえ
なれば我は引かねばならぬな!
スッパリ引く事を約束しよう!
で、誰を当主に据えるのだ?」
「紫香」
「‥‥‥そうか‥‥やはり紫香しかおらぬな
鷺ノ宮が終わらぬなら‥‥それでよい」
祖母は深々と頭を下げ
「飛鳥井の真贋にはお世話になった
お世話になりついでに‥‥一つだけ護って欲しい事があるのじゃ」
「あんだよ?言ってみろよ」
「鷺ノ宮は300年続いた‥‥それはこの先も必要な信用となるであろう
家名が長い間受け継がれたと謂う実績は人と人を繋げる鷺ノ宮の家には必要な銘柄なのじゃ
だから家だけは絶やさないで欲しい
血だけは絶やさないで欲しい
でなくば我等はご先祖様に申し訳が立たぬからのぉ!」
「鷺ノ宮は紫香が婿を取る
婿が家長となり紫香は子を孕む
その子は“眼”を持つ
そしてその“眼”は受け継がれて逝く
と言っても、オレの見立ては100年は大丈夫だろうと謂う事だけだ」
「100年続けばそれでよい
ひょっとしたら斯波の家みたいに名は変わっても受け継がれて逝くやも知れぬ」
「ばばあ‥‥眼と記憶を持って生まれやがったか」
「わしは稀じゃ
わしを境にどんどん力が劣った子しか産まれては来なかった」
「まぁ力は劣るもんだ
力を守る為に血を護ればそれは狂気を孕む危険な紙一重にしかなれねぇ
血を混ぜれば力は薄れるんなもんだ‥‥」
「未来永劫なんてのは‥‥夢なのかのぉ‥‥」
「未来永劫かぁ、それは誰かの犠牲の上にしか成り立たねぇ泡沫の夢みてぇなモノだな」
「そうか‥‥最期に源右衛門の孫と話せて良かったわい!
わしは近いうちにこの世を去る
その前にこの腐った鷺ノ宮が整理されて本当に良かったと想っておる
助かり申した飛鳥井の真贋よ!」
「‥‥‥己の事は知っていたのかよ‥‥」
「わしは星も詠む
己の人生は星に描かれた通りだからのぉ!
と言う事でわしは何も謂う事はない」
祖母はそう言うと車椅子に座って目を瞑った
祖母は納得したが父親と母親は納得行かない顔をしていた
父親は「何故わしらが老人ホームへ逝かねばならぬのだ?紫香が当主になったとて我等は鷺ノ宮の家で暮らせば良いだけの事ではないか!」の一点張りだった
仕方なく康太が石頭をカチ割る為に口を開いた
「鷺ノ宮紫明を殺したのはお前達だからだよ!」
康太が謂うと父親は「あれは不幸な事故ではないか!」と突っ掛かった
「違う!鷺ノ宮紫明は地獄へと堕ちた
魂の修練場で魂を磨く日々を送る
そこまで追い詰めたのはお前達鷺ノ宮の家族だ!
紫明は家の犠牲者だった
紫明だけ断罪されるのは筋が違う
紫明を追い詰めた張本人達が行灯と生きてるなんておかしいだろ?」
「紫明は地獄に堕ちた?
そんな辻褄が合わない事を言って通ると想っているのか?」
「辻褄が合ってなかろうが現実の話として、人の痛みも知らぬ紫明は生まれ変わる為にその魂を磨いて来る道を選んだ
だから鷺ノ宮紫明はこの世を去った!
紫明を殺したのはお前達、鷺ノ宮の家族だって事を忘れるな!」
康太が謂うとずっと黙っていた母親が口を開いた
「貴方、飛鳥井家の真贋なんでしょ?
ならば私達の身が立つ様にして頂戴!
紫明なんてどうでも良いわ!
