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第79話 聖夜~昔 昔の物語~
これはまだ天と地が自由に行き来出来ていた頃のお話
天界も魔界も人間界も切り離されてはいないかった
だが自由に行き来出来るからと言って、皆が仲良く暮らしていた訳ではなかった
天使は魔族が大嫌いだった
下等な奴等と同じ空気を何故吸わねばならないのか?と想い、何かにつけて天使は魔族に突っ掛かっていた
魔族も天使が大嫌いだった
天使こそが最高の生き物だと想ってバカにしているからだ
二つの種族は事在るごとに諍い傷つけあっていた
創造神は愚かな事を繰り返す天使や魔族に辟易して姿を消していた
そんな時、出会ってはならぬ二人が出会ってしまった
その日ルシファーは魔界との境界線に偵察に来ていた
女神の泉が中立区域とされていて、魔族も天使も入る事は出来ていた
女神の泉に下り立ったルシファーは、泉の前に座っている青年に目が止まり‥‥
そーっと近付いて行った
青年はビクビク近付いて来る天使に
「近付いたら食ってしまうかもしれませんよ?」と笑って言った
ルシファーは裏返った声で
「ぼ‥‥僕は美味しくないです」と返した
すると青年はツボにはまったのか大爆笑した
「面白い天使だな
ん?六翼の羽根?
お前、熾天使か?
七大天使の一翼‥‥銀の髪って事はルシファーか?」
ズバッと言い当てられてルシファーは驚愕の瞳を青年に向けた
青年は立ち上がると、深々と頭を下げ
「失礼、無礼な振る舞いを致しました
御許しを!」と謝罪した
ルシファーは「貴方は誰ですか?」と尋ねた
「私は皇帝閻魔、貴方の敵ではない‥‥」
「サタン?」
「違います、皆私を見るとサタンと謂いますが、私は皇帝閻魔!それ以外の何者でもない」
「でも魔界にはサタンがいるのでしょ?」
「いませんよ?
魔界は6大陸に分かれて棲息しているので
この魔界は亜細亜圏の魔界ですから、ハイカラなサタンなるものは存在しません」
ハイカラと来てルシファーは笑った
でも皇帝閻魔ならば‥‥
天界で聞き齧った事を問い掛けてみた
「皇帝閻魔なれば、冥府の王ハデスを継ぐ方なのでしょ?」
「まぁ、私の名前は皇帝閻魔なので、冥府と謂うのは閻魔の庁って意味もあるそうなので行く行くは冥府へ逝かねばならないってだけの事です。
ハデスを継ぐとかそう言う堅苦しい事は聞いてやしません」
ハデスを継ぐのが堅苦しい事なの?
ルシファーは唖然とした
「(ハデスになる)定めではないのですか?」
「定め?そんなモノ勝手に決めて貰っては困ります!
定めとは覆す為に在る!と我が息子なら謂いそうです!」
「息子さんいるんですか?」
「ええ。愛しき子です
妻と私の子の血肉と我が弟の魂を与えて創りし子ですから」
血肉と魂を与えて創った?
それは‥‥魔界ではそう言うと作り方が主流なのか?
ルシファーにはさっぱり解らなかった
だがルシファーは愛しき子と言った皇帝閻魔の声が淋しそうで‥‥
「愛しているんですね、奥さんもお子さんも弟さんも‥‥」
と羨ましそうに言った
「ええ。愛してます
妻を忘れた事は一時もない
我が子を忘れた事も一時もない
我が弟の事もわすれた事はない
あの子の行く末を護る
その為だけに私は今を生きているのです」
?????
さっぱりルシファーには理解出来なかった
皇帝閻魔は「すみません独り言だと想って流して下さい‥‥」と呟いた
皇帝閻魔は小さな石を手にすると泉に向かって投げた
小石がピュンピュンと弾けて飛んで‥‥泉に沈んだ
「大天使ルシファー
お主は‥‥地に堕ちるには惜しい人材
あやつはお主を起爆剤にするつもりなのだろ?」
「‥‥貴方は‥‥何を知っておいでなのですか?」
「この世の総てを私は知っている
そしてこの後の戦も‥‥私には視えている
息子に瞳を渡したと謂うのに‥‥前よりも性能良く視えさせてくれているみたいです
なので私には総てが視えてます
天魔戦争の行く末も‥‥そして我が子の‥‥」
皇帝閻魔は苦し気に胸を掻き毟り黙った
ルシファーは皇帝閻魔に
「なれば貴方は‥‥僕の行く末も視えているのですね?」と問い掛けた
「あぁ‥‥」
「なら僕は貴方に着きましょう!
貴方と共に闘うと約束します!」
「消滅の道、破滅の道を辿るのだぞ?
お主はスケープゴードにされ天魔戦争は終わりを迎えるだろう‥‥それでもその台詞が謂えると謂うのか?」
「言えますよ
僕はその為の駒ですから!」
ルシファーが謂うと皇帝閻魔は
「駒なんて謂うな!
我が息子なればそう謂うでしょう‥‥
君を殴り飛ばして謂うでしょう‥‥」と謂った
「貴方のお子さんの名前は?」
「炎帝、皇帝炎帝だ!」
「炎帝‥‥炎の様な人なんだろうね」
「あれは‥‥空っぽだ‥‥何も詰まってはいない‥‥」
「?何ですか?」
「何時か息子に逢ったなら‥‥嫌‥‥止めておこう‥‥
さぁ逝きなさい、此処は君が長居して良い場所ではない」
「でも近いうちに‥‥僕は貴方の配下になるのでしょ?」
皇帝閻魔は立ち上がると
「君は私の配下にはならない
天魔戦争は‥‥ルシファーが堕天使ルシファーになり始めた戦争となる‥‥
魔界は総力をあげて堕天使ルシファーと共に行動する」
と説明した
戦の首謀者
戦の先導者は堕天使ルシファーになるのだと‥‥
ルシファーはニコッと笑って
「僕が首謀者となるですね」と言った
「引き返す道は‥‥今なら在る‥‥」
「ないよ!そんなモノ‥‥
もうないんだよ‥そんな道など‥‥」
「ルシファー‥‥」
「逝くしか出来ないのなら悔いなく精一杯にやるだけだよ」
まるで息子の謂いそうな口振りに、皇帝閻魔は胸が傷んだ
創造神よ‥‥
貴方はまた罪を一つ創られるのか‥‥
こんな清らかな天使に悪の大役を背負わせて‥‥
天使と魔族の闘いを終結させるおつもりなのか‥‥
あなたは本当に罪作りな御方だ‥‥
どれだけの血を流させ
どれだけの人の想いを踏み躙ればよいと謂うのか?
ルシファーは「この時より僕は魔界に留まる事にする!皇帝閻魔、僕のサポートを宜しく頼むね」と決意を口にした
皇帝閻魔はルシファーの前に跪き、ルシファーの御手に口吻けを落とし
「皇帝閻魔、これより貴方の僕になり、貴方の手となり足となり眼となり動く所存です」
「共に逝こうね皇帝閻魔」
「はい。共に‥‥‥」
この戦いは双方が痛み分けになりルシファーは消滅すると解っているだけに皇帝閻魔には辛い言葉として胸に響いた
大天使ルシファーは魔界に堕ち、堕天使ルシファーとなり天魔戦争は勃発した
不毛な闘いは人間や精霊や妖精達も巻き込み
永きに渡って続けられた
魔界から多くの神々が消滅した
闘いは多くの神々の命を奪い
多くの天使の命も奪った
多くの人の命も奪った
多くの妖精や精霊の生息する地も奪い‥‥
この地球(ほし)は傷付き‥‥ボロボロになっていた
闘いは双方の戦力を削いでも尚続けられた
そんな中、冥府の王ハデスが魔界に姿を現した
「皇帝閻魔、暫しのお時間を‥‥」
そう言い皇帝閻魔はハデスと伴に出て行った
誰にも話を聞かれる事なく話が出きる場所を選び、ハデスは冥府に皇帝閻魔を招き入れた
本来なれば冥府に足を踏み込んだ瞬間、消滅するのだが‥‥
ハデスと共にだと消滅する事なく冥府に入れる事となった
冥府に辿り着くと皇帝閻魔はハデスに
「時間が惜しい、話をお聞きいたそう!」と問い掛けた
「この地球が出来る遥か昔から我等は星を預かりし者としての銀河系の夜空を任され生を成して来た
この地球(ほし)が出来て創造神にこの地球(ほし)の守護を任された
我等兄弟はそれぞれに散り、我は地底の冥府を守護する神となった
我の力は日々弱って逝くのを感じすにはいられないのだ皇帝閻魔‥‥
我等兄弟もこの地球(ほし)を去った
我もこの地球(ほし)を去り星を守護する者になりたい‥‥
もう疲れたのだ‥‥陽の光も差さぬ地底で一人いきるのは苦痛でしかない
我もそろそろ逝かせて欲しいのだ
だから皇帝閻魔、我の力を継いではくれぬか?
そして冥府を守護してはくれぬか?」
皇帝閻魔は苦悩した顔をハデスに向けた
「急な話ですね
魔界は今、戦の真っ只中なんですよ?」
「その戦もお主を欠けば決着は直ぐだそうだ
お主が冥府に逝くと堕天使ルシファーは創造神が狩るそうだ!
そしたら大地は割れて天界と魔界と人間界は分かれる事になる
人の世の上に天界は創りあげられ
人の世の下に魔界は創りあげられる
人の世は独立した世界となり、天界と魔界の干渉は許されなくなる
人間を見守る存在となるのは変わらずだが、直接は関与は出来なくなる
そうすればそれぞれの世界の秩序は出来上がるであろうと謂う見解だ
だからお主は遅かれ早かれ‥‥魔界を去らねばならない日は来るのだ」
解っている理だった
決められた理だった
だがルシファーを置いて魔界を去るのは身を切り裂かれる程に辛いモノとなっていた
「少し‥‥時間を下さい」
「なればお主が冥府の王になるまで冥府は眠らせておく
だが長くは持たぬぞ?
我の力は今、お主に総て譲り渡そう!
力を譲り渡した後、お主は我を食せ!
骨の一欠片も遺さず我を食らえ!」
「あぁ、約束しよう!」
「行く行くはお主の息子に冥府を譲るのであろう?
だが‥‥あの傀儡のままでは冥府どころか、この地球(ほし)はあっと謂う間に消し炭になるしかない
お主はこの力、渡すなれば見極められる事を期待する」
「それは心得ております!」
「なれば我の力の総てをお主に譲ろう!」
ハデスはそう言い皇帝閻魔に抱き着くと真っ赤な焔で皇帝閻魔を包み込んだ
何時間も何時間も皇帝閻魔は焼き尽くされた
焔が薄らぐ頃にはハデスの精神は‥‥跡形もなく消え去っていた
皇帝閻魔はドラゴンに姿を変えるとハデスの体躯を飲み込んだ
ハデスの体躯を飲み込んだ皇帝閻魔は何時間も何時間も焔を吹き出していた
闇を纏い、闇の中に生きる王となった瞬間だった
皇帝閻魔は時間がない事を感じていた
皇帝閻魔は闇に向かい
「今暫く眠れ!」と呪文を呟いた
我れが闇の王に君臨する日まで眠るが良い
皇帝閻魔は冥府を後にすると魔界に戻って行った
魔界に戻った皇帝閻魔は天照大神の弟神 須佐之男命の所へも出向いた
須佐之男命は突然の皇帝閻魔の訪問に何かあると感じていた
「須佐之男命殿、貴殿に頼みがあり申す
聞いてはくれぬか?」
「我に出来る事でしたら」
「‥‥堕天使ルシファーを創造神が狩るよりも早く魂を弾き飛ばしてやってくれませんか?」
「出来るかどうか解りませんよ?
総てを飛ばせるかどうかは保証は出来ません」
「欠片で良いのです
近いうちに私は冥府へ逝く事になるでしょう
そしたらもう二度と魔界には来られません
天魔戦争は私を欠いて直ぐに創造神によって終結させるそうです
このまま‥‥あの子を消滅させたくはないのです
あまりにも哀しすぎる‥‥
なので貴方の天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)なれば‥‥魂を弾き飛ばす可能性があるから頼むのです」
皇帝閻魔は深々と頭を下げ頼み込んだ
須佐之男命は「解り申した!我に出来る限りの事はさせて戴く事を約束しよう!
わしも‥‥戦いの終わりは感じてはいた‥‥
終わらねば‥‥消滅して逝った神々も報われはせん!」と多くの同胞の死を悼んだ
そして何よりも‥‥堕天使ルシファーが総てのスケープゴードになり消滅すると謂うなれば‥‥憐れに想う気持ちは須佐之男命にとてあった
須佐之男命は皇帝閻魔に約束した
皇帝閻魔は須佐之男命の約束を信じた
話が終わると皇帝閻魔は須佐之男命の傍を離れた
冥府に逝く時までに片付けねばならぬ事を精力的にやるつもりだった
だが総てを片付ける事は叶わないのは解っていた
冥府に逝くならば‥‥置いて逝かねばならぬ小さき魂の事を考えたら胸が傷んだ
あの子は‥‥‥一緒に連れて言ってと謂うだろう‥‥
だが‥‥冥府は何者の侵入も許さぬ空間
冥府に足を踏み込んだ瞬間、消滅してしまうだろう‥‥‥
だから連れては行けなかった
だが置いて逝くにしても(誰にも見えない以上)誰にも頼む事は出来なかった‥‥
だが‥‥一人じゃないのなら‥‥淋しくはないだろう‥‥
そう想い皇帝閻魔は健御雷神を訪ねる事にした
今の魔界の勢力は天照大神に絶大な支持がある
その夫の健御雷神なれば次代の閻魔に相応しいであろうと想い訪ねる事にしたのだ
突然の訪問に健御雷神は驚きつつも何かを感じ取っていた
「突然の訪問、失礼かと想いましたがお許しを。」
皇帝閻魔が頭を下げると健御雷神は慌ててそれを止めた
「お話があり申すのであろう?
お聞き致しましょう」
「次代の閻魔になってはくれませぬか?」
やはりそう来たか‥‥
此処最近の皇帝閻魔の闘いぶりは何かを焦っている感じがしていたのだ
やり遂げねばと謂う焦りと焦燥
皇帝閻魔は身辺整理を始めたのだろうか?と訝る雰囲気を醸し出していた
「冥府へ参られるのか?」
「はい。もう時間がありません
冥府は今眠らせていますが、そう長くは持ちません
闇が暴れだしたら‥‥この世界は終わってしまう‥‥
私は逝かねばならないのです」
「それは薄々感じていました
貴方は何かを焦る様に日々を急いでおられたからな‥‥」
「次代の閻魔に‥‥」
「それは出来ぬ相談です」
「何故ですか?」
「次代の閻魔は我ではないからじゃ!
次代の閻魔は雷神がなる
貴方に何かあった時魔界の秩序は乱れてしまうからそう取り決めしたではないか」
「だから貴方に来たのですが?」
健御雷神なら不足はないと皇帝閻魔は想ったのだ
閻魔は雷神へ受け継がれる事にする
そうして魔界は受け継がれて逝く事となる
初代皇帝閻魔は人望も行動力も兼ね備えた上に、トップに立つのが当たり前の存在だった事から、後の閻魔は大変なのは目に見えていた
皇帝閻魔こそが閻魔に相応しいと我等の秩序になってしまっているからだ
健御雷神は「我が息子は雷神、次代の閻魔になるべき存在なのです」と手の内を明かした
「既に雷神が貴方の他におられたのですか‥
なれば貴殿の御子息に閻魔の座はお譲りいたそう!
引き受けて下さいますか?」
「喜んで引き受けてさせて貰う」
「で、図々しいお願いではありますが、一つだけ聞いては下さいませんか?」
「聞ける話ならば!」
「私が去った後、私が住んでた家に移り住んで戴けませんか?」
「それが貴方の望みであれば‥‥我等は貴方が冥府に逝かれた後、貴方の家で住むことを約束致そう!」
「ありがとう御座いました」
皇帝閻魔はホッとした顔をした
誰かが住んでいれば‥‥淋しくはないだろう?ヴォルグ‥‥
私にはこんな事しかしてやれそうにもない‥‥
「皇帝閻魔、我等は未熟かも知れぬが、それでも魔界の為に‥‥明日の魔界の礎になるべく日々を生きておる」
「はい。」
「貴殿の後に閻魔になる我が息子は‥‥何かにつけて貴殿と比べられる事となるのであろうな‥‥それだけが少しだけ口惜しいがな‥‥
それでも奴は閻魔として生きる他は道はないのだ」
「解っています
私は魔界から去ります
去る者が何かを謂う資格などないのですが、私は魔界を愛しています
此処は私が創造神から任された最初の地
ずっと護り続けて逝くと想っていた
貴方達神々は魔界を創りあげる為に骨身を削って尽くしてくれました
だからこそ私は心置きなく逝けるのです‥‥
健御雷神、魔界を頼みます」
「解りました!」
健御雷神は深々と頭を下げた
時は刻一刻と刻み、魔界で遣らねばならない事を総て片付けるには足りそうもない未練を残していた
だが今出来る精一杯で片付けて逝くしかないのだ‥‥
健御雷神は皇帝閻魔の冥府逝きが思いの外早すぎる現実に躊躇していないと言ったら嘘になる
だが後の事は‥‥なるようにするしかないのだ
残った者が遣られねばならないのだ
だから快く送り出すと決めていた
皇帝閻魔はそんな健御雷神の想いを解っていているが敢えて頼むしかなかったのだ
時間が足りないのだ
時間がない‥‥
皇帝閻魔は健御雷神に後を託し、その場を後にした
遣らねばならない事は山積していたから‥‥
皇帝閻魔が魔界にいる時間も残り少なくなった頃
人の世に救世主が生誕した
聖なる夜に生まれし子に祝福を授ける為に
天使は血で血を拭う闘いは休戦とすると申し出が来て、それを了承した
その日は闘いの休戦日となった
その夜、皇帝閻魔は女神の泉を訪れていた
大天使ルシファーと出逢ったのはこんな夜の日だった
汚れなき大天使は神の祝福を受けていた
今だってその光は衰えてはいない
なのに‥‥ルシファーの逝く道は過酷な終わりしか用意されてはいなかった
ルシファーの事を想うと胸が痛む
我が子と同じくらいの子を‥‥
背負わせるにはあまりにも荷が重いからだ
皇帝閻魔は父親だった
父のような想いでルシファーに接していた
それを“情”だと人は謂うのだろうか‥‥
皇帝閻魔が想いを馳せていると
「近付いたら食べてしまいますか?」とルシファーの声が掛かった
「あぁ、食べてしまいましょうかね?」
皇帝閻魔は笑っていた
「皇帝閻魔、こんな所にいたのですね」
「何か私に用でしたか?」
「今日は休戦日なので一緒に過ごせたらと想い探してました」
「そうでしたか‥‥私も貴方に話があります」
皇帝閻魔からの話‥‥
ルシファーには大体想像がついていた
だがルシファーは皇帝閻魔の口から聞くと決めていたから
「何なんですか?お話って?」と切り出した
「私は近いうちに冥府へ逝かなくてはならなくなりました」
やはり‥‥
ルシファーは皇帝閻魔の最近の動きを見ていて何かを感じ取っていたのだった
ルシファーは静かにそれを受け止め
「そうですか‥‥その時が来たのですね」と答えた
「あなたを置いて逝くのは‥‥この身を切り裂かれるよりも辛い‥‥
ですが‥‥私は逝かねばならないのです
冥府で眠らせてある闇が制御出来なくなったら‥‥総てが闇に飲まれてしまいます
ですから逝かねばならなくなったのです
本当に最期まであなたを見届けてやれなくて‥‥すみませんでした」
「良いよ。貴方は貴方のすべき事をして下さい
貴方は貴方しか出来ない事をしに行って下さい
僕はね貴方に優しくして貰って日々を生きて来られた
本当に感謝しても足りません‥‥
こんな時代に生まれたのでなければ‥僕はあなたの友達になれてましたか?」
皇帝閻魔はルシファーを抱き締めた
「ええ。ルシファー、君は未来永劫、私の友です
ずっとずっと‥‥ずっと‥‥私は君を忘れません
君と過ごした日々を忘れたりはしません
私の息子が此処にいたならば‥‥君と友達になれたかもしれません
息子と君を逢わせてやれなかった、それだけが悔やまれてなりません」
「息子さん、離れて暮らしているのですか?」
「魔界に下り立つと決まった時、息子は私から離されました
私が冥府に下り立つ時、やっと息子は私の所へと戻されるのです‥‥」
「ならばやっと息子さんと逢えるんだね」
ルシファーは良かったねと自分の事のように喜んでくれた
皇帝閻魔は立ち上がるとルシファーに手を差し出した
「今宵は聖夜、聖なる夜にこんな所で空を見上げているのも侘しいですしね、私の家においでなさい!
