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第87話 桜の木下で‥‥

ここ数年、桜の季節に家出をする奴が大人しくしているから、飛鳥井の家は桜の季節に花見が出来ていた そしてまた今年も、桜の季節がやって来た 満開に咲く桜の木の下に飛鳥井の家族と榊原の家族、そして康太の仲間達がいた 子供達は満開の桜の花に感嘆の息を漏らし 「ちれーね!」と魅入っていた 笙の子の美智瑠と匠も流生達と共にいた 美智瑠が桜林の幼稚舎に入園したから、最近は流生達と共に行動する事が多かった 美智瑠は笙と謂うよりも榊原伊織に近い顔をしていた 大空と並べば確実に兄弟?と言われてしまうだろう程に、二人は酷似していた そして匠は明日菜に似ていた 笙は最近は子供達が大きくなり親ベッタリでなくなって来て、寂しさを感じていた 子供の成長は目まぐるしい‥‥ 明日菜は我が子の成長が嬉しかった 逞しく育って逝く我が子が誇りだった 笙は「明日菜‥‥」と妻の名を呼んだ 「何だ?笙」 「美智瑠って‥‥こんなにも成長してたんだな」 父の背中に隠れてしまう程の恥ずかしがりやさんだったのに‥‥ 「子供は日々成長しているならな 私でも驚く事が連発だったりするぞ!」 一緒にいる明日菜がそれなら、あまり一緒にいられない自分ならば、その驚きは倍だな‥‥ 笙はそう想い苦笑した 料理の上に桜の花弁が舞い落ちる 笙は何気なく振り向くと康太が笙を見ていた 笙の想いならば康太に総てお見通しなのだろう‥‥ 康太は瑛智を膝の上に座らせて何やら話していた 瑛智は嬉しそうに笑っていた そこへ美智瑠も康太に近付いて抱き付いた 「どうしたよ?美智瑠」 「こーたん ちれーね!」 康太は瑛智を膝から下ろすと横に座らせ、美智瑠を膝の上に抱き上げた 「綺麗だな、どうした?美智瑠」 「こーたんにあみゃえにきたにょ」 「そうか、沢山甘えて良いぞ!」 康太はそう言い美智瑠を抱き締めた 流生がそれに気付き 「あ~じゅるい!」と母の背に抱き付いた 音弥も「みーたんだけじゅるい!」と母に抱き付いた 康太は流生と音弥の頭を撫でた 太陽は「みーたん」と言い美智瑠に抱き付いた 美智瑠は嬉しそうに笑っていた 大空は瑛智の頭を撫で 「えーたん、いいこ」とチュッと頬にキスを落とした 瑛智も嬉しそうに笑っていた 烈が負けてたまるか!とばかりに突進して来て‥‥ 康太は慌てて美智瑠を横へと座らせ、烈を抱き締めた 「こら、怪我したらどうするんだよ?」と言い めっ!と怒られた 烈は泣きそうな顔になり 「らって‥‥にーにーたち‥じゅるいんらもん」と訴えた 小さいと結構不利なのだ 兄達は可愛がられていても烈は忘れられがちだと何時も何時も想っているのだった だって‥‥烈が幼稚舎に入園しても‥‥ 兄達はいないのだ あんなに入りたがっていた幼稚舎だが‥‥ 兄達がいないのなら‥‥話は別なのだ 一緒にいたいのだ 一緒に何かをやりたいのだ なのに‥‥なのに‥‥ 烈は泣き出した わぁーん!と大声で泣き出すと、康太は烈を抱き締めた 榊原が烈を持ち上げて 「烈、何が悲しいんですか?」と優しく抱き締めた 「とーちゃ‥‥らって‥‥」 泣きじゃくる烈を父が優しくあやす 父は何時も優しい 仕事で忙しくとも烈が何か言いたそうにしてると気付いて遅刻してでも、話を聞いてくれるのだった 烈は父が大好きだった 母はもっと大好きだった 烈は両親が大好きだった そして兄達も大好きなのだ 兄達と一緒にいたいと想っても、年齢が違うと謂う理由だけで、一緒にはいられないのだ‥‥ 烈が榊原に抱き着いて泣いていると、瑛智が心配そうに榊原の所へやって来た 美智瑠と匠も烈の方へ近寄って心配そうにしていた 烈は泣き止むと恥ずかしそうに榊原の胸に顔を埋めた 流生は父に「れちゅ‥らいじょうび?」と問い掛けた 榊原は優しく笑って 「大丈夫です、烈は兄達と共に幼稚舎に通えなくて悲しかったのですよ」と事情を説明した 流生は‥‥そればかりは無理な事だから‥‥ 何も言えなくなった 年の差はどうも出来ない どうも出来ないのだ‥‥何ともしてやれないのだ 流生は何と言って良いのか‥‥困った 翔はそんな流生の傍に逝くと 「りゅーちゃ だいじょうぶ?」とそっと肩を抱いた 「かけゆ‥‥」 「れちゅはとぅちゃがなぐさめてくれりゅから‥‥りゅーちゃがきにやむことはないにょ!」 「れちゅ‥‥いつも‥‥みおきゅってばかりらもんね‥‥」 「さみしいよね‥‥れちゅ」 でも‥‥どうしょうもないのだ 何も出来ないのだ そんな我が子が落ち込むのを見て康太は清四郎に 「義父さん、流生達が落ち込んでるので何とかして下さい!」と無茶振りをふった 清四郎は立ち上がると流生と翔の傍へと近付いた その姿を真矢は笑って見送った 「康太、清四郎には荷が重いのでは?」と少しだけ夫の為に愚痴る 「大丈夫ですよ! 孫には信頼の厚いじぃたんですから!」 康太がそう言うと真矢は嬉しそうに笑った 清四郎は翔と流生の傍に逝くと目線を合わせて座った 「流生、翔、君が悩む事はないのです」 清四郎がそう言うと流生と翔は「「じーたん」」と言い抱き着いた 清四郎は二人の孫を抱き締めた 愛しい孫だった 流生はこの年にして侠気があり 翔は次代の真贋としての御披露目をしただけあって確り者だった だが子供なのだ この子等は他の子と変わらぬ子供なのだ 「じーたん」 流生が清四郎を呼んだ 「何ですか?」 清四郎は嬉しそうに答えた 「れちゅ、おとたんよりも‥‥でっかくにゃったのにょね」 そう言われれば‥‥烈の成長は目まぐるしい 前に逢った時よりも現在進行形で成長していた 「そうですね、音弥よりも言われてみれば大きくなりましたね」 それが飛鳥井の【血】なのだろう 「らからね、れちゅ、しょうぎゃっこうにいってもらいじょうびじゃにゃい?」 清四郎は言葉を失った だから烈、小学校に行っても大丈夫じゃない?と謂われても‥‥ 真矢は爆笑した その場にいた者は全員、大爆笑となった 音弥はブーッとした顔で烈の頬を摘まんで引っ張った 榊原は「音弥、止めなさい」と怒った 「らって‥‥おとたんらって‥すきでちいさいんじゃにゃいもん!」 音弥は細くて小さいのがコンプレックスだった 翔は瑛太に良く似てガタイが良い 流生は翔に負けず劣らずでガタイが良い 太陽と大空も‥‥榊原に良く似てガタイが良い 烈は更に音弥を追い越す勢いで現在成長中なのだ 烈は兄が泣くのを見ていた すきでちいさいんじゃにゃいもん!と言い泣くのを‥‥初めて見た 流生は「ぎょめん‥‥おとたん」と謝った 音弥は流生に抱き着いて泣いた 烈は兄が泣くとは想わなくて焦っていた 「にーにー、にーにー」と言い榊原の腕から離れて音弥の方へと近付いた 泣いてる音弥の頭を兄達の真似をして撫でる 真矢は「良い兄弟ね」と言い目頭を押さえた 「にーにー ぎょめん」 烈が謂うと音弥は泣いた顔を服の袖で拭いて 「れちゅ、らいじょうびよ」と言い抱き締めた 兄は優しい 兄達は優しい 翔は烈を撫でた 「れちゅ、いっちょにいられなくても、きょうだいだから‥らいじょうび!」と慰めた 流生も「れちゅがぴんちにゃら、たちゅけにいくにょ!」と言い弟を大切にしている言葉を口にした 太陽はニャッと嗤うと 「れちゅ いじめりゅやちゅ、ばいがえちにしてやりゅにょ!」と謂った 絶対にやりそうで怖い‥‥が、頼もしい兄だった 大空も「らいじょうびよれちゅ、にーにーがかえりうちにちてやりゅきゃら!」と、これもまた物騒な事を謂った 翔は何も謂わず嗤っていた そんな顔は康太に似て‥‥ 何も謂わずとも返り討ちにしそうで怖かった 飛鳥井康太の“子供達”だった 美智瑠と匠と瑛智は、そんな逞しい“兄達”が大好きだった 今日はいないが永遠と北斗と和希と和真も大好きだった 真矢は「あら、今日は北斗と和希、和真と永遠がいないのね?」とその場にいない子供達の名を口にした そう言えば、慎一も聡一郎もいない 康太が「聡一郎は今、次代の四宮興産の跡継ぎを育成中で、永遠と共に欧米に木の買い付けに出掛けてる 慎一は白馬に馬の調整具合を見に北斗と和希と和真を連れて行っている 目的は次代の育成の為だ 北斗は動物の言葉が解る次代のファームの継承者だ 経営に携わるのは和希と和真だからな 今から育成に余念はねぇんだよ」 「そうなのね‥‥」 永遠にしても和希、和真、北斗はまだ子供なのに‥‥ 将来のレールが敷かれた上を既に歩き始めていると謂うのだ‥‥ それを謂うなら康太の子も‥そうなのだ 真矢は胸が張り裂けそうに辛くて堪らなかった 康太は桜を見上げて 「義母さん、聡一郎や慎一達が還ったら、もう一度花見をしませんか?」と提案した 真矢が胸を痛める必要などないのだから‥‥ 罪を作って 適材適所配置して来たのは飛鳥井康太なのだから‥‥ 罪を背負い 罪を感じるのは康太だけで良い‥‥ 康太だけで良いのだ 真矢は嬉しそうに笑って 「そうね、また今年も北海道に花見に行っても良いわよね! そうよ!桜が散ったなら追い掛ければ良いのね それでも間に合わなかったら‥‥来年も咲くわ 花見の季節に家出をする一生も、大人しくなったものね」 真矢の言葉に一生は 「もう虐めないで下さいってば!」と謂うと、皆が笑った 康太は携帯を取り出すと聡一郎と慎一に 【花見すんぞ!】とラインで送った 当然、聡一郎からは 『今からですかぁ?』とラインが返された そして一生のラインに 『僕今、欧米だって言いましたよね? 直ぐには絶対に無理だって解ってて無茶振りを言ってるの!何で止めてくれないのさ! 一生、今すぐに帰れないんだから止めてよね!』と文句が送られたのは謂うまでもない 一生は携帯を見つつ 「康太、俺がアイツに恨まれる‥‥」と勘弁してくれと泣きついた 康太はやっぱそう来るか‥‥と想いつつ 「桜が散る前に帰って来い!」とラインした 慎一からは『只今帰ります』と送られて来て その携帯を榊原に放ったのは謂うまでもない 榊原は康太に「めっ!」と怒った そしてフォローも欠かさかった 「直ぐに帰らなくとも宜しいです 慌てて還って事故でもおこしたら大変です! 花見をするにしても今日は無理なので、スケジュールを立てましょう!」 と返信した 慎一からは『伊織ですか?』と返された 康太の携帯からの送信だから至極当たり前の返信だった 「そうです、康太が無茶振りを発動してしまいました! 無茶振り過ぎなので、スケジュールの調整が必要なので慌てなくても大丈夫です 聡一郎にも送ったので、聡一郎はパニックになってます この後、聡一郎にもラインをせねばと想っているのです なので慌てず無事故で帰還して下さい」 『了解しました!』 慎一とのラインを終えると聡一郎に 『今すぐに帰還せずとも良いです! 康太の無茶振りですから急がずとも構いません! ですが、出来るなら桜の花が散る前に帰還をお願いします 家族が[皆で]花見を所望しているのです 一人でも欠けたなら‥それは皆が楽しめないとだけ付け加えさて貰いますけど‥‥ この言葉は皆の総意だと受け取って下さい 榊原 伊織 』 こんなラインを貰ったなら‥‥ 帰国せねばと想うだろうが!!! 直ぐ様、聡一郎から 『伊織ですか? 解りました、此方を片付け次第、帰国します! 此より残りの総ての仕事を片付け帰国の予定を立てます!では!』と返ってきた 榊原はそのラインを見つめ、ため息を漏らし 「この調子なら散る頃にもう一度全員で花見が出来そうですね」と呟いた 真矢は笑っていた 玲香も「やはり皆で迎えねばな‥‥」と呟き 毎年恒例の花見に兵藤貴史がいないのは淋しいと次の花見には美緒を誘おうと算段していた こうして‥‥少しだけ欠けた花見は終わりを告げた 全員が皆で迎える花見を楽しみにしていた 騒がしくて、楽しい一時に想いを馳せて‥‥ 満開を少し前にした花見は終わりを告げた 慎一が白馬から戻り、聡一郎が帰国して 花見の予定が立てられた 桃源郷さながらの庭園を持つ料亭に予約を入れたのは、皆のスケジュール調整をして直ぐの事だった その料亭は一見さん御断りの料亭で、政界や財界人でも滅多と利用が許されない料亭だった 『麒麟亭』と称された料亭は創業は江戸時代よりも前 花のお江戸と騒がれた頃には既に、由緒正しき料亭として君臨していた 成り上がりは幾ら金を積んでも入れない [血]と[家名]正しき者ならざる者は入店が許されない料亭として有名だった そこへ入る事こそステータスだとばかりに、予約者は殺到している 幾ら金を積まれようが、強引に店に押し掛けて来ようが、徹底して料亭の店主が認めた者以外は入店すら許されない それが【麒麟亭】だった その料亭は広大な土地を持ち庭園を持っていた 四季折々のスペースを用いて 季節に合わせて部屋を移る 予約は一日に一名様限り そんな料亭の予約を取って来たのだから‥‥ 家族は相当驚いたのは謂うまでもない 清四郎と真矢は撮影の合間に休みを取り、花見に加わった程だった お花見当日 麒麟亭から送迎バスが迎えに来た 家族や花見に参加する者は皆、バスに乗り込んだ 今回は兵藤美緒とその息子、貴史も参戦となった バスに乗り込むと子供達は大人しく席に座って、窓の外を見ていた 麒麟亭は市街地から離れた場所に在った 広大な山一つまるまる麒麟亭のモノだった 駐車場にバスを停め、料亭へと向かう 家族や仲間は緊張した面持ちだった 兵藤美緒は「やはり此処は変わらぬな」と懐かしそうに呟いていた 兵藤はやはりこの人は由緒正しき血筋の者なのだと‥‥今更ながらに想った 料亭の正門に辿り着くと執事風の燕尾服を着た店主自ら皆を出迎えた 「真贋、御待ちしておりました」 と店主は康太を見ると嬉しそうに微笑んだ 康太はバスから下りると店主の前に立ち 「世話になる」と謂った 店主は「どうぞ!此方へ」と深々と頭を下げ案内しようとした 康太は店主と共に逝こうとして‥‥歩を止めた 駐車場に自家用車が一台停まっていたからだ 予約は一日に一件しか取らぬ麒麟亭の駐車場に車が停まってれば訝ってもおかしくはない 車に乗ってる者達が面白なく顔をして車から出ると 「御店主、此方の料亭は由緒正しき者しか利用する事は出来ぬと申した筈だが?」と店主に突っ掛かって逝った いちゃもんにも近い言い方に康太は眉を顰めて、その男を視た 店主は「はい。由緒正しき者しか利用する事は許されないと店の主が申しておりますから、主の意向に御座います」と怯むことなく答えた 男は「なれば飛鳥井の小童は‥‥由緒正しき血筋の者だと謂うのか?」と腹に入らぬ様子で吐き捨てた 「飛鳥井は由緒正しき血筋の一族! 女神から“眼”を賜り生きる一族に御座いますから!」 