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第92話 ゴールデンウィーク2919 後半戦①
バスに乗り込んだ榊原は全員乗っているかを確認すると、バスの運転手に
「発車して下さい」と告げた
運転手はバスを発車させた
静かにバスが走り出すと一生は京香に一生特製おにぎりを渡した
京香はそれを受けとり瑛智に渡した
瑛智は一生に振り返り「あいがと」と礼を述べた
康太が一生に手を出すと、一生はおにぎりを乗せた
一生は「旦那は?」と榊原に問い掛けると
「僕は大丈夫です」と断った
ご飯を食べたばかりでそこまでは食べられないと想いつつ、おにぎりを美味しそうに食べる康太を見ていた
時々、康太のお腹の中はブラックホールなのかと想いたくなる程の食欲で、よくもまぁ入るなと感心するばかりだった
榊原は康太に水筒を渡して、つまらせない様に世話を焼き、子供達が大人しく座っている様に世話を焼いていた
その姿はすっかりお父さんだった
バスは見慣れた町並みを離れ、軽やかに走っていた
ゴールデンウィークと言う事もあり渋滞したりしたが無事目的地に到着した
この日は夜に豪華客船に乗船してディナーを楽しむ予定だった
そして客室に泊まり翌朝下船して花畑を観に行く
その日は戸浪達と共に泊まり翌日オーケストラを観賞となっている
バスから降りると戸浪が既に来て待ち構えていた
戸浪は康太の姿を見ると駆け寄り抱き締めた
「康太、逢いたかったです」
「オレも色々と大変だったかんな逢いたかったけど‥‥逢えなかったかんな‥‥」
「康太、今日は楽しみましょう」
「おー!世話になるな若旦那」
康太がそう言うと戸浪の妻の沙羅が康太に近寄って来て
「康太、貴重な時間を我等家族と共に過ごして下さってありがとうございます」と挨拶した
「沙羅、久しぶりだな」
「はい。健勝なお姿を御目にかかれて嬉しゅう御座います」
「今日はめちゃくそ楽しもうな」
「はい!」
沙羅は笑って返事をした
その顔はまるで少女の様で、万里や千里はそんな顔をする母を見ていた
戸浪は康太から離れると船長を呼んだ
「永倉、来て下さい」
戸浪に呼ばれて、50は過ぎているだろうダンディーな男が康太の前に姿を現した
戸浪は「船長の永倉喜一です!今日貴方達を大海原へと案内する船長に御座います!彼はわが社でもベテランなので御安心下さい!」と船長を紹介した
康太は船長をじーっと視てニコッと笑って手を差し出した
「飛鳥井康太だ!宜しく」と言うと、永倉は康太の手をとって「此方こそ宜しくお願いします!」と挨拶した
船長の永倉は康太にじーっと視られても動じる事なく胸を張り康太の瞳を見ていた
戸浪は「では乗船しましょうか!」と謂うと荷物を手にして船の方へと進んだ
康太達家族もその後に続いて船へと近付いた
船は豪華客船に相応しい面構えをしていた
船長の永倉は「今宵はこの地に停泊して、夜が明けぬ前に出向致します!
夜明けは海で見られると宜しいかと想います。
そして東日本マリーナへと向かい、そこへ貴殿達を下ろすルートとなっております
本来ならこの船はこの様な地には停泊する事はないし、東日本マリーナで下船する事はない
今回は本当に貴方達を乗船させる為だけにルートをねじ曲げて船を回させたのです」
と説明した
戸浪は永倉を「止めなさい!」と止めた
永倉は「社長‥‥永倉は貴方の苦労を‥‥」と悔しそうに言葉を飲み込んだ
「彼は飛鳥井家真贋、そんな私の苦労など一目瞭然なのです」
「彼が飛鳥井家真贋、御本人なのですか?」
飛鳥井家真贋の噂は船の上にいたしても知れ渡って来る
戸浪が窮地に追いやれた時程、否応なく聞かされる名前だった
船の上にいたしても今はネットも使えるし、昔のように情報に疎い訳ではない
だが目の前の子供の様な笑顔を浮かべる子が‥‥
我が子と対して変わらぬ子が‥‥飛鳥井家の真贋なのだと今更ながらに想うのだった
「そうです。彼が飛鳥井家真贋、御本人です
なので君をじーっと視ていた時に、総ては承知だと謂う事です」
だからこその笑みなのだ
苦労を慰労する優しい子供の様な笑顔を向けられたのだ
永倉は深々と頭を下げ、頭を上げると姿勢を正した
「貴殿達にとって最高の航海になれます様に永倉喜一、最善を尽くします!」と宣言した
「宜しく頼むな船長!」
康太はそう言い永倉の横にいる男に目を向けた
永倉の横にいる男は康太を見てニコニコして立っていた
一歩前に出ると「副船長の竜宮湊と申します!」と自己紹介した
康太は「久しぶりだな湊」と声をかけた
「康太、久しぶりに御座います
御体の調子はどうですか?
父 嘉門は何時も何時も貴方の体躯を気遣っております」
「大丈夫だ、また逢いに逝くと嘉門に伝えといてくれ!」
「はい!父も喜びます
最近じゃ前よりも元気になり妖怪なみのパワーで飛び回っています」
「それが在るべき場所に来れた者の姿だかんな!」
湊は嬉しそうに笑うと姿勢を正し
「それでは御乗船お願い致します!」と乗船を告げた
康太は家族や戸浪達と共に乗船した
乗船すると部屋へと案内された
船長は既に船長室へと向かい案内は副船長の竜宮湊がした
「ゴールデンウィークと謂う事もありまして、お部屋の御用意は結構難しく御希望通りにいけないかも知れませんが、それだけは御了承下さい」
湊が謂うと真矢が
「それは御無理を謂ったのですから構いません!」と答えた
真矢が謂うと康太も
「だな、子供達が寝れるベッドがあればオレらは海を見ながら過ごせば良いしな」と答えた
各々の部屋へと案内されて鍵を貰い荷物を部屋へと入れる
湊は「荷物を置かれたらディナーを御用意してありますのでレストランホールへ御移動下さい」と案内した
豪華客船は今宵は逗子に停泊して夜明け前に出航する予定だった
荷物を部屋へと入れて鍵を掛けると、家族はレストランホールへと移動した
何せ大人数の移動だ‥‥かなり無理したのであろう事が解る
一人や二人入り込ませるならまだしも、康太や仲間や家族総勢30人近くの人の大所帯なのだ
かなりの無理をさせた事は一目瞭然なのだった
だが戸浪はニコニコと楽しそうにしていた
妻の沙羅もその子の万里や千里、海や皇星も楽しそうだった
レストランホールへディナーとワインを嗜み楽しい食事は始まった
食事を終えた子は隣に座った皇星に「こーちゃ!」と楽しