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第82話 謹賀新年
一月一日 元旦
今年は一族詣でを一月一日元旦に定めたから元旦の朝から大騒ぎとなった
飛鳥井玲香、京香、緑川慎一が康太の子供の着付けを客間でしていた
流生が「くるちぃ‥‥」と、訴えると
音弥が「ちゅぶれるぅ‥」と訴えた
太陽は黙って大空と共に耐えていた
烈は‥‥‥慣れた手付きで‥‥着物を一人で着ようとして慎一に止められていた
玲香は「苦しくても緩んでおると着崩れ起こすからのじゃ!」とギューギュー結んでいた
その横で康太が「伊織、苦しいって‥‥」と同じ様に文句を言っていた
榊原は「お義母さんが言ってたでしょ?緩いと着崩れ起こしますからね!」と言いギューギュー結んでいた
康太が「肺が潰れるぅ~」と謂うと
流生も「はいがちゅぶれるぅ~」と言っていた
榊原は「めっ!」と康太を怒った
玲香は榊原に
「伊織は何を着て逝くのじゃ?」と問い掛けた
玲香はきちんと着物を着ていた
京香も着物を着てとても美しかった
榊原は「僕はスーツで逝くつもりです。着物は瑛兄さんが着てくれるので今年は僕は楽なスーツで逝くつもりです。」と説明した
すると瑛太が「私はスーツで逝くので伊織、君は真贋と対の着物を着なさい!」とさらっと言った
榊原は「義兄さん‥‥楽な方を選びましたね‥‥」と恨めしそうな瞳を投げ掛けた
瑛太は「今年はスーツで楽させて貰います!と言う事で年頭の御挨拶、宜しくお願いしますよ」と更にさらっと言った
榊原と瑛太との間で着物を着た方が年頭の御挨拶をすると暗黙のルールがあったのだ
榊原は「貴方総代じゃないですか!総代が年頭の御挨拶しないでどうするのですか!」と反論
瑛太は笑って
「年頭の御挨拶は真贋の伴侶がするのですから誰一人異論など唱えはしません」
と答えた
榊原は康太の着付けを終えると
「着物を着て参ります!」と客間を出て行った
瑛太は康太の子供達の姿を見て
「凛々しき男の子達ですね」と優しく微笑み言った
着物を着た子供達の中でも一際際立つのが翔だった
翔は既に真贋の着物を着させて貰っていた
今後何かあった時に着るのは真贋の着物なのだ
それ以外は袖は通せない
それが真贋の御披露目を兼ねた年賀の行事だった
一族総勢集まる中で、今年は次代の真贋の御披露目をする
それが翔に真贋の着物を着せた理由なのだ
彼は今後【次代の真贋】と謂う扱いを受ける事となるのだ
五歳で露目は飛鳥井の習わしだった
翔はもう‥‥五歳なのですね‥‥と瑛太は痛感した
この世に生を成して五年
飛鳥井は男子五歳にて、儀礼に則って真贋としてのお披露目をする事が習わしとされていた
十五歳で元服とされ成人の儀式をする
その時真贋の引き継ぎがなされる
飛鳥井は今も昔の儀礼を護り徹している一族だった
瑛太は翔の前に跪づき深々と頭を下げた
「真贋としての御披露目の儀、無事果たされる事を心より御祈りしております」
翔はちゃんと瑛太の瞳を見て
「あいがとうございます」と礼を述べた
瑛太は「知っておられるのですね、総て‥‥」と問い掛けた
翔は「みえることなれば‥‥」と答えた
瑛太は哀しげに笑って「そうですか‥‥」と答えた
真贋の着物を着ると謂う事は何もかも承知していると謂う事になるのだ
「貴方の背負う道が光に溢れ先祖の導きがありますように御祈りしております」
翔はコクッと頷いた
京香はそれを横で聞いていて目頭を押さえた
本来ならば、真贋に問うべき事ではないからだ
翔は立ち上がると姿勢を正し深々と頭を下げた
そして顔をあげると瑛太に背を向けた
母の傍へと来て翔は母に抱き着いた
康太は笑って「どうしたよ?翔」と問い掛けた
「かぁちゃ‥‥」
「今日は真贋の御披露目の日だ
だが大丈夫だ、翔
おめぇはかぁちゃの自慢の息子だ!