「高々数百年程度で由緒正しきとは謂わぬだろ? それなら我等斑鳩の方が血筋は古い」 「貴方が正当な斑鳩の御当主なれば、我等は喜んで接待させて戴きます ですが貴方は分家の斑鳩の血など入らぬ名ばかりの家柄故、主が許可をされなかったのです 何度も申します様に、貴方を我が店に入店許可は致しません!お帰り下さい」 店主は毅然としてそう言った 男は憤慨して「飛鳥井を断れ! そしたら帰ってやる!」と怒鳴った 理不尽な怒りだった だが自分が劣ると謂われるのは腹の虫が治まらなかった 難癖にも近い言い分に康太は 「斑鳩が飛鳥井も旧いと?嗤わせるぜ!」と莫迦にするように言い放った 「飛鳥井はその昔、平安王朝が畏怖し消し去った一族の末裔だ! 旧さと家名の正しさで逝けばお前等斑鳩など足元にも及びはしねぇぜ! ましてや斑鳩の末裔と謂えど、おめぇは高貴な血が一滴も入っちゃいねぇ! 斑鳩の本家の御当主ならば話は別だが、おめぇは麒麟亭には一歩も足を踏み入れる事は出来ねぇだろうな!」 莫迦にするように、挑発するような言葉を放つ 「おのれ!下賎な飛鳥井ごときが偉そうに!」 康太は唇の端を吊り上げて嗤っていた 背筋が凍る程の冷ややかな瞳で、男を射抜き一歩も引かぬ姿勢で立っていた 子供達はそんな母の姿を目にするのは初めてだった 厳しい母の姿は常に見ていた だがこんな毅然と人を下す姿は‥‥目にした事はなかった 玲香は子供達を背中に隠そうとした だが子供達はそんな玲香の思い遣りを断り、母をその瞳に焼き付ける様に見ていた 康太は果てを視て 「斑鳩時實(ときざね)不穏な芽は早目に詰まねば、何処に落とし穴を掘られるか解らねぇぞ!」と呟いた 男は‥‥本家の当主の名前を出されて‥‥ 一瞬、怯んだ 男は‥‥身動き一つ封じられた様にその場に立ち尽くしていた 康太の頭上を、何処からか現れた一羽の美しい鷺が回っていた 美しい鷺はゆっくりと旋回し、康太の前へと舞い降りた 「わたくしは斑鳩時實の式に御座います わたくしの口を通して時實が話していると想って下さい」 鷺は美しい音色でそう言った 康太は「久方ぶりだな時實!」と鷺に声を掛けた 『はい、久方ぶりに御座います真贋 此度は我が一族の末端の者が御無礼を致しました』 「斑鳩の血が一滴もはいちゃいねぇこんな輩が、あんで斑鳩を名乗っているんだよ?」 『この者の妻が斑鳩の分家筋の者に御座います この者は婿養子として斑鳩に入り‥‥正当な血を排除して大きな顔をしておりました 処分しようにも‥‥こやつは巧い事脱がれて人を陥れる才がありまして‥‥悔しい限りで御座いました』 「ならその悪運もこれで尽きると謂う事か 上手い事オレの前に引摺り出しやがったな時實」 『貴方様が麒麟亭へ向かわれるとお聞き致しましたので、麒麟亭で食せばステータスだと触れ回らせ誘導致しました』 「オレの家族の楽しい時間を奪ったんだ しかも飛鳥井を下賎だと抜かしやがった 最近、本当に下賎な‥連発されて辟易してる所だ! 時間を短縮して地獄に堕としてやんよ!」 康太はそう言い唇の端を吊り上げて嗤うと 「おめぇの逝くべき所へ送ってやんよ!」と胸ポケットから小さな鏡を取り出し 「この鏡は天照坐皇大御神が所有する八咫鏡の一部で作らせた鏡だ! 小さくとも母者の鏡と同じ力を秘めし鏡だ!」と謂った 男は「そんな小さな手鏡で子供の遊びでもするのか?」と莫迦にしていた 康太はそんな男は無視して、鏡に男を映し出し 「天照坐皇大御神が息子が命じる! この男を閻魔大魔王の所まで堕とせ!」 