心ばかりの食事を取って朝まで飲み明かしましょう」
ルシファーは皇帝閻魔の手を取り立ち上がった
「あなたの家にご招待して下さるのですか?」
「ええ。貴方には‥‥視えますかね?」
皇帝閻魔はそう言いクスッと笑った
「何なんですか?」
「それは我が家に来て下されば解りますよ」
皇帝閻魔は口笛吹いた
すると白い天を駆ける馬が姿を現した
皇帝閻魔はゆっくりと地に下り立つ馬に近寄って頭を撫でた
「良い子です天馬!」
皇帝閻魔が謂うと天馬はヒヒヒィンと鳴いて
『よぉ閻魔、最近のおめぇの口癖は、時間が惜しいなのに、こんな所で時間を潰してて良いのかよ??
どうせ今日も時間が惜しいんだろ?
なれば早くお乗れよ!』
と毒舌を吐いた
皇帝閻魔は苦笑して「二人を乗せて貰って良いですか?」と問い掛けた
『おー!乗れ乗れ!』
天馬に謂われて皇帝閻魔は前にルシファーを乗せて、後ろに跨がり手綱を引いた
「それでは屋敷まで行って下さい!」
『任しとけ!』
天馬はそう言うと天高く駆け上がった
優雅に走る姿に圧倒されていると、閻魔の邸宅に到着した
天馬は中庭にゆっくり下りると二人を下ろした
皇帝閻魔は天馬を優しく撫で
「ありがとう」と言った
天馬も皇帝閻魔との別れの時間が迫って来ているのを感じ取っていた
天馬は素直じゃないから‥‥フンッと謂うとバサバサと羽根を羽ばたかせ飛んで逝った
皇帝閻魔はルシファーの手を取ると「さぁおいで!』と言い屋敷の中へと入って逝った
屋敷の中は寒々としていた
最低限の使用人しか雇っていないのか、誰も見当たらなかった
皇帝閻魔は貴賓室へとルシファーを招いた
長いテーブルにルシファーを着かせると、皇帝閻魔もその前に座った
給仕が食前酒と前菜をテーブルに置くと、皇帝閻魔はルシファーと乾杯した
「君の明日が穏やかで光に満ちています様に‥‥」
「ありがとう
これが最期の晩餐になるのでしょうね」
「‥‥また、逢ったなら君を食事に誘います
だから‥‥最期だなんて謂わないで下さい‥」
「ならまた‥‥誘って下さい」
「ええ。是非に。」
皇帝閻魔の顔は穏やかだった
「僕はあなたと出逢えれて本当に良かったと想っています
それだけで‥‥この世に生を成した甲斐があります」
「私も‥‥君と出逢えれて本当に良かったです」
ルシファーは楽しそうに笑っていた
これが最期だから‥‥
笑っていようと決めたから‥‥笑っていた
大好きなあなたを困らせたくないから‥‥笑っていた
酔い潰れて眠ってしまうまでルシファーはずっと笑っていた
そして眠りについて‥‥ルシファーは涙を流していた
皇帝閻魔はルシファーを来賓室のベッドに寝かせて‥‥額に口吻けを落とした
「忘れないで下さいルシファー」
薄れ行く意識の中、皇帝閻魔の声を聞いた
忘れないで下さいルシファー
私がいた事を‥‥
君と過ごした日々を‥‥‥
その声に‥‥ルシファーはずっと泣いていた
翌朝、目を醒ますと‥‥
小さな妖精がルシファーを覗き込んでいて
驚いてベッドから飛び起きて‥‥落ちた
凄い音がして皇帝閻魔は来賓室のドアを開けた
ルシファーはヴォルグを掴んでいた
ヴォルグは「離せ!」ともがいていた
ルシファーは「この悪戯っ子が!」と怒っていた
皇帝閻魔は「見えたのですね君に‥‥」と嬉しそうに呟いた
「皇帝閻魔!コイツ何だよ?」
ヴォルグが謂うから皇帝閻魔は「元天使ですよ?」と答えた
「元天使が何故魔界にいるんだよ?」
「それは堕天使になったからです」
皇帝閻魔は至極マトモに答えた
ルシファーは「妖精?」と呟いた
天魔戦争の始まる前ならば、この魔界にも妖精も精霊もいたであろう‥‥
だが闘いが多くの種族を滅ぼし‥‥
妖精も精霊も魔界を離れて悠久の地を求めて魔界を去って逝った筈‥‥
ならば‥‥この子は‥‥
この魔界でたった一人の妖精なのだろう‥‥
堕天使ルシファーと同じように‥‥
この世でたった一人だった
ルシファーはヴォルグを優しく抱き締めた
皇帝閻魔はヴォルグに
「ヴォルグ‥‥聞いて欲しい事があります」
と想いきって切り出した
だがヴォルグは「聞きたくない!」と耳を塞いだ
ルシファーはヴォルグに
「今聞かないと後悔するよ」と優しく宥めた
ヴォルグは‥‥塞いだ手を下に下ろした
「ヴォルグ‥‥私は冥府に逝かねばなりません」
「ならオイラも連れて逝ってくれよ!
もう一人になるのは嫌だよ!」
やはりヴォルグは皇帝閻魔にそう言うのだ
覚悟している言葉だと解っていても‥‥
やはり連れては逝けないのだ
「連れては逝けないのですよヴォルグ
私の逝く所は妖精には棲めない場所なのです
妖精に限らず魔族の者だとて入れば消滅するしかない場所なのです
そんな場所に君を連れて逝けば‥‥跡形もなく消滅してしまいます
それだけは私にさせないで下さい‥‥」
「オイラ‥‥また一人になるの?」
「ヴォルグ‥‥」
「誰にも見付けて貰えずこの世から消えちゃう位なら‥‥消滅しても良い
連れて逝っておくれよ皇帝閻魔!」
「ヴォルグ、この家に住んでくれる人を頼んでおきました」
気休めにもならないと解っていても‥‥
皇帝閻魔はこの小さき魂を一人にはしたくはなかったのだ
「皇帝閻魔のウソつき!
オイラを一人にしないって言ったのに!」
「すまないヴォルグ‥‥許しておくれ‥‥」
魔界に骨を埋めるつもりで魔界に来た
愛しき子と別れて‥‥魔界で送る日々は狂おしい想いを抱いていた
愛しているのだ我が子を‥‥
逢いたかった
だけど息子に逢うと謂う事は‥‥
今まで過ごしてきたこの地との別れを告げる事となるのだ
ルシファーは何も言えず‥‥泣いていた
別れたくない想いは一緒だったからだ‥‥
「ごめんなヴォルグ
もう決まった事なんだ‥‥」
ヴォルグはウエッウエッと泣き出して
「皇帝閻魔‥‥オイラ‥‥本当は別れたくなんかないんだよぉ‥‥
でも‥‥逝かなきゃならないのなら‥‥もう何も駄々はこねないから‥‥
オイラの事を忘れないでおくれよ‥‥」
と訴えた
「君を置いて逝くのは君を亡くしたくないからです
冥府に連れて逝けるのならば‥‥君も連れて逝きたかった
それが出来ないのは、私は君に少しでも長く生きて欲しいからです
冥府に逝っても君の事は忘れません
君と過ごした日々は忘れられない想い出です」
ヴォルグは泣いていたが皇帝閻魔から離れるとニコッと笑って
「お別れは謂わないからな!」と言い姿を消した
皇帝閻魔はヴォルグが消えた空間をじっと視ていた
そして「何時の日も‥‥別れは辛いものなのですね」と呟いた
ルシファーは「辛くない別れはないですよ!
大切なれば大切な程に別れは辛く想えるのです」と言い元気よく立ち上がった
そして「お別れです皇帝閻魔!また逢えると信じてます」と言い皇帝閻魔に背を向けた
皇帝閻魔はその背に
「健闘を祈りますルシファー
また何時かお逢い出来ると私も信じております
どうか‥‥君の行く道が‥‥少しでも‥‥幸せに満ちている事を何処にいても祈ってます」
と言葉を投げ掛けた
ルシファーは振り切るように歩き出した
二人の道が違えた瞬間だった
皇帝閻魔は冥府に渡った
魔界は天魔戦争の真っ只中だった
戦況は皇帝閻魔を欠いて劣勢だった
天界もまた多くの天使を闘いで消滅させ優勢とは言いきれなかった
だが手を変え品を変え闘いは1000年を越える時まで続いた
これ程長く踏ん張れたのはルシファーが優秀だったからでなく魔界には歴戦の覇者がいたからだった
須佐之男命、健御雷神、転輪聖王の戦術と
精神的支柱は天照大神の存在が大きかった
だがこれ以上の戦術は動かしたくても動かせれないのが現状だった
決定打が不在だったからだ!
その頃冥府では突如現れた神の存在が話題に上がっていた
その神の行く先は草木一本生えはせぬ程破壊の限りを尽くすと謂れ
『破壊神』と例えられる程、恐れられる神が出現した
その噂は魔界にまで聞こえる程だった
破壊神を魔界に呼び出そうではないか!と言う話題が持ち上がったのはこの頃だった
英雄と謂れ君臨するには少々息切れが激しくなって来たと想える程、熾烈な闘いは終わりを見せてはくれなかった
ルシファーは己の力不足を痛感させられていた
自分に力があれば‥‥
皆をぼろ雑巾の様になるまで闘わせなくともすんだのに‥‥
終わらない闘いに‥‥皆が正常な判断を欠いていた
己の罪を実感したのは‥‥‥
神呼びの儀式の後に誕生した赤子を目にした瞬間だった
生まれた瞬間、赤子は真っ赤な焔に包まれ‥‥
『我が名は皇帝炎帝!』と喋った
我等は‥‥なんと言う罪を犯してしまったのか‥‥と悔やんでも‥‥どうする事も出来なかった
ルシファーは焔に包まれて誕生した子を見て
皇帝炎帝‥‥
皇帝閻魔、貴方の子なのですか?この子は?
と心の中で想った
また貴方から我が子を引き離してしまったのですか?
ルシファーは冥府の地で一人になった皇帝閻魔を想った
炎帝は成長を止めた赤子のまま何年も過ごした
天魔戦争は‥‥もう後がない程になっていた
そんな頃、やっと創造神の怒りが爆発した
鋭い声が大地や大空に響き渡った
“一万年闘えば気が済むかと想い目を瞑ってみたが、お主達は何一つ変わろうとはしなかった
妖精や精霊の棲む地を奪い
闘いの余波は人間の命も奪って逝った
このまま闘いが続けばこの地球(ほし)は滅ぶ
愚かよのぉ天使よ魔族の者よ
おのが未熟さを噛み締めてこの制裁を受けるが良い!”
強い風が吹き荒び
大地は唸りをあげてきしんだ
大空は真っ黒な雲に覆われ
ピカピカと雷をともない光った
まるで創造神の怒りの様に大地は荒れた
一際大きな雷鳴が轟くと
大地が割れた
空が割れた
神も人も‥‥逃げ惑い‥‥瓦礫に潰され‥‥
目の前で地獄絵図が繰り広げられた
“堕天使ルシファー、哀しき子よ‥‥
お主の命を持って‥‥償うがよい”
それで終結だと創造神は言った
ルシファーはその時を待っていた
これで総てが終わるなら‥‥それで良い‥‥と。
この世から抹消される瞬間
天空から一人の天使が舞い降りた
「ルシファー、君が天界を裏切ったなど私は信じられない!」
大天使ガブリエルだった
ルシファーの友だった
ルシファーはガブリエルの姿を目にして
「最期の瞬間‥‥友に逢えるなんて‥神は僕を見捨てておられなかったのですね」と笑った
ガブリエルはルシファーに近付こうとした
須佐之男命がそれよりも早くルシファーに近付き剣を掲げた
創造神は雷(いかずち)をルシファーへ放った
雷(いかずち)はルシファー目掛けて突き刺さる様に貫いた
魂が消滅するよりも早く須佐之男命の剣がルシファーの魂の欠片を弾き飛ばした
その光景は‥須佐之男命がルシファーを手に掛けた様に見られた
ガブリエルは須佐之男命に
「貴様‥よくもルシファーを!」と逆恨みに似た怒りをぶつけた
持っていた剣で須佐之男命に斬りかかり‥‥ガブリエルは斬られた
「許さない!」
ガブリエルはそう言い倒れた
その体躯を光が包み込み‥‥天空に上がって逝った
天魔戦争は終結を迎えた
多くの神や天使の命を奪い‥‥
互いが互いを傷付け奪い合い
終わりを迎えた
ルシファーの魂の欠片は崑崙山へと飛ばされた
目映い光を放つ欠片はキラキラと神の祝福を受け輝いていた
生前と同じ力を秘めて輝く欠片を八仙が拾い、保管して後に炎帝に渡した
物語は‥‥繋がり‥‥沢山の想いを秘めて続けられていた
時を越えて
繋がる為に今はおやすみ
懐かしい声が聞こえた
ルシファーの意識はそこで途絶えた
そして眠りにつく
また出逢う日まで眠りにつく
ルシファーの魂の欠片を炎帝に八仙は渡した
炎帝はその欠片を青龍の家の前の湖で死にかけていた白鳥の体内に入れ生き返らさせる為に使った
生き返った白鳥は祝福された天使の輝きを放っていた
炎帝はその白鳥をスワンと名付けて可愛がっていた
炎帝が人の世に堕ちるまでは‥‥ずっとずーっと炎帝の傍にいた
なのに‥‥炎帝は人の世に堕ちた
一人になったスワンを閻魔は引き取り屋敷に住まわせた
天照大神はスワンを溺愛した
愛する息子の所有物なれば家族も同然とばかりに甘い母となりスワンを愛した
だがスワンは炎帝を恋しがった
だから天照大神はスワンを人の世に転生させてやったのだ
どうせ来世は魔界に還ってくるのだが、今世限りは人として傍にいてもバチは当たるまいて!‥‥と。
まぁバチを当てるなれば、我は倍返して仕返ししてやるわいな!
と天照大神はケラケラと笑った
半ばごり押しでスワンは人の世に堕ち
桐生夏生となった
再び炎帝と出逢うまでは、結構辛い日々を送る事となった
だけど魔界で一人きりになる辛さよりはマシだった
そんな想いの果てで出逢えた飛鳥井康太、炎帝との再会だった
飛鳥井康太を見るたびにスワンは皇帝閻魔を思い出した
やはり‥‥貴方の子なのですね彼は‥‥
良く似た口調を聞くたびに、スワンは皇帝閻魔に逢いたくなった
皇帝閻魔‥‥あなたは今‥‥冥府で一人なのですか?
愛しき子と言った我が子は‥‥人の世にいる
一度、真っ赤な髪をした皇帝炎帝を目にした事がある
あの姿こそ本当の姿だと謂われた
漆黒の皇帝閻魔に
深紅の皇帝炎帝
どちらも同じ優しい魂を持ち
優しい瞳をしている
2018年12月24日
この日は聖夜だった
救世主の聖誕祭を祝う日だった
スワンはあの日魔界で皇帝閻魔と共に過ごした聖夜を思い出していた
皇帝閻魔、逢いたいです
スワンは想った
だから‥‥女神の泉へと出向いてしまっていたのだった
初めて逢った場所だった
静まり返った女神の泉はあの日と同じ様に綺麗な月が出ていた
魔界には月もなければ太陽もない
黄泉の国も同じだ
人工的な石が時間に合わせて出る仕掛けなだけだった
日中は太陽石と言う太陽の様な石が空の部分に輝き
夜には月のような石、月光石と言うのが夜空を照らしていた
スワンは湖に近付こうとして‥‥
その足を止めた
だが震える足で一歩ずつ一歩ずつ湖に近寄ろうとした
「近付いたら食ってしまうかもしれませんよ?」と笑った聞き慣れた声が聞こえた
スワンは涙で震える声で
「ぼ‥‥僕は美味しくないです」と返した
するとやはり、その人は盛大に笑うのだった
スワンは瞳を凝らしてその人を見た
月の光に浮かぶのは‥‥
皇帝閻魔、その人だった
「久しぶりだねルシファー」
懐かしい‥その人はあの時と変わりなく微笑んでいた
「その名前はもう捨てました
僕は今、炎帝のスワンです
それ以外になる気はありません!」
「ではスワン
久しぶりですね」
「何故いるのですか?」
スワンは泣きながら‥そう問いかけた
「我が愛しき子が、女神の泉に泣いてる子がいるから、聖夜位は冥府を離れたって誰にも文句は謂わせねぇから逢いに逝ってやれよ!と謂ってくれやしたからね」
皇帝閻魔はそう言いスワンの涙を拭いた
「逢いたかったです‥‥」
「私も逢いたかったです‥‥
君の行く末が‥‥あのまま途絶えてしまわなくて本当に良かった
不幸なまま終わらなくて本当に良かった‥‥」
「あなたの息子に僕は仕えてます」
「ありがとう‥‥」
皇帝閻魔はスワンをそっと抱き締めた
あの日と変わらぬ皇帝閻魔の薫りに‥‥スワンは耐えきれなくなり泣き出した
皇帝閻魔の薫りは何処か炎帝に似ていた
やはり親子なのだとスワンは想った
スワンは皇帝閻魔が須佐之男命に頼んで魂の欠片を弾き飛ばしてくれたのを知っていた
崑崙山で欠片に何度も話し掛けてくれたのを知っていた
この人は‥‥何時だって優しいのだ
「僕は炎帝のスワンとして‥‥冥府に共に逝くつもりです
赤いのも黒いのも冥府に逝く算段をしてるので結構大変な事になるかも知れませんよ?」
「それは賑やかになりそうですね」
皇帝閻魔は楽しそうに言った
この人は‥‥今も冥府で一人なのだ
皇帝閻魔はスワンから体躯を離すと、胸に抱いているモノをスワンに差し出した
スワンはそれを見て‥‥
「‥‥‥え?‥‥あの時のあの子なの?」と問い掛けた
皇帝閻魔が手にしていたのはヴォルグに良く似た妖精だった
「あの時のあの子は‥‥消えていなくなってしまいました‥‥」
皇帝閻魔の声が‥‥哀しげに響いた
でも皇帝閻魔が差し出してくれた子は、あの朝見た妖精に酷似していた
「皇帝炎帝いや、炎帝が私の所に朱雀に紡がせたヴォルグの魂の欠片を託してくれたのです
私はあの子がずっと来たかった冥府の地に‥‥欠片を埋めたのです
すると欠片は大きな樹木を生やしました
その樹木はやがて大樹となり魔界を貫き成長を遂げました
その樹には何時の間にかヴォルグに良く似た妖精が産まれて棲む様になりました
その中の一人がこの子です
君にプレゼントしようと連れて来ました」
そう言い皇帝閻魔はヴォルグに良く似た妖精をスワンに手渡した
スワンはヴォルグに良く似た子を受け取り抱き締めた
だが‥‥この子を貰い受けてしまったら皇帝閻魔がまた一人になってしまう
「あなたは?この子を僕に下さったらまた一人に成ってしまうのではないのですか?」
「言いませんでしたか?
ヴォルグの欠片から産まれた妖精は冥府や魔界に沢山生息し、魔界に再び妖精が飛び交うようになったのです
炎帝が妖精王と話し合い、魔界にも妖精が棲める地を作り上げたのです
虹色に輝く羽根をした妖精が飛び交う魔界がヴォルグは好きだったのです
夢にまで光景を息子は‥とうとう作り上げたのです
ヴォルグは一人じゃなくなりました
勿論、私も一人じゃない
息子とは崑崙山で良く逢います
時々、冥府にも逢いに来てくれます
だから私はもう寂しくないのです
やっと永き時の果てに君にも逢えました」
「皇帝閻魔‥‥」
「また逢ってはくれないのですか?」
皇帝閻魔は寂しそうに問い掛けた
「だってあなたは冥府の王ではないですか
そんな簡単に逢いたいからって逢えないじゃないですか」
「ならば毎年聖夜にはこの場所で逢いませんか?」
「‥‥良いの?」
「聖夜位は闇だって祝福の光で大人しくなってくれる筈です
まぁ騒ぎ出したら我が息子が目を光らせてますからトドメを刺してくれる筈です」
スワンは”約束“を貰えて嬉しそうに笑った
その顔は‥あの夜となんら変わってはいなかった
皇帝閻魔は悪巧みした子供の様に笑うと
「では逝きましょうか!
こんな所で聖夜を明かすなんて勿体ないですからね!」と言いスワンに手を差し出した
「何処へ逝くのですか?」
「宴です!さぁ押し掛けますよ!」
スワンは皇帝閻魔の手を取った
すると皇帝閻魔は呪文を唱えた
二人の体躯を闇が取り巻くと‥‥一瞬にしてその場から消え去った
皇帝閻魔とスワンは人の世に姿を現した
しかも見知った家の前に‥立っていた
皇帝閻魔はドアベルを鳴らすと一生がカメラを作動して‥‥
固まった
榊原は「どうしたのですか?」と一生に問い掛けた
すると一生は「見れば解る」と言った
榊原はカメラを覗き込むと‥‥
そこには‥‥愛する人の父親が立っていた
榊原は「皇帝閻魔!」と叫ぶと、康太は立ち上がった
ドアフォンのボタンを押して「今開ける」と言った
康太は応接間を出る前に慎一に「二人分の料理を頼む!」と言い玄関へと向かった
ドアを開けるとそこには皇帝閻魔がスワンと共に立っていた
「やっとこさ逢えたんだな」
と康太は安堵した声でそう言った
皇帝閻魔は嬉しそうな顔をして
「ええ。やっと逢えました」と答えた
悠久の時を越えての再会だった
康太はドアを解放すると「んじゃ入れよ!」と二人を招き入れた
応接間から流生が「かぁちゃ おきゃくちゃん?」と問いながら出て来た
康太は流生を抱き上げると皇帝閻魔へと渡した
「じぃちゃんだ!
じーじーと呼んでやれ」と笑って謂うと
流生は「じーじー?」と問い掛けた
皇帝閻魔は流生を抱っこして、その重みを痛感していた
皇帝閻魔は「ええ。君達のじーじーです」と答えた
流生は皇帝閻魔に抱き着いた
康太は「寒みぃーかんな、早く入れよ!」と言い二人を応接間へと押し込んだ
音弥は「なちゅき!」とスワンを見付けると飛んで来た
「おとたん、元気だった?」
「あい!おとたん げんきらったよ!」
「そっか、良かったね」
音弥はスワンの横の人間に目を向けると
「だぁーれ?」と問い掛けた
康太は「じーじーだ!」と答えた
皇帝炎帝の父は皇帝閻魔だから間接的に謂えば、皇帝閻魔は康太の子達の祖父になる存在だった
音弥も皇帝閻魔の傍へとトコトコ歩いて行き、足に抱き着いた
「おとたんらよ!」
「音弥ですか、聞いてます」
皇帝閻魔が音弥の頭を撫でると太陽と大空も傍に逝った
ソファーに座った皇帝閻魔に「ひなでしゅ」と自己紹介した
大空も「かなでしゅ」と自己紹介をし
翔は皇帝閻魔の顔を見て、深々と頭を下げた
その偉大な存在をその瞳が映し出してしまっているからだった
応接間に飛鳥井の家族はいなかった
今年は22日からクリスマスは始まり
23日もクリスマスをやっていたのだった
流石に連日クリスマスは胃に堪えるので‥‥
康太が24日は玲香と清隆と真矢と清四郎には歌舞伎の観劇の券をプレゼントしたのだった
観劇の帰りはホテルで食事を取り、その夜は泊まる事になっていた
瑛太の家族にもネズミの国のチケットと宿泊券を渡した
クリスマスパレードを見た後、その夜はホテルで食事をして泊まる事になっていたのだった
飛鳥井の応接間には康太と榊原とその子供と、一生と聡一郎、そして隼人と慎一がワン達と猫と過ごしていたのだった
24日 聖夜
この日は特別な事があるから‥‥
と、康太は朝から張り切って料理の味見をしていた
腕を奮ったのは榊原と慎一だった
慎一は皇帝閻魔とスワンの前に料理を並べた
そしてシャンパンを注いだ
皆のグラスにもシャンパンを注ぎ、子供のグラスにはジュースを注ぎ
康太が【乾杯!】と言うとグラスのカチンッと謂うグラスのぶつかる音が応接間に響いた
皇帝閻魔は楽しそうにお酒を飲んでいた
スワンも笑顔でお酒を飲んでいた
子供達はスワンと皇帝閻魔に甘えていたが、目を擦り始めたから眠らせる事にした
流生と音弥は眠る時間をかなり過ぎていても、皇帝閻魔から離れたがらなかった
「いやら!じーじーといる!」と言い皇帝閻魔に抱き着いた
皇帝閻魔は困った顔をして、我が息子の人の世の子供を見詰めていた
どの子も宿業を背負いし子だった
冥府にいる自分では‥‥
困った事があろうとも手は貸してはやれない
それが口惜しかった
そして別れが辛かった
知らねば解らぬ想いだった
夜もかなり更けると子供達はとうとう眠り、子供部屋に連れて逝く事になった
子供達が眠りに逝くと、康太は立ち上がった
「んじゃ逝くとするか!」
康太が言うと榊原は康太にソファーに置いておいたコートを着せた
子供部屋から戻った慎一は「お気を着けて!」と言い留守を預かる者として主を送り出した
聡一郎と隼人は留守番だった
聡一郎は「隼人、夜更かしは美容の大敵です!寝ますよ!」と言い応接間を出て行った
康太と榊原と一生は、皇帝閻魔とスワンを連れて屋上へと向かった
屋上に出ると榊原は呪文を唱えた
すると屋上は崑崙山と時空で繋がり、康太は崑崙山へと踏み出した
皆も時空を越えて崑崙山へと踏み出すと、時空は閉じた
崑崙山に下り立った康太は「寒みぃ!」と叫んだ
この世の寒さを遥かに超越した寒さだった
康太は八仙の屋敷目掛けて走って行った
榊原は「転びますよ!」と慌てて康太を追って行った
一生は「客人を放って逝くんじゃねぇ!」と叫んでいた
そして気を取り直して
「んじゃ、凍える前に逝きましょう!」と皇帝閻魔とスワンと共に八仙の屋敷へと向かった
皇帝閻魔は何故に?崑崙山なんですか?と想ったが仕方なく八仙の屋敷へと向かう事にした
スワンは「あの人は何時だって突飛なんですから‥‥」とボヤいた
一生は「仕方ねぇだろ?それが炎帝だかんな!」と笑った
それで納得出来てしまえる炎帝だった
八仙の屋敷に逝くと、一生が玄関のドアを開けて皇帝閻魔とスワンを部屋に入れた
部屋の中に入って暖炉のある広い部屋へと向かう
人の世で謂うリビングに当たる部屋だった
暖炉の前のテーブルには‥‥‥
榊原と康太以外に、意外な人が椅子に座っていて、皇帝閻魔もスワンも‥‥立ち止まった
スワンは「須佐之男尊殿‥‥健御雷神殿、転輪聖王殿‥‥どうなさったのですか?」
三人が勢揃いなのに驚いて問い掛けた
康太が崑崙山へ下り立った理由は、この三人に逢う為なのだろうと伺い知れた
須佐之男尊は「逝く久しいですな皇帝閻魔殿、そしてスワン殿」と挨拶した
健御雷神も「ようやっと逢えましたな‥‥スワンと‥‥良かったなスワン」と親のように過ごして来た日々を想い、感慨無量で目頭を押さえていた
転輪聖王は「お二人の再会は炎帝の悲願でした故、感無量ですな!」と何がなんでも炎帝目線の言葉に皇帝閻魔は苦笑した
皇帝閻魔は三人に深々と頭を下げると
「お三方には本当に迷惑を掛け申した‥‥
須佐之男尊殿、貴殿は私の約束を守って下さった‥‥本当にありがとうござり申した」
と礼を口にした
須佐之男尊は笑って
「わしはあなたの信用にたりる存在でいたかった‥‥それだけの事です
あなたに仕えた時間は我等を強くした
その恩返しなのですよ」と答えた
健御雷神は「さて、言葉は尽きぬであろうが、今宵は飲むとしょうぞ!」と言い‥‥‥
ジョッキを掲げた
康太は「親父‥‥ジョッキで飲む気かよ?」と年寄りの冷や水に茶々を入れた
健御雷神は笑って
「申すな炎帝、今宵は‥‥未来永劫逢えぬと想っていた主君に逢えたのであるからな
少しだけ目を瞑るがよい!」と言った
本当に近来稀に見る笑顔に康太は「仕方がねぇな‥」と諦めた
転輪聖王はスワンが胸にしている妖精を見ると
「ヴォルグ種の妖精か
妖精の森におやつを沢山届けた余りがあるからやろう!」と甘いお菓子を妖精に渡した
スワンは「ヴォルグ種?それがこの子達の種類なの?」と問い掛けた
それに答えたのは榊原だった
「妖精王に何の種類の妖精なのかと尋ねたのですがね、先の天魔戦争で妖精の種族を記した資料が燃えてしまったので‥‥その子の種族が解らないのです
今棲息している妖精の中には羽を持たぬ妖精はいませんでした
多分‥‥ヴォルグが一族の最後の生き残りだったのでしょう
妖精王は新たに種族の資料を作り始めたいので、炎帝に相談に来たのです
で、炎帝のたっての願いを込めてヴォルグの名を取りヴォルグ種と名付けられた子達なのです」
と説明した
康太は「ヴォルグは皇帝閻魔の家に棲み着いていた妖精だ!
魔界の妖精が総て魔界を出て逝ってしまっても、皇帝閻魔の家に棲み続けた子だ‥‥
ヴォルグの願いは‥‥虹色の羽根に輝く魔界が見たい‥‥だった
だから今魔界で生きられる妖精を育ててる所だ
虹色に輝く羽を持つ妖精も魔界にはいる」と説明した
転輪聖王はとっておきの杏露酒を取り出すと、皇帝閻魔に注いだ
「このお酒は女神が端正込めて作った杏の実を炎帝がもいで来て八仙の所で作ったお酒なのですよ!
このお酒を作った後、女神からこっぴどく怒られていました
それでも懲りずに毎年毎年、桃源郷の杏を取って作った炎帝秘蔵のお酒なのです
ささっ、食い意地のはった炎帝が作っただけあって美味ですから!」
皇帝閻魔は笑って杏露酒に口を着けた
甘酸っぱい味が口の中に広がった
皇帝閻魔は「冥府にも杏を育てたいですね‥」と謂う程に相談に美味だった
八仙が「ならば女神から苗を分けて貰おうかのぉ~」と呟いた
転輪聖王はスワンのグラスにも杏露酒を注いだ
スワンは一口飲んで「美味しい!」と感激していた
健御雷神は八仙が作った紹興酒を浴びる程飲み
須佐之男尊は八仙が作ったハブ酒をちびちび飲んでいた
転輪聖王は杏露酒を飲みながらご機嫌だった
皇帝閻魔は笑っていた
スワンも笑っていた
ただそれだけが‥‥須佐之男尊、健御雷神、転輪聖王の願いだった
聖夜がくれた懐かしい想い出が今鮮やかに彩られ輝いていた
懐かしい‥‥
遠い遠い、遥か昔の物語
ルシファー
君が笑っていてくれるなら‥‥
私はそれだけで良かった
我が子に良く似た儚き魂の持ち主よ
長い長い年月の果てに二人は再会した
それは三人の願いでもあった
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