胸を張って壇上に立ってれば良い!」
「あい!」
「愛してるぞ翔
かぁちゃは何時もおめぇらを愛してる!
おめぇらはオレの自慢の息子達だ!」
康太はそう言い6人の息子を抱き締めた
流生は母に「かぁちゃ、みてぇ」と着物の袖をもってポーズを見せた
「男前だぞ流生!」
母にそう言って貰った流生が羨ましくて音弥も
「かぁちゃ、おとたんは?」とせがんだ
「音弥も男前だ!」
「かぁちゃ、おとたん おときゃまえになって、かぁちゃらくさせてあげゆからね!」
「それは楽しみだな!」
康太は笑っていた
太陽も「ひなもかぁちゃらくさせてあげゆりゅにょ!かぁちゃ らいすきよ!」と母に抱き着いた
「ありがとうひな!
ひなも男前に仕上がってるぞ!」
母に謂われ太陽は嬉しそうに笑った
大空は黙って母に抱き着いた
「心配しなくても大空も男前に仕上がってるって!」
「かぁちゃ らいすきらから‥‥ながいきしてね」
「かな‥‥」
「かな、たくしゃんぎゃんばるから‥‥みてて‥‥じゅっとみてて‥‥」
「あぁ‥‥ずっと見てるさ‥‥」
康太は痛む胸を押さえながら、そう言った
後何年‥この子達といられるのだろう?
それは解らなかった
ただ解っているのは‥‥
子供達が成人式を迎えるその日までは生きていないだろう事だけだった
「かーちゃー!」
烈が母に‥‥‥突進して来て、康太は尻もち着いた
「烈、どうしたよ?」
康太が聞くと烈は着物の袖を持って、どうだ!とばかりに母に見せた
康太は笑って「男前だぞ烈!」と答えた
この年にして貫禄があった
いるだけで存在感がある
流石、源右衛門の祖父だけの事はある
源右衛門よりも難いが良く、力にたけ優しい温厚な男だった先祖の転生が烈だった
100年前に転生した時の総代が源右衛門の祖父だったから、康太はよく知った人物だった
烈は母に着物姿を見せて満足したのか‥‥
部屋の片隅にあるテーブルの前の座布団に座り、お茶を啜っていた
康太は「ミルクか?」と問い掛けると玲香が
「渋茶じゃ!あやつは甘いのは見向きもせぬからな」と説明した
翔と瑛智と3人、良く煎餅に渋茶を啜っている姿を見る玲香はもう諦めていた
康太は「あの年にして酒でも飲んでる雰囲気出してて良いのか?」とボヤいた
玲香は笑って「仕方あるまいて!」と言った
榊原が真贋の対の着物を着てやって来ると
瑛太は立上がり「それでは逝くとしますか!」と菩提寺へと向かう時間が来た事を告げた
家族はこの日の為にチャーターしたバスに乗り込み、飛鳥井の菩提寺へと向かった
菩提寺の駐車場に到着すると菩提寺の住職、城ノ内優がお出迎えに来た
バスから下りる真贋に「今日は次代の真贋の御披露目をなさるとか?」と問い掛けた
康太は翔を城ノ内の前に出すと
「次代の真贋、飛鳥井翔だ!