当主に据えて紫香に家督を譲らない為にそうしただけの子ですもの」
最低の発言だった
紫苑でさえ眉を顰める発言を母親は平然とした顔で言った
流石とその発言には康太もカチッとしていた
「鷺ノ宮紫明の遺影の前でよくもまぁ‥‥んな事が謂えるな‥‥
紫苑、おめぇの両親は己の保身しか考えられねぇ愚かな守銭奴に成り果てたな」
紫苑は両親に「親子の縁を今日を限りに切りたいと想います!貴方達は鷺ノ宮を名乗る資格はないので名を変えて戴きます」と最後通牒を渡した
だがふざけるな!と興奮した父親やキーキー叫びまくる両親の前に紫苑は成す術をなくした
仕方なく康太は
「引かぬならその命、貰い受けるだけの事!
死神にその命を狩りに逝かせれば良いだけの事!なんの苦労もなくこの二人はこの世を去る事となるだろう
くれぐれも闇夜には気を付けられると良い」そう言い嗤った
カッとなった父親はポケットに隠し持っていたナイフを取り出した‥‥‥
「どうせ終わるなら‥‥お前も道連れにしてやる!」
やはり悪役の上等とばかりにナイフを手にする
どれだけナイフの前に身を晒した事か‥‥
悪足掻きする輩は最後は刃物で相手を威嚇しようとする
そして鷺ノ宮紫苑の父親も例外ではなく、康太に飛び掛かった
死なば諸共‥‥
自分だけ何もかもなくすのは嫌だ
なればお前らも終われ!
錯乱している父親の唯一の救いでもあるかのように‥‥ナイフを康太を目掛けて突き刺しに行った
康太の心臓を確実に狙った
康太はナイフが刺さるのは予知していた
ナイフが心臓を狙うならば、狙いを反らして刺させてやるつもりだった
ナイフが康太に突き刺さる瞬間
康太が狙いを反らすよりも早く‥‥榊原が康太の前に出て康太を抱き締めた
康太の心臓を狙ったナイフは榊原の背中に突き刺さった
ドスッと刺される衝撃を榊原の体躯から感じて、康太は慌てた
「伊織!このバカが!」
康太は叫んでいた
榊原は康太を抱き締めて
「君が傷付くのは嫌なんですよ」と優しく笑った
康太は泣いていた
愛する人を傷つける気なんてなかったのだ
康太は携帯を取り出すと「久遠!伊織が刺された!」と訴えた
『近場か?』
「病院の傍にある斎場にいる!」
『5分で駆け付ける!』
久遠はそう言い電話を切った
康太は鷺ノ宮紫苑の両親を身も凍る瞳で睨み付け
「伊織に‥‥何かあれば許す気はない!」と宣言した
刺された榊原は痛みを我慢して顔を歪めていたが、愛する人が悲しまない様に必死で康太を抱き締めていた
「康太、僕なら大丈夫です!」
「伊織‥‥大丈夫じゃねぇじゃんか!
刺されたんだぞ?」
うぇっうぇっと泣きながら康太は言った
榊原は愛する人の涙に口吻けを落とすと
「君が傷付く方が僕には耐えきれないのです」と言った
そして鷺ノ宮紫苑の両親に向き直ると
「愛する人に刃を向けた貴方達を僕は許しません!
僕の妻に刃を向けた貴方達に安らぎなど訪れると想わぬ方が良い!
地獄の底へ突き落とし‥‥破滅の道を歩ませてやる!
