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第83話 シナモン
シナモンはマンチカンと言う種類の猫で
めちゃくそ足が短い猫だった
色は茶色で黄色が強く出た明るい毛並みでロールみたいなうずの柄をしていた
飛鳥井康太はこの猫をひと目見るなり
「こいつは‥‥シナモンだな」と言った
榊原は「シナモン?この子の名前ですか?」と尋ねた
どこら辺取ったらその名前になったかは定かではないが‥‥
康太は今にも食べそうな目で猫を見て
「この猫さ、伊織が何時も買ってきてくれるベーカリーの焼きたてのシナモンロールに似てねぇか?」
美味しそうな顔で言った
謂われてみれば‥‥
このうずうず加減‥‥
この茶色の明るい黄色かかった毛並み‥‥
康太の為にあしげく通うベーカリーのシナモンロールに似ていたりして‥‥
康太は猫を抱き上げて
「うし!おめぇはシナモンだ!
怪我を治したらうちに来い!」
猫は常に震えてか弱い声で『にゃー』と泣いた
サウンドバックの如く、八つ当たりの材料と化していた猫は全身打撲や骨折、擦過傷やナイフで切り裂いた様な怪我が全身に見受けられ
弱り果て虫の息だった
このまま暴力しかなかった世界知らず死ぬのは憐れだと‥‥康太は一ノ瀬医師が見てない時に自分の血を少しだけ猫に与えた
命を繋ぐ
憐れな子猫に少しだけ幸せな想いを与える
悲しみに囚われた魂は悪霊になりやすいからだ
悪霊に身を落とすにはあまりにも憐れだ
幸せな想いを少しも感じる事もなく鏖殺されるのだから‥‥
だから少しばかりの情けを猫にかけた
理不尽に死んでく猫や犬
うさぎや小動物
それらの動物が年間、どれだけ理不尽に命を落としているかは知っている
飼い主を選べないペットの悲しい定め
ペットを殺しても殺人罪にはならない
せいぜい器物破損や迷惑条例に当てはまる程度の罪にしかならないからか‥‥
理不尽に命を落とす動物は後をたたない
それらの動物も助けろよと謂われたら、到底それは無理なのだが‥‥
沢山の命を救わずこの猫を救う
依怙贔屓してる訳ではないが‥‥
時々康太は目の前の動物がどうしようもなく憐れで‥‥助けてしまう傾向があった
青龍の家の前の湖に倒れていた白鳥がまさにそれだった
命を繋ぐ為に炎帝は堕天使ルシファーの欠片を白鳥の胎内に入れたのだから‥‥
救われた白鳥はスワンと名乗り、今も炎帝の傍で生きている
こうして命を繋いで生かす事をしていた
助けられたシナモンは回復し飛鳥井の家に引き取られた
スコティッシュテリアのガルは母さんと同じ足の短い猫に親近感を覚え
『兄弟?ねぇ母さん父さん、ボクに兄弟をくれたのぉ?』と大喜びだった
シュナウザーのイオリはたらーんとなったが気を取り直して
『仲良くするんですよガル』と何とか取り繕った
コーギーのコオは『オレは‥‥産んでねぇからな!』と主張したが‥‥ガルは聞いちゃいなかった
シナモンをペロペロ舐めてお兄さんとして世話を焼いていた
怯えた瞳でビクビクしてる猫を見て‥‥
コオは『何があったんだよ?おめぇ‥‥』と尋常じゃない事態を感じていた
イオリも『尻尾の骨が‥‥折れたのか曲がってます‥‥信じたくないけどこの子‥虐待を受けていたんじゃないのでしょうか?』と的確な観察力を発揮した
ガルは『もぉ大丈夫だよ!ボク達は君を虐めたりしないから‥‥』と謂い
この日からガルはシナモンとの距離を縮めるべく奮闘するのだった
飛鳥井の応接間は20人は軽く座れるソファーが並べられ、その中央に特注で作らせた大理石のテーブルが置かれていた
壁には幾つかの絵画が掛けられ、壁掛け時計も立派なものが掛かっていた
なにより凄いのがテレビ
一般家庭では絶対に見かけないサイズのテレビが鎮座していた
そのテレビにゲームの配線の羅列さえなければ重厚感が半端ないのだろうが‥‥
テレビゲームの配線が無数に延びて生活感を出していた
そして応接間の横にサンルームが併設されて作られていた
光を集める部屋は何時も温かく、夏は日除けのために朝顔やゴウヤを窓に這い上らせて日差しを遮らせていた
部屋は常に良い環境を醸し出していた
そのサンルームに犬達の部屋があった
部屋の住人はシュナウザーのイオリとコーギーのコオとスコティッシュテリアのガルだった
その中に猫のシナモンが新しく入る事になったのだ
ガルの奮闘の甲斐あってシナモンは生活に慣れ始めていた
ガルは散歩にシナモンだけ行けないとは可哀想だと想い、背中にシナモンを乗せて散歩に出る様になっていた
毎朝シナモンはガルの背中に乗って散歩に着いて逝く
ガルは楽しそうにシナモンを背中に乗せて歩いていた
朝の散歩は清隆が榊原や慎一と逝くようになっていた
夕方の散歩は康太と一生が子供達と一緒に逝くのだった
何時ものドックランのある公園まで逝くとワン達はリードをはずされ走り回っていた
シナモンは走り回るガルをよそにベンチに飛び乗りベンチに座る清隆の膝の上で丸くなっていた
清隆はシナモンを撫でて
「随分人懐っこくなって来ましたね」と呟いた
慎一は「まだビクッとなる事もありますから‥時間はまだまだ掛かるんでしょうね‥‥」と悲しそうに言葉にした
清隆は「時間が癒してくれます‥‥きっと‥‥」と言った
どんな辛さや痛みも悲しみも、時間が緩和させてくれるだろう‥‥と祈りにも似た言葉を紡いだ
シナモンはビクビクするたびに、飛鳥井の人達やガルやイオリやコオを悲しませているのを知っていた
ビクビクする気はなくとも‥‥勝手に体躯が跳ね上がってしまうのだ‥‥
治そうと想って努力してても‥‥
体躯は中々それを止めてはくれなかった
応接間のドアには猫用の小さなドアが下に作ってあった
鼻で押せばドアは開き自由に行き来が出来るようになっていた
飛鳥井に来て3ヶ月も経つ頃
この頃のシナモンは少しだけ家の中を探索に出掛けるようになっていた
まずは家族が誰かいるキッチン
朝一番を狙う
すると玲香が朝食を食べていた
「おや、シナモンではないか」
『にゃー』と鳴くと玲香はお膝を叩いておいでと合図した
シナモンは玲香のお膝にジャンプ
玲香は朝食そっちのけで撫でてくれるからシナモンは玲香のお膝の上が大好きだった
玲香がキッチンから去る前に瑛太がキッチンに顔を出す
シナモンは椅子に座った瑛太のお膝にジャンプ
瑛太は隠れてささ身ジャーキーをポケットから出してくれるのだ
猫には堪らぬおやつ!
憎いぞコイツ‥‥猫のツボを知っているのだ
ゴロゴロ言ってささ身ジャーキーを食べる
瑛太の後は清隆に撫でて貰った
会社の出勤した後は子供達に撫でて貰う
流生は「ちなもん!」と可愛がっていた
シナモンは子供達が大好きだった
子供達が幼稚舎に行くと少しだけ家に誰もいなくなり寂しくなる
そんな時は母さんと父さんと兄さんに甘えに行く
兄さん(ガル)は母さんに甘えて丸くなって寝ていた
父さんと母さんはラブラブで片時も離れる事はない
そんな愛情たっぷりの両親がシナモンは大好きだった
大好きに囲まれてシナモンは生まれて初めて穏やかな日々を送っていた
ガルはまだ眠いのかシナモンを抱えると
『寝るよろし!』と言い寝息を立てていた
ペロペロ舐められシナモンも何時しか眠くなり眠る
夕方近くまで眠り
子供が帰ると散歩に行く
音弥は歌を歌い歩く
『えいご』って言う歌らしくてさっぱりシナモンには理解出来ないが、音弥は歌がうまかったから聞くのは好きだった
流生は烈の面倒を見ながら歩く
お兄さんだから身を呈して弟を守る
そんな姿は初めて目にする光景だった‥‥
何時も機嫌が悪いと八つ当たりされ殴り飛ばされていた
怒鳴り声と罵声
もう死ぬんだ‥‥と何度想ったろう‥‥
そう考えてガルの背中にいると、フワッと持ち上げられた
「ガルの背中の上で泣くなシナモン」
一生はそう言いシナモンの顔を拭いた
鼻水まで垂らして泣いていたのだった
一生はシナモンを抱っこしたままベンチへと向かった
公園に着くと一生は犬達のリードを外した
リードを外されたワン達は楽しそうに走り出した
康太はシナモンを膝の上に抱き上げると
「うしうし!もう泣くな」と言い撫でた
一生は「記憶って厄介だよな‥‥」と呟いた
脳に強く刻まれるのは辛くて死にそうな想いだったりする
だから人もそれを乗り越えるのは結構至難の技だったりするのだ
動物だってそれは変わらないのだろう‥‥
「だからさ日々を大切に優しい想い出を沢山刻ませてやりてぇんだよ!
優しさやぬくもりは傷を癒す特効薬だかんな
それさえあれば‥‥どんなに辛くとも乗り越える力はわいてくる‥‥」
康太はそう言った
乗り越えた先を見据えた言葉に一生は心の中で『頑張れ!』とエールを送った
それでも日々は優しくシナモンの上に降り注ぐ
日々の積み重ねは癒えない傷を優しく包み込んでくれていた
ガルはシナモンの事を本当の兄弟だと想っていた
優しい兄は何時も何時も自分のご飯をくれようとする
『食べるよろし!』
そう言い前足でご飯の容器を差し出す
『沢山食べてもっと太るよろし!』
兄は結構無茶ぶりを言う
ドックフードとキャットフードの違いを、果たしてガルは知らないのか?
仕方ないのでシナモンは少しだけガルのご飯を食べる
結構美味しい
その間ガルはシナモンのご飯を食べる
そんな光景を多々と見掛けると一生は
「こら、自分の餌を食えガル!」と叱る
叱られてるのにガルは嬉しそうに尻尾を振っていた
お人好しの顔に怒れないのが難点だ
シナモンは自分のご飯を食べ始めた
ガルはボールを咥えて一生の足元に落とした
「飯の時間だろ?ガル‥‥んとにおめぇは‥‥」
めっ!と怒るとガルは仕方なくご飯を食べ始めた
イオリが『お行儀が良くありませんよ!ガル』と怒る
『とうさん‥‥ごめんなさい』と謝りご飯を食べ始めた
とうさんはお行儀が悪いと怒るのだ
こんな時のとうさんは結構怖かった
ご飯を食べ終えると眠気がやって来てガルは丸くなった
シナモンは気持ち良さそうなガルの傍に行くと
『シナモンも寝るよろし!』
と言い前足で来い来いをする
シナモンはガルの横で丸くなると、ガルが抱き抱える様にして眠る
兄弟を守るのが兄の務めなのだから!
とガルはシナモンを常に守って寝ていた
そんな光景を目にすると家族は微笑ましい姿に顔を緩める
飛鳥井の家になくてはならない光景だった
猫も犬も種族を越えて愛し合う家族の姿があった
シナモンはやっと安住の地を手に入れたのだった
ぬくぬくと寝てても蹴飛ばされない現実にシナモンは幸せを噛み締める
守ってくれる兄の存在は大きい
シナモンは幸せそうな顔でガルの横で丸くなっていた
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