お前も良く知ってるだろ?」と少し茶化して言った
城ノ内は「御披露目したら後にはもう‥‥引けねぇんだぞ‥‥」と友として‥‥言葉にした
康太は城ノ内の想いを理解しつつも
「もう後に引く道はねぇんだよ!」と答えた
それを受け城ノ内は菩提寺の住職として
「御待ちしておりました!」と深々と頭を下げた
全員バスから下りるのを待ち
「本殿、儀礼の間に皆様御待ちで御座います!」と告げた
城ノ内は横に並ぶ僧侶に
「真贋御二人をお連れして下さい」と命令すると
僧侶は「では、此方へ!」と言い二人を連れて先に行った
城ノ内は「では御家族の方は我と共にお願い致します!」と言い家族を本殿、儀礼の間に共に向かった
本殿、儀礼の間に着くと一族の者は既に席についていた
総代と真贋の伴侶は歴代の真贋の写真が並べられた前に設けられた席に座った
家族はその前の席に座り子供達もその横に座っていた
真贋二人が御祓を済ませて入場して来ると城ノ内は榊原にマイクを渡し
「御挨拶をお願い致します伴侶殿」と一礼した
榊原はマイクを受け取ると
「新年あけましておめでとうございます
皆様、無事に新年を迎えられました事を嬉しく想います
本年も宜しくお願い致します」
と言い深々と頭を下げた
そして姿勢を正すとマイクを強く握り締め
「本日は我が息子、飛鳥井翔の御披露目の儀にお集まり戴き恐悦至極に御座います
飛鳥井翔は次代の真贋として日々鍛練を重ね修行しております
15才の元服の儀式をもって現真贋と交代し、翔が飛鳥井家真贋になる
その日まではどうか皆様暖かく見守って行って戴けたらと想っております
真贋、御言葉を宜しくお願い致します」
榊原は康太にマイクを差し出した
康太がマイクを取ると、榊原は深々と御辞儀をし後ろへと控えた
康太はマイクを受け取ると
「飛鳥井家現真贋 飛鳥井康太だ!
オレは稀代の真贋として百年に一度生まれ変わりを続けた
だが稀代の真贋の寿命は常に短命だった
オレはそんなに長くは生きられねぇだろう!」
康太が謂うとざわめきが会場から流れた
「だが飛鳥井は終わらない!
飛鳥井は明日へと続く
これからも絶対に終わる事はねぇ!
飛鳥井は歴代女神から“眼”を拝戴している家として誇りを持ちこれからも曲がる事なく続く事を切に願う!
飛鳥井に真贋が存在する限り、飛鳥井は明日へと続いて逝ける!」
悲鳴をあげていた一族の者もしーんと黙って康太の言葉を聞き入っていた
飛鳥井に真贋が存在せねば‥‥考えるだけでも怖い事になる‥‥
「飛鳥井翔だ!
五歳の儀式に則って、此処に皆様に御披露目をする事になる!
皆様、お目通りを!」
康太はそう言うと翔の背を押した
一歩前に出た翔は深々と頭を下げ御辞儀をした
そして姿勢を正すとマイクを受け取り
「あすかいかけるです
じだいのしんがんとなります!
いごおみしりおきを!」
と噛む事なく宣言した
榊原は堪えきれなくなり‥‥胸ポケットからハンカチを出して目頭を押さえた
嬉しい気持ちと‥‥
重い荷物を持たせる事に対しての心配
まだ五歳の子供が背負うには重すぎる荷物なのだ‥‥
壇上に立つ翔は堂々としていた
本殿儀式の間にいた一族の者も‥‥
あまりにも辛い運命に胸がきしきし痛んでいた
だが‥‥真贋の不在は許されない現実だった
飛鳥井に真贋がいなくなる
それは‥‥終わりを告げるも同然だった
会場からは割れんばかりの拍手が送られた
城ノ内が翔からマイクを返してもらうと
「これを持ちまして年賀の挨拶と次代の真贋の御披露目を終わりに致します
法要の申し込み、真贋への依頼はこれより後にお時間を作る予定です
尚、真贋への依頼は真贋の秘書が承るのでご了承下さい!
本年も無病息災、元気に過ごされる事をお祈りいたそう!