魂の再生など出来ぬ程木端微塵にして闇に葬り去ってやる所存です!」
メラメラ怒りの炎に身を焼き唸る様に謂う様は、恐ろしいの一言だった
閻魔に印籠を渡されるよりも遥かに恐ろしく‥‥容赦など期待出来なかった
「死しても尚償え!」
榊原はそう言うと呪文を‥‥呪詛に近い呪文を唱えた
鷺ノ宮紫苑の両親は‥‥‥あまりの恐ろしさに腰を抜かした
久遠が医療道具を担いで斎場に姿を現すと
榊原は背筋を正して‥‥ナイフを刺したまま深々と頭を下げた
久遠は「おい‥‥」と唸った
だが榊原は関せず顔で
「久遠先生、ご足労掛けました」と謝罪の言葉を口にした
久遠は呆れて
「ナイフが刺さってますぞ伴侶殿‥‥」と声をかけた
「今抜くと血が溢れて出るので刺したままにしておきました」
言葉もないとはこの事だった
「では歩けますか?」
車まで一緒に行けますか?と言う質問だった
応急措置をするにしても斎場ではやりたくなかったからだ
だが榊原は微笑むと
「ええ。病院まで歩けと謂うならば歩いて向かういますが?」と答えた
病院まで歩かせる気は皆無な久遠は言葉を失った
榊原は苦痛に顔を歪めながらも愛する人を安心させる為にそう言った
久遠は「これは傷害の現行犯ですか?」と血ぬられたナイフを持つ鷺ノ宮紫苑の父親を指差して言った
「見ての通りです」
「どうされるのですか?」
「どうもしません!
警察に突き出して罪を償って貰ったとしても僕の気がすみませんですからね!」
恐ろしい発言をさらっと言い榊原は鷺ノ宮紫苑に
「紫苑さん家族や使用人を連れてお帰りなさい!
鷺ノ宮の家に帰ったなら実力行使あるのみ!
切る者はさっさと切って貴方の誠意を見せて下さい!
でなくば僕の取り立てを受ける事となりますよ?
僕の取り立ては閻魔などの様に甘くはない
未来永劫終わらない苦痛を下しても良い!
貴方は四神が一人、青龍に喧嘩を売ったのです!
努々忘れる事なく後悔し続けなさい!」
毅然として言い放つ姿は魔界の法の番人とまで謂わしめた恐ろしさを孕んでいた
厳粛で厳格で罪に厳しい法皇となるべき存在だった
重苦しい空気を掻き分けて久遠は
「気がすんだか?
気がすんだのなら病院まで行き治療してぇんだが?」
と言った
榊原は冷酷に嗤うと「取り立ては近いうちに!」と言い康太を抱き締めたまま久遠と共にその場を後にした
久遠は内臓が傷付くから榊原に「もう喋るな!」と言った
「すみませんでした」
榊原は康太の手を強く握り締め、手の甲に口吻けを落とした
久遠は自ら車を走らせて駆け付けたのだった
事前に指示をして迎えに行った久遠は、病院の正面玄関に車を停めると待機していた病院のスタッフに榊原をオペ室へ運ぶ様に指示を出した
その時「二人は絶対に離すなよ!」と注意した
スタッフは承知しているのか康太を榊原の手を握らせたままオペ室へと連れて行った
久遠は背中に刺さったナイフを抜くと、止血の処置だけして内臓に影響はないかとCTをさせた
ナイフは刃渡りがもう少し長ければ背中から内臓を突き破っていたかも知れないが、運良く内臓の方には影響はなかった
斬られた傷を縫い付けて処置をして包帯を巻いた
久遠は「今日は入院して戴きますから!」と言った
ナイフで刺されたのだ
感染症や他の症状も気にせねばならなかった
「はい、すみませんでした」
「本当に生傷の耐えない夫婦ですね!
早く良くなられないと康太が先に参ってきまうだろうから、早く良くなられよ」
「はい。‥‥康太‥‥もう泣かないで‥‥」
オペ室に入ってる間中康太はずっと泣いていた
久遠は「ご家族には連絡を入れさせて貰った!」と連絡を入れた事を告げた
榊原は「どちらの家族に‥‥ですか?」と今更ながらに問い掛けた
久遠はこんな怪我する方が悪い!とばかりに
「両方のご家族に、ですよ!」と言いニカッと笑った
榊原は「母さんに怒られるではないですか‥‥」と呟いた
未熟だから怪我をするのよ!
アクションスターのようにどんな危機も乗り越えれる強靭な肉体を目指しなさい!
と、怪我をするたびに言われ続けて来たのだ
榊原はトホホと呟いているとキィーッとドアが開いた
榊原は咄嗟にドアの方を向くと、そこには‥‥‥
「伊織、怪我をしたんですって?」と笑顔を張り付けた真矢が立っていた
「‥‥母さん‥‥」
「私は何時も言ってるではありませんか!
怪我をするのは未熟な証拠だと!」
キツい言葉は心配の裏返し
清四郎は「母さん、そこいら辺にしておいてあげなさい」と真矢を宥めた
玲香が「伊織、本当に申し訳なかった」と久遠から康太を庇って怪我したと説明を受け謝罪した
「お義母さん‥‥謝らないで下さい
母の視線が突き刺さりますから‥‥」と苦笑した
清隆は何も言わず榊原を抱き締めた
飛鳥井家真贋の傍にいる
それは命懸けの事だと、こう言う時に思い知らされるのだった
瑛太が慎一と共に入院の準備をしたバッグを幾つも手にして入ってくると
「伊織、大丈夫ですか?」
と心配して駆け付けてくれたのが解る程に髪の毛が乱れていた
榊原は「義兄さん、大丈夫ですから‥‥」と謂うと玲香や真矢、清隆や瑛太に
「「「「大丈夫じゃないでしょうが!!!」」」」と怒られた
少し遅れて一生と聡一郎と隼人が病室に駆け込んで来た
一生は「おい。何があったんだよ?今日は葬式だって言ってなかったかよ?」と急展開に頭が追い付けずそう言った
聡一郎は「ナイフの前に出るのは隼人と忠犬一生と貴史だけで良いです」と怒っていた
「聡一郎、虐めないで下さい‥‥」
隼人は榊原に抱き着いて泣いていた
「伊織も菜々子の様に‥‥いなくなってしまうと想ったら‥‥」と言い榊原を掴む手が震えているのを見て、悪い事をしたなと思った
瑛太は一生や聡一郎や隼人や慎一に久遠から聞いた経緯を詳しく話してやっていた
そして命には別状がないとの事を伝えた
命に別状がなく家族や仲間はホッと一安心した
いつの間にか泣き疲れて寝てしまった康太に気付くと榊原は、康太を持ち上げようてして傷が痛み‥‥
踞った
一生は榊原の傍に行き、康太を持ち上げて榊原の隣に寝かせてやった
「旦那、傷が開くから無茶したらあかんがな!」と無理をする榊原を気遣った
榊原は「康太を今は寝かせてやりたいのです」と言い康太を引き寄せた
一生は「で、お前を刺したのは誰よ?」と仕返しに行く気満々で問い掛けた
それに対し榊原はニッコリ笑って
「君が仕返しに逝かずとも大丈夫です!」と牽制した
一生は拗ねた様な顔をして
「あんでだよ?
俺は許せねぇぜ?お前を刺した奴を!」と訴えた
「だからわざわざ仕返しに逝かずとも大丈夫なのですと言ってるのです
闇の使者にあのバカ夫妻を懲らしめる為、魂を連れ去る様に呪文を飛ばしておきました
ですので死ぬ程の恐怖を味わって貰うつもりです。
僕の妻に刃を向けたので、この世から抹消してやろうと想いましたがね
今すぐ命を取らずとも人の命など高々100年にも満たないので、二度と輪廻出来ないように消し去ってやるつもりです
ですが今は生きて死ぬ程の後悔して貰うつもりですから、君は動かなくても大丈夫だと言ったのです」
とさらっととんでもない事を言ってのけた
たが何時もの榊原の発言だったから、何故か一生は安堵していた
榊原は一生に「一生、頼みがあるのですが、聞いて貰えませんか?」と改まって話を始めたら
「あんだよ?何でも言えよ
何でも聞いてやるからよぉ!」と返ってきた
「本当に何でも?」
「あぁ、何でも言え」
何でも聞いてやるから‥‥と一生は言った
普通ならそんな発言は怖くて出来ないのに‥‥
それが榊原には嬉しくて堪らなかった
「足の短い猫、覚えてますか?」
「おー!コオみてぇな猫だろ?」
一生はもふももふの猫を想いだし口にした
「すみませんが、あの子の退院の日なんですがね
僕は迎えに行けそうもないので『シナモン』のお迎えお願い出来ませんか?」
「シナモン?それは猫の名前なのかよ?」
「そうです、康太が美味そうな柄だな、まるでシナモンロールみてぇな柄だと名付けました」
美味そうな柄‥‥
康太‥‥お前どんだけ腹ヘリだったのよ?
でも康太らしいネーミングに一生は笑って
「病院に逝けば直ぐに連れ帰って良いのか?」
と問い掛けた
「ええ。清算は昨日済ませてあるので大丈夫です
今日の葬儀の後退院したシナモンをお迎えに逝く予定でした
あの子はコオやイオリやガル達とも仲良く過ごせるだろうさら一緒に飼っても問題ないと謂われました
一度逢わせたガルがシナモンの事を弟だと勘違いして可愛がってます」
「猫と犬って仲悪いんじゃねぇのか?」
「相性みたいですね」
「ならシナモンは相性良いのか?」
「あの足の短さがガルやイオリの警戒心を解かせているみたいですね」
「解った!引き取りに逝くわ
飛鳥井の家に連れて行ったらまた様子を見に来るわ」
一生はそう言い病室を後にした
榊原は慎一に
「一生に戻らなくても大丈夫だと言っておいて下さい!
それと入院用品、持ち帰って下さい
僕は明日には退院する予定ですので、直ぐにまた持ち帰らないといけなくなりますよ?」と今後の予定を告げた
慎一は呆れて
「刺されたのですよね?貴方?」と問い掛けた
「蚊に刺された様なモノです!」
「‥‥‥蚊に刺されてもオペにはなりませんよ?」
どつきたい程に簡単に言われて慎一はイラッとして言った
榊原は真剣な顔で慎一を見ると
「寝ている猶予などないのが今の康太の現状なのですよ
こうしている間でも康太の時は明日へと繋げ切り開かれようとしている
そんな大切な時に飛鳥井建設の副社長が怪我で倒れなどと言う噂が流れたらどうなると想いますか?」
と現状を口にした
慎一は黙らざるを得なかった
本当にこの人は‥‥人の急所を突くのが上手い‥‥
それでも慎一は飛鳥井康太の執事として謂わねばならないのだ
「ならば康太を苦しめる様な行為は控えられよ!伴侶殿」
「康太が刺されるよりは精神的に楽なので‥‥ついね!」
榊原は本音を吐露してクスッと笑った
聡一郎が不毛な会話に終止符を打つべく
「止めなさい!
君達の会話は不毛すぎです!」と言い捨てた
そう言われれば黙るしかなかった
飛鳥井の家族も榊原の家族も、命に別状がないと謂う事で一旦自宅へと還って行った
猫を引き取りに出向いた一生は、猫をガルに預けて病室へと顔を出した
慎一には顔を出さなくても大丈夫だと伊織が言ってましたよ?と伝えたが、敢えて病室へと出向いたのだった
一生は榊原に「旦那、康太は刺されてやるつもりだったのか?」と問い掛けた
康太は自分が刺されて終わるのであれば、身を差し出す傾向があったからだ
「ええ、急所を外して刺されてやる気満々でした
なので僕が康太を庇って刺されました
刃渡りもそんなが長くないし、康太の心臓を狙っていると謂う事は、康太に抱きつけば背中に刺さるだろうと予測して刺されてやりました
精神的にその方が楽なので‥‥と言うか、勝手に体躯が動いていたのですけどね」
一生はやっと納得した
「僕の誤算は‥‥刃渡りが小さかった癖にサバイバルナイフ並みに鋭利だったので骨をザッパリ斬りつけられた事でしょうか‥‥
お陰で‥‥治るのに時間が掛かってしまいそうです‥‥」
「骨、やられたのか?」
「ええ。骨を抉って止まった感じです」
「あんでナイフなんて持っていたんだよ?そいつ」
「解りません
でもあの家の血筋は‥‥憂さ晴らしを他でしようとする傾向があるのかも知れません
すんなりポケットからナイフを取り出したと謂う事は常備していたのでしょうね
常に何かしらに使っていたから切れ味が鋭かったのだと想います」
的確な分析に一生は苦笑した
だが多分そうなのだろう
鷺ノ宮紫明は弱者に鬱憤の捌け口を求めて暴力をふるっていた
「この先‥‥どうするのよ?」
一生は気になって問い掛けた
「ですからさっき言いましたよね?
闇の使者にあの夫婦の魂を連れ去る様に呪文を飛ばしておきました
なのであの夫婦は死んだ方が楽な拷問を魂に刻み付けられるのです
その恐怖と痛みは魂が覚えているので、一生その恐怖に怯えてこの世の寿命を全うさせるつもりです」
怖い‥‥
仕返しは何百倍、何億倍にして返すタイプだったのだ
一生はふとした疑問を口にした
「闇の使者って?
お前そんな力あったっけ?」
「歴代の青龍にはありませんよ!
僕は皇帝炎帝の夫になる存在なので闇の呪法を皇帝閻魔から授かったのです
闇を自在に扱える力もその時授かりました
なので今回本当に腹が立ったので‥‥使ってみたのです」
皇帝閻魔にか‥‥
あはははっ‥‥皇帝閻魔様‥‥
貴方はとんでとない男に呪法を授けてしまった様ですよ
この男‥‥誰よりも冷静だが‥‥冷静にキレるのだ
誰よりも静かにキレ、怒りを倍返しにしてやる算段を取る
この男だけは怒らせてはならないと想った
敵に回したならば、死んだ方が楽な仕返しをされるのだから‥‥
榊原は「吹き荒ぶ嵐も何とか収まりつつあるので、後は康太が適材適所 配置するだけの事ですよ」とまだまだ遣らねばならぬ事を口にした
「少しは‥‥休めそうか?
子供達が何か感じ取って不安そうだったからな」
「そうですか?
子供達はシナモンを受け入れてくれそうですか?」
「大丈夫だろ?
あの子達はワンが大好きだ
そのワンが仲良くしてる猫を虐めたりする子達じゃねぇ!」
榊原は康太を抱き締め‥‥
「人が人を傷つけるって言うのは‥‥悲しいですね」
「‥‥人の中にはそう言う奴もいるって事だ
魔族だって自己中はいるさ、人の世も魔界も生在るモノが生きて逝くってのは中々厄介って事なだけさ」
「赤いのがまともな事を言ってます‥‥」
榊原はクスッと笑った
「俺程に常識人はいねぇぜ?」
「そうでしたか?」
「そう言う事にしておけ」
「なら、そう言う事にしておいてあげます」
上から目線で謂われて一生は頬を膨らませ
「うるせぇ!兄を敬いやがれ!」と怒った
榊原はしれっと「何時も敬っているじゃないですか」と答えた
康太は二人の会話を榊原の胸に顔を埋めて聞いてクスッと笑った
体躯が少しだけ揺れて榊原は康太が目を醒ましているのを知った
榊原は「起きてるのでしょ?」と問い掛けた
「寝てる」
寝てる人は返事しないのに、その言いぐさに一生は「おい!」と言い布団を剥いだ
「邪魔しないでくれるぅ?」
康太は顔をあげる事なく言った
「邪魔してやる!」
「ちっせぇ奴!」
「うるせぇよ!」
一生は布団をバサッと掛けてソファーの方まで行きドサッと座った
康太は起き上がりベッドから下り、一生の座るソファーへと行き、一生の前に座った
「拗ねんな!井筒屋の羊羮食わせてやらねぇぞ!」
井筒屋の羊羮には目がない一生は
「それは嫌だけど‥‥お前が何も言ってくれねぇのが悪いんじゃねぇか!」と怒った
康太は「伊織が刺された経緯は瑛兄から聞いたんだろ?」と聞いたならその通りだと謂わんばかりに言った
「それだけじゃねぇんだろ?
あんでおめぇは鷺ノ宮に関わった?
ワン達の検診が経緯だったが、それだけじゃおめぇは動かねぇだろ?」
だから何かあったのだろ?と問い掛けた
「おめぇはそう言う所は、んとに鋭いなぁ」
「話せよ」
「長げぇ話になるぞ?」
「構わねぇよ!
あ、でも話が長くなるとおめぇが飽きて肝心な所はもういいかって言い出すからな少し待て」
一生はそう言うと持ってきた紙袋からプリンやケーキを並べた
準備万端にされたら話すしかないな‥‥と康太は苦笑した
「事の発端は崑崙山に出向いた時だ」
崑崙山?
それはまた複雑な出所になりそうだな‥‥と一生は想った
「オレは定期的に八仙の所に逝き、どんな小さな事でも情報を聞き入れる事にしている
それが人の世でも魔界でもオレの存在理由の一つだからな
で、八仙から鷺ノ宮の“眼”が正常に使われていないと相談を持ちかけられたんだよ
次代の“眼”を持つ者が座せねば、鷺ノ宮は取り潰す事となるだろう、と謂われて偵察に逝かねぇとな‥‥って想っていた
人の世の“眼”の管理は魔界の務めだかんな
八仙や女神からその情報が入ったら偵察に逝き様子を見る
慎一の前世の御厨の“眼”を違えさせない為に出向き抹消した様に‥‥
オレは依頼があれば出向いて調査をしねぇとならねぇ使命を与えられて人の世にいるんだ
違えればオレの方が狩られる存在となる
ってのは話したよな?」
「あぁ、聞いた」
辛い宿命を人の世に生きている時に既に背負わされているのだと‥‥改めて感じずにいられなかった
「オレは近いうちに鷺ノ宮紫苑に逢う予定だった
だがそれよりも早く偶然はやって来た
それが一ノ瀬の所へ定期検診に行ってる時だ
紫明がわざわざやって来てくれた訳だ
オレは悪意を感じずにはいられなかったぜ
となると当然、動かざるを得なくなったって訳だ」
偶然なのか?
必然なのか?
それは神にしか解らぬ領域だが‥‥
その神にすら解らぬ領域は何と呼べば良いんだ?
一生は康太が背負う宿命の重さを感じずにはいられなかった
「鷺ノ宮紫明を視れば一族の総てが手に取る様に解った
家を歪ませていたのは紫苑の祖母に両親だ
“眼”の持ち主を冷遇し、歪んだ当主を立てようとする家族
祖父の代から仕えた使用人達は高給を貰い日々甘い汁に集る蟻の如く腐ってて‥‥
あの家の一斉掃除は余儀なくされた
あの“眼”をみすみす滅びさせるのは勿体無いからな
でもまともでねぇ家族を相手にするのは気が進まなかったのは事実だ
歪んだ親族ってのは必ず心底腐っているからな
それは三木の家や兵藤の家の一斉掃除をやった時に痛感させられた
腐ってる奴は心底腐ってて、必ず飛び道具を出してくるってのが定番だ
奴等は何か強いモノを身に付け威嚇する為にそのアイテムを使うからな
今回の紫苑の父親も日頃から憂さ晴らしの為にナイフを常用していたんだろう
躊躇なく取り出し、躊躇なく刺しに来たからな
邪魔物はそうして消して来たんだろう
で、オレは刺されて事を終わらせてやるつもりだった
そしたら伊織がオレを庇って刺された
ってのが今回の事の顛末だ」
一部始終話を聞いて、一生はやっと今回の事の顛末が理解できた
「紫明って奴はこの先どうするのさ?
後、鷺ノ宮の家はどうなるのよ?」
「紫明はこの世でも死んだのとになっているからな
もう鷺ノ宮紫明と言う人間はこの世には存在していねぇよ!
葬儀の日、オレは閻魔に頼んで自分の葬儀を遠見鏡で紫明に見させていたんだよ
己との決別をさせる為にな‥‥
紫明は新しい名前と戸籍を与えられて別の人生を送る事になる
もう鷺ノ宮とは関わりを持たぬ者になった
後の事は魂の修練場から還って来てからだ!