鏡は命じられると男を吸い込み‥‥消した 男の妻は深々と頭を下げ 子供らは唖然としていた 鷺は『お手数をお掛け致しました』と詫びた 「あやつはどうなるかは閻魔の匙加減だから解らねぇ だから時實、家族に罪はねぇ後は面倒をみてやれ!」 『解り申した お前達、斑鳩の本家に事情を話に参るがよい!』と謂い美しい鷺は飛んで逝った 男の家族は妻が運転をして還って逝った 辺りが静かになると麒麟亭の店主は 「お見事に御座います!」と心底嬉しそうに謂うと姿勢を正して 「それでは御案内致します」と謂い歩き出した 少し山道を歩くと麒麟亭の門が出て来て、門をくぐった 門をくぐってもまだ道は続き桜並木を歩いて麒麟亭へと向かう 家族は美しく咲き誇る桜の花々に感嘆の息を漏らした 立派なお屋敷まるごと麒麟亭になっていた そして麒麟亭の背後はピンク色に染まった山々が聳え立っていた 桃源郷さながらの光景だった 玲香は「源右衛門なれば喜んだであろうな」と呟いた 清隆も「ええ‥‥きっと喜んだでしょうね」と故人を懐かしんだ 玄関で靴を脱ぐと屋敷の中へと入って逝った 廊下に面した庭は桜の花一色に染まっていた 店主は庭の桜の花が一番美しく見える部屋に康太達を通した 部屋に入ると窓を開けて料理の配膳をさせた 家族や仲間が席に着くと店主は 「この麒麟亭は斯波の家の跡地に建っております! この地だけは当時のまま、何一つ手を加える事なく存在させております」と口にした 飛鳥井の一族なれば‥‥無念な過去は親から子へ語り継げられ今も決して忘れてはならない『名』だった 玲香も嫁いだ翌日、姑の清香から聞かされ、この語りを途絶えさせてはならぬと言い聞かされた『名』だった 広間に通されると、そこには宴の準備がされていた 到着に併せて配膳されていたのだろう‥‥ 康太は適当に子供達と座ると、家族や榊原の家族も適当に座に着いた 康太は「父ちゃん、ご挨拶」と促すと清隆は 「今日の良き日に、こうして皆さんと花見が出来て本当に幸せです! 本当に集まって下さってありがとうございました」とご挨拶した そして清隆は笑顔で「乾杯の温度は瑛太、君が切りなさい」と指名した 瑛太は仕方なく立ち上がると「それでは皆様、乾杯の準備は出来てますか?」と辺りを見渡し 皆、グラスを掲げると「乾杯!」とグラスを高く掲げた グラスの合わさる音が部屋に響き渡る 瑛太は座るとグラスの中の食前酒をグビッと飲み干した 子供達はジュースを注いで貰い飲んでいた 開け放たれた庭の桜は満開だった 桜の花弁がヒラヒラと部屋に舞い込んできて配膳の中へと舞い散る そんな中、食事を始めた 子供達は子供用の料理を出されて満足そうに食べていた 美味しい料理と美味しいお酒は箸を進めさせ気持ちよく酔いを感じさせていた 話が弾み 舌を潤わせる為にお酒が進む 楽しい一時だった 時間を忘れて、俗世を忘れて一時を味わう 料理を食べ終えると子供達は 「おにわにでてもいい?」と問い掛けた 康太は子供達に 「お庭に出るなら約束をしよう! 一つ、庭木には一切触らない 一つ、この庭から出て逝こうとしない! この庭は特別だかんな、庭から外に出たら‥‥容易には助けには行けねぇ!それを忘れるな! この二つを守れるなら外に出ても良いぞ!」 と約束事を口にした 子供達は母との約束事を守る為に手をあげて【あい!】と返事をした 康太はそれを見て 「うし!良い子だ! んじゃ外に出るか!」と謂い子供達を促した 康太は子供達と共に玄関に回ろうとすると、店主が近くに寄ってきて 「今、履き物をお持ち致します!」と押し止めた 暫くして店の者が下駄を人数分持って現れた 大人用の下駄と子供用の下駄 それは人数分用意されていた 康太は並べられた下駄に足を通すと、子供達にも下駄を履かせた 店主は「皆の分も御座います。気が向かれたらお履き下さい」と謂いお辞儀をしてその場から離れた 客が気持ち良く一時を過ごせる事が一番大切に想って接していくのが麒麟亭のモットーなのだから‥‥ お客様にはどんな礼を尽くしてでも楽しんでもう その為の配慮だった 庭に出た子供達は大きな桜の下に行き手を伸ばした 大きな 大きな桜だった この世に生を受け何万年生きてきたのだと想う程に立派で美しい桜だった 康太は桜を見上げて 「懐かしいな‥‥」と呟いた 榊原も庭に下りて来て「そうですね、まだ此処に在ったのですね」と声を掛けた 「伊織」 康太は嬉しそうに榊原を見上げた 「この桜の下で君と共に過ごした日々を僕は忘れません」 辛くて迫害の日々だったが‥‥それでも二人でいられたら何も要らなかった そんな二人の思いはこの桜が全部見ていた‥‥ 遥か昔の‥‥事だった 流生は母を見上げて「きれーね!」と口にした 「あぁ、綺麗だな」 桜を見上げて康太は答えた 音弥は「たまちぃとられちょーね!」とあまりの美しさに魂が獲られそうだと口にした 「大丈夫だ、お前達にはオレがいる 伊織もいるし、家族も仲間もいる 皆がお前達を守ってくれるさ」 康太が謂うと音弥は嬉しそうに笑った 逝く千の時を重ねようとも 幾万の時代が過ぎようとも 変わらぬ風景が在った 時代から切り抜いた様な光景が目の前に広がっていた 榊原は康太の手を取ると 「愛してます またこの木の下で君に愛を誓います」 と愛の誓いを口にした 康太は榊原の手の甲に口吻けを落とすと 「オレも愛してる またお前に‥‥誓って貰えてめちゃくそ嬉しい‥」と嬉しそうに笑った 康太と榊原の足元には子供達が楽しそうに走り回っていた あの日は‥‥二人きりだったな‥‥と康太は遥か昔を想い口にした 「ええ‥今は‥我が子と家族と仲間と見られて良かったです」 榊原は握り締めた手を強く握った 共に逝こう 共に明日へ逝こう その想いだけで生きてきた その想いだけでこれからも果てへ逝く 康太は榊原の手を離すと、子供達の目線までしゃがみ込んだ 「何時か‥‥またこの桜を見に来ると良い お前達が大人になっても忘れられない光景として瞳に焼き付けておくと良い‥‥」 想い出は美しい その美しい想い出と共に瞳に焼き付けておくと良い 共に過ごせる時間は限られている こうして‥母や父と過ごした時間を‥‥ どうか忘れないで‥‥ 流生は母に「りゅーちゃ わちゅれにゃい!」と約束した 太陽も「ひなも わちゅれにゃいよ」と笑い母に抱き着いた 音弥は「おとたん、しゃくらみりゅたびに、おもいだしゅ!」と約束した 大空は掌に堕ちた花弁を母に見せて 「かな、らいねんも‥かぁちゃとみにきたいにょ‥‥」と訴えた 康太は大空の頭を撫で 「来年も来ような 再来年も‥ずっとずーっと見に来ような」と約束した 翔は「かぁちゃ‥‥かけゆもかぁちゃととぅちゃとみたいでしゅ‥‥」と訴えた 榊原も翔の傍にしゃがみ 「ええ。来年も再来年もずっとずーっと見に来ましょうね」と約束した 烈は笑って父に抱き着いた 誰にも邪魔は出来ない家族の時間がそこにあった 家族で交わした【約束】だった 少し強い風が吹くと、桜の花びらはヒラヒラ舞い上がった 子供達は楽しそうにその光景を見ていた 桜の木の下で皆で記念写真を撮った 皆 素敵な笑顔で笑っている写真だった 記念写真がまた一枚増え アルバムに貼られた ね!やくちょくよ! らいねんも ちゃらちねんも じゅっとじゅーっと いっちょにみりゅんらよ!

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