これを持ちまして解散とさせて戴きます
別館の方に料理をご用意してありますので、食される方はお寄り下さい」
城ノ内の口上が終わると皆解散して本殿 儀礼の間を出て行った
本殿 儀礼の間には飛鳥井の家族だけが残った
玲香は「誠‥‥見事な挨拶でした」と翔に言った
瑛太も「見事でした翔」と言い頭を下げた
清隆は何も言えなかった
こんな小さな子に背負わせているのは大人の自分達なのだから‥‥
言葉もなかった
言葉もなく辛そうな顔をしている清隆に康太は
「父ちゃん どうよ?オレの着物姿は?」と甘えて問い掛けた
「凛々しいですよ」
そう答えると流生が「りゅーちゃは?」と清隆の着物の袂を引いた
「流生も凛々しいです」
今度は烈が「じーじー!」と貫禄で問い掛けた
「烈、君は本当に着物が似合いますね」
清隆が謂うと烈はフンッとどや顔した
太陽が「じゅるい!ひなは?ねぇひなは?」と問い掛けて来た
「ひなも似合いますよ
かなも似合ってます
音弥も似合ってます
どの子も似合ってますよ」
先手を打たれた大空と音弥は清隆に抱きついて甘えていた
康太が「んじゃ、城ノ内が待ってるから離れに行くとするか!」と皆を促した
康太と家族は離れへと向かった
離れは皆が会食をしている別館とは正反対の方にあった
榊原は駐車場まで慎一に子供達の着替えを取りに行って貰っていた
着物のままでは何も食べられはしないだろう‥‥とトランクに詰め込んでいたのだった
離れに逝くと城ノ内が「中へ入ってくれよ!」と皆を迎え入れてくれた
別館に入ると既にテーブルに紫雲龍騎が弥勒と共に待ち構えていた
康太は「あれ?弥勒もいるのかよ?」謂うと紫雲が
「年賀の儀式に康太が次代の真贋の御披露目をすると言ったら、邪魔が入らぬ様に警戒しに行ってやろう!と言い昨日から来ておるのだ!」と説明した
「昨日からいるのかよ?」
康太が謂うと弥勒は笑って
「良いではないか‥‥今年は喪に服さねばならぬ故‥‥我が家にいたら寂しくて凍え死にそうになるのだからな!」と説明した
弥勒厳正がこの世を去って、弥勒の家は喪に服して年賀の挨拶は総て辞退していた
楽しい事が好きな親父が、こんなに寂しい場所にいたら可哀想だと厳正の位牌を持って出て来ているのだった
紫雲は「まぁ好きなだけおれば良いさ!」と笑っていた
一時は闇落ちして病んでいたが今は吹っ切れて心底良い笑顔で笑っていた
榊原は子供達の着物を脱がして洋服に着替えさせていた
子供達が脱いだ着物を慎一と京香が畳んで和紙に包んでいた
それを風呂敷の上に乗せて全員の着物を入れると、榊原は結んで部屋の隅に置いた
子供達は着替えて母の横に行儀良く並んで座った
すると城ノ内の妻、水萠が大きなお腹でやって来て給仕の者達と共にテーブルの上に料理を並べた
そして水萠は康太の子供達の前にお子様用の料理を並べた
「沢山食べなさいね」
水萠が謂うと子供達は頷き食べ始めた
美味しいね!
子供達が謂うと水萠は嬉しそうに笑っていた
康太は水萠に「そろそろ出て来そうだな」と声を掛けた
水萠は「そうですか?なれば外出は避けねばなりませんね」と嬉しそうに言った
「詳しい事はおめぇの運命を変えるかも知れねぇから謂えねぇが、そろそろ用心して丁度だな
久遠に言って産科の医者を寄越してやんよ!」
水萠も嬉しそうに笑って「ありがとうございます」と口にした
康太は水萠のお腹を撫でて
「この子は何がなんでも無事に生ませる!