それと鷺ノ宮の家は存続させる!
それが近いうちに黄泉に渡る鷺ノ宮の祖母からの頼みだからな!
邪魔物は総て排除して鷺ノ宮家の当主に紫明の妹を据える」
「その妹、嫌がってなかったか?」
「定めには逆らえねぇんだよ!
地獄まで逃げようとも紫香は“眼”を持つ者としての使命を果たす様に課せられる
“眼”を使うか、この世を去るか
二択しかねぇからな
それは自分で選ぶしかねぇんだよ
紫香が当主を継がぬなら“眼”は血縁者に譲られる
そうして家と謂うのは存続させて逝くモノだからな」
「なら鷺ノ宮の件は一件落着か?」
「だと良いけどな‥
家を整理するってのは結構厄介なもんだよな伊織」
康太は榊原にふった
榊原は「そうですね、ハイエナの様な輩は少なくないですからね
己の利益を主張できるとなると図々しく湧いて出て来ますからね
ましてや紫香は愛人との子ですからね
当主には相応しくないと言い出す奴も出て来るかも知れません‥‥
本当に‥‥総て片付けられたら(消し去れたら)楽になるかも知れませんけどね‥‥」
さらっと榊原は恐ろしい事を口にした
一生は「旦那‥‥最近恐ろしい事を言い過ぎですがな‥‥」と隠そうともしないのに苦言を呈した
「そうですか?
僕は前からこんなものでしょ?」
謂われてみればそうだけど‥‥
一生は怪訝な瞳で榊原を見た
榊原は笑って起きようとしていた
一生は慌てて「起きたらあかんがな!」と止めた
「仕事を片付けておかないと戻った時に大変なんですよ」と言いPCを取り出しポチポチ始めた
一生は「おい‥‥」と困った様に呟いた
康太は一生の賄賂のプリンやケーキを美味しそうに食べていた
食べ終わるのを見計らって榊原は
「康太、お口を拭いてあげます」と康太を呼んだ
康太は榊原の元へ逝くと、榊原は優しい顔をして康太のお口を拭ってやった
仲睦まじい姿に一生は安堵しつつ
やっぱ此処は休ませるしかないな!と立ち上がった
「旦那、副社長の仕事は片付けておいてやるから、今は休んでくれよ!」
「大丈夫なのですか?」
「おう!貴史を呼んで片付けて貰う!」
「それはそれで不本意なんですけどね‥‥」
「不本意だろうと何だろうとお前は無理すんな!
早く子供たちを安心させてやれよ!」
「なら‥‥お言葉に甘えさせて貰います
明日には退院するので今日だけお願いします」
「それは聞けねぇぜ!
貴史には最低でも3日は頑張って貰うつもりだかんな!
んじゃ貴史を呼びに行って副社長の仕事やって来るわ!」
一生はそう言い病室を出て行った
誰もいなくなった病室は静まり返った
康太は榊原の頬に手を当て
「オレも‥‥おめぇが傷付くのは嫌だ‥‥」と訴えた
「見てる方が痛いでしょ?
ならば今後は刺されてやろうなんて考えないで下さいね」
康太はコクッと頷いた
榊原はベッドのお布団を捲ると
「一緒に寝ましょう!
怪我を治すにはまずは休息からです
さぁ康太、今は何も考えずに寝ましょう!」
遣らねばならない事は山積していても
今暫しの安らぎを‥‥
康太は榊原のベッドに上がり横に寝ると
「愛してる青龍」と囁いた
「私も愛してます炎帝」
頬に口吻けを落として榊原も返した
嵐が去った静けさに今は身を委ね‥
明日の鋭気を養おう
だから今はおやすみ
愛する人よ
僕の胸の中でおやすみ‥‥
榊原はお布団を掛けて、康太を胸に抱き締めた
愛する人のぬくもりだった
愛する人のぬくもりを噛み締めて
榊原は夢の中へと堕ちた
愛する人と共に‥‥‥
おやすみなさい
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