この世に生まれる使命があるかんな‥‥
だからおめぇは何も不安がる事はねぇ!」
「康太‥‥ありがとう
我は康太のように強くて優しい母になる」
水萠は嬉しそうに微笑んでそう言った
「オレのようにか?
オレは子供に悲しい想いばかりさせてるダメな母だぜ?」
「いいや、お主の子はちゃんと母の立場を理解しておる
そしてなによりお主達夫婦を心底親として愛しておる
だから我はお主の様な母になるのが願いじゃ!
目標は康太、お前様にある事を告げておこうぞ!」
「それは嬉しいな」
康太は嬉しそうに笑った
和気藹々と食事をする
子供達はお行儀よく食事をしていた
飛鳥井の家族も一仕事終えた安堵か、少し疲れを滲ませてはいるが落ち着いた雰囲気で食事を取っていた
城ノ内の長男の龍之介は、城ノ内の隣に座っていた
時折、両親を助ける為にせっせと給仕を熟し、城ノ内の隣に座りながら食事をしていた
もうすっかり寺の住職の息子になっていた
水萠の事を『母さん』と呼んで、身重の母を助けるべく動いていた
水萠は康太に笑顔で
「康太、我の長男は檀家筋に人気があってな
縁談の話が常に持ち掛けられて困っておるのだ
で、康太に相談なのだが、龍之介のお相手は真贋が見付けて下さると流布してよいか?」とモテモテの長男の対策にも余念がなかった
水萠は龍之介が好きだと謂う子と結婚させてやりたかった
寺のために‥‥押し付ける様な結婚は絶対に洗濯させたくはなかったのだ
康太は龍之介を視た
龍之介は苦笑をしていた
康太は龍之介を視て
「そもそも龍之介は結婚する気は皆無だぜ?」と言った
水萠は龍之介に「何故じゃ?お主の求む相手は異性ではないのか?」と同姓が好きなのかと問い掛けた
結婚する気はない
と言う言葉に水萠はそう思ってしまったのだ
それに答えたのは康太だった
「龍之介は誰とも結婚する気はねぇって事だ
オレ等みてぇに同性が好きとかじゃねぇ!」
「康太、我は蔑視はせぬ!」
「だから、龍之介は己のDNAを遺す気がねぇんだよ!」
康太の言葉に水萠は驚愕の表情をして‥‥哀しげに瞳を閉じた
龍之介は日々贖罪の生活を送っていた
未だに苦しむ人がいるのだから当たり前の事ではある
康太の弟は未だに絶望の淵にいるようなモノだ
水萠は言葉を失って‥‥耐える様にしていた
我が子が可愛いのは母なれば当たり前の事なのだ
『子』として日々を送れば情けも深くなり
『母さん』と呼ばれれば愛情もわいてくる
康太は龍之介に
「何時か誰かを愛して子を成せ龍之介
親になれば己の愚かな行為を身に染みるだろう
それこそがお前の罪を想い知る時なんだ
親として子を間違った方に逝かせねぇ為に護り抜け
そうしておめぇは愛を知って逝くんだ
愛は与えた分だけ返って来る訳じゃねぇ
それでも親は子の為にその命擲ってでも護ろうとする
おめぇはそれを知る必要がある
だから誰かを愛せ
愛して愛して愛し尽くせ
そしておめぇの両親の様な家庭を築け
城ノ内優と水萠、おめぇの両親はおめぇを写す写し鏡みてぇなモノだ
その両親の背中を追って逝けば良い」
「康太さん‥‥」
それは許されない事です‥‥と龍之介は想った
「人には定めがある
おめぇは総ての定めを放棄して今の己があるのを忘れるな
子を成せ龍之介
子は己を写す写し鏡なんだよ
間違った心で子を見れば子は親の心を何処かで見透かす
おめぇはあの親の何処か自分を畏怖している想いを感じ取り、自分を見失ってしまっていた
今ならそれが解るな?」
「はい‥‥良く解っています」
「ならばおめぇは誰かを愛せる筈だ
そのうち優しい奴と出逢うだろう
そしたらそいつの手を取り愛を知れ!
それは罪なんかじゃねぇ!
人を愛すのが罪ならば、同性で愛し合ってるオレ等はどんだけ罪深いんだよって話になるじゃねぇかよ?」
康太はそう言い哀しげに笑った
玲香が哀しげに笑う康太を放っておけれずに
「康太、世間の誰が許さずとも、我等は許しておる!
それは罪などではない!
だから罪などと謂うでない!
性別など些末な事ではないか!
気にせずともよい!」
と康太を想う言葉を口にした
水萠は飛鳥井の家族を見て互いを慈しむ愛に満ち溢れている絆を見せ付けられたと想った
一生は龍之介に「龍之介、飛鳥井の家族を敵に回したくなかったら誰かを愛せ!
でなければ康太を悲しませたと縁談の嵐が吹き荒れる事になるぜる
康太のファンは多いのを誰よりも知ってるだろ?」
と危機感を感じさせる言葉で告げた
康太の為ならば!!と動く輩は結構多い
そんな奴等の耳に入れば縁談の嵐になるのは目に見えていた
玲香は追い討ちをかけるべく
「なれば我が龍之介の嫁を見繕うかのぉ
美緒に声を掛ければ5000や10000軽く見付かるであろうて!」
そう言い笑い飛ばした
5000や10000‥‥冗談ではなく人脈をフル動員させれば容易い事だと玲香は言っているのだ
龍之介は観念して
「それはご容赦を‥‥何時か本当に自分だけを愛してくれる人を見付けますから‥‥」と言った
玲香は笑って「なれば我は何も謂わぬ!悔いる日々の先を逝くのだ龍之介
人は悔いに囚われてばかりいたら‥‥己を忘れる‥‥
己を自愛する事も忘れるな
この先の人生、己の愛なくば逝けぬ道を逝くしかないのだからな」
と諭した
とても重い言葉だった
悔いに囚われた人間の言葉だった
龍之介は深々と頭を下げ「肝に命じておきます」と言った
翔は龍之介をじーっと視ていた
視てニコッと笑った
龍之介は次代の真贋の力を感じ取っていた
この子は視えているのだろう
龍之介は翔の背負う重さを垣間見た
次代の真贋
それは飛鳥井康太の後に続く道を逝く者なのだ
龍之介は翔に深々と頭を下げると
「俺は貴方の役に立つ人間でいられる為に日々精進して参ります」と仕える事を宣言した
翔は居住まいを糺すと静かに頷いた
真贋と謂う存在は彼等の手によって護られて受け継がれて逝くモノなのだから‥‥
現真贋は次代の真贋の為にブレーンを揃えて、己の亡き後も安泰な道を築いて行ってくれているのだ
翔は母の愛を感じ取っていた
不器用な母の愛だった
厳しくとも身の立つ様に教えて護ってくれている
誰よりも愛しい母の愛だった
翔は珍しく康太に抱き着いた
ギューっと康太の服を握り締め抱き着いていた
康太は黙って翔を抱き締めた
強く強く抱き締めた
流生はそれを見て
「ねぇ、かぁちゃ」と呼び掛けた
「あんだ?流生」
「りゅーちゃも‥‥だきつきたいにょ!」
と訴えた
康太は笑って両手を広げた
「良いぞ!流生」
康太が謂うと流生は母に抱き着いた
音弥が「じゅるい‥‥おとたんも、だきつきちゃいにょ!」と訴えた
「甘えん坊だな音弥は、良いぞ来い」
音弥が抱き着こうとすると太陽と大空と烈も母に抱き着いて、出遅れた音弥は意地になって母に抱き着いていた
六人の子をだきしめて康太は幸せそうに笑っていた
榊原は「父は除け者ですか?」と我が子に妻を取られ拗ねた様に言った
音弥は「とぅちゃすきよ!」と母に抱き着いたまま言った
流生も「りゅーちゃもとぅちゃらいすきよ!」と母に抱き着いたまま言った
榊原はピキッと笑顔を張り付かせ
「そうですか、君達がその気なら‥‥」
と言い子供を張り付けた康太を抱き締めた
子供達は父にも抱き締められ嬉しそうに笑っていた
水萠は「やはり飛鳥井最強の母は康太だわ‥‥あんな母になりたいわ‥‥」と呟いた
城ノ内は内心‥‥負けてないって水萠も‥と想ったが言わなかった
後が怖いからだ
だが龍之介は「なれますよ母さん、貴方は誰よりも強い母になる‥‥今もかなり強いと俺は想ってます‥‥なのでそれ以上バージョンアップしないで欲しい気はあります」とチャレンジャーな発言をした
水萠はピキッと怒りマークを額に張り付けた
「龍之介、そんなに縁談がしたいのかえ?」と嗤った
「母さん!言ってませんって!!」
「そうかえ。そんなに嫁が欲しかったのか」
うん!うん!納得する水萠に龍之介は慌てていた
「申し訳ありません‥‥どうかご容赦を‥‥」
龍之介は困り果てた顔を城ノ内に向けた
仕方なく城ノ内は助け船を出してやった
「水萠、そこまでにしておいてやってくれ!
友もいるこの場で我が子を苛めるな‥‥」
「主(ぬし)が謂うのであれば止めておこう!
我が愛して止まぬ夫の謂う事成れば我はちゃんと聞くぞよ」
龍之介はホッと胸を撫で下ろした
翔は「よかったね」と笑っていた
龍之介は「翔君、今度の神楽の家の祓いの儀式に同行するけど一緒に逝きませんか?」と誘った
神楽と聞いて翔は「おうせぇですか?」と神楽の当主の名を口にした
「御当主をご存知でしたか
神楽凰星、神楽家当主が魔を調伏なさる儀式を行う事になりました
我等一族もそれに出席する事となりました
翔君もご一緒にどうですか?」
「あい!おじゃまにならぬようにしゅるので、おねぎゃいします」
まだたどたどしい言葉で翔は言った
敬語はまだはっきりと発音するのは子供には難しいのに、翔はそれでもちゃんと発音していた
「おじゃまだなんて‥‥俺の方こそお邪魔になりそうですけど‥‥父の名代で行きます
是非ご一緒にと想い声を御掛け致しました」
翔と龍之介は仲良く話をしていた
食事を終えると康太は立ち上がった
そして「本年も宜しく頼む!」と年賀の言葉を口にした
城ノ内は「此方こそ宜しくお願い致す」と返した
「んじゃ、子供達も疲れただろうし帰るとするわ」
「お疲れ様だったな」
城ノ内はそう言い翔の前に立ち
「真贋もお疲れ様でした
御披露目した以上は君は次代の真贋として扱われる事になるだろうが、まだ現真贋がいる!
気負わず修行に励み日々精進して下さい」
と言った
翔は年相応の顔をして「あい!」と答えた
城ノ内は翔の頭を撫でた
そして後悔した
残りの子供がじーっと城ノ内を見ていたからだ
一人を撫でれば残りが同じ様に公平にして欲しくて見るのだ
この子達は総て公平に育てられたのだ
総ての愛を五等分で育てられたのだ
そして弟が出来六等分になっても均一で愛され育っているのだ
城ノ内は他の子の頭を撫で
「星が‥‥電話をしてくれたんだ」と康太に報告した
康太は笑って「良かったやんか!」と言った
「お前のお陰だ‥‥ありがとう」
「それは星の努力だ
オレに謂う言葉じゃねぇよ」
康太は笑い飛ばしたが、あの時康太がいてくれなかったら今此処に星は生きてはいなかっただろう‥‥
「今度‥‥逢ってくれると謂うから逢いに行こうと想う‥‥」
「そうか、逢ってやれよ喜ぶぜ!
なら道案内に一生を使うと良い!
一生、頼むな」
康太が謂うと一生は「あいよ!逝く時に声かけてくれ!」と言った
「近いうちに連絡する」
「了解!」
一生はそう言うと慎一を手伝って帰り支度をしていた
支度を終えると「城ノ内、今日はありがとな!」と康太が言った
「此方こそ楽しい時間をありがとう」
「また菩提寺には来るし、またなで良いよな?」
「おう!またなで大丈夫だ!」
「んじゃ、城ノ内、またな!」
「おう!気を付けて帰れよ!」
城ノ内が謂うと康太は笑って片手を上げた
そしてフリフリと手を振ると帰って行った
水萌はそれを見送り
「やはり嵐のような男だわいな、あやつは」と笑った
龍之介も「それが真贋ですから」と謂うと皆納得した
水萌は「やはり我は康太の様な母になりたいな」と口にした
強い母になりたい
命に変えても子を守り通す母になりない
城ノ内は「お前はお前らしい母になれ!」と言った
龍之介は「康太さんがそう言ってました」と手の内を明かした
水萌は笑って
「そうか‥‥ならば我は誰にも負けぬ母になろうぞ!」と口にした
そして我が息子に
「主も何時か‥‥愛する人を見付けて‥‥
我等に孫を見せてくれ‥‥それが我らの願いでもある
康太の願いでもある‥‥」
龍之介は黙って頷いた
家族の姿がそこに在った
飛鳥井の元旦は御披露目で終わった
皆、飛鳥井の家に帰りお正月のやり直しをする
帰りのバスで康太は真矢に電話を入れていた
「明けましておめでとう御座います義母さん
で、今夜のご予定は?」
電話の向こうの真矢は嬉しそうな声で
『明けましておめでとう康太
今夜は飛鳥井の家に行ってお正月を楽しむつもりなのよ!』と言った
「では待ってます」
康太はそう言い電話を切った
電話の向こうの真矢がどれだけ翔の御披露目を気にしていたか解っていたから電話を入れた
定めなれど‥‥
五歳で御披露目は世間の七五三の様な軽いモノではないのは解っていた
口は出せない
だが‥‥見守って逝きたいと常々想っているのだ
飛鳥井の家にバスが到着すると、玄関の前に真矢と清四郎が待っていた
玲香は慌ててバスが停まると下りて飛鳥井の玄関を開けた
「待ったかえ?」
「今来た所です姉さん」
「体調悪かったのに無理したらダメだぞよ?」
真矢は年末風邪をこじらせて寝込んでいた
それを知って看病に玲香は言っていたから出る言葉だった
「姉さん大丈夫です」
「さぁさぁ部屋に入るわいな!」
玲香は真矢を労り家へと入って行った
榊原もバスから下りて父の所へ行った
「父さん、寒くはありませんでしたか?」
「大丈夫だ伊織
それより‥‥御披露目は?」
「無事果たしました
此より‥‥翔は飛鳥井家次代の真贋として一族や関係者からは扱われる事となります」
「そうでしたか‥‥」
清四郎は言葉もなかった
その苦悩を知って清隆は兄の傍へと行った
「兄さん、飛鳥井には稀代の真贋がいます
まだ翔の出番はありません!
なので今宵は飲み明かそうではありませんか!」と言い家の中へ入って行った
苦しみも悲しみも‥‥
喜びも楽しみも‥‥
今日は総てを忘れて飲み明かそう
今日は元旦
一年の始まりを告げる日なのだから‥‥
年の始めの良き日に刻む親子の愛だった
笑って一年を終えて
笑って一年を始める
その始まりの日だった
明けましておめでとう御座います
本年も宜しくお願いします
超 短編集③
作品公開日 2016-02-25~2019-01-27 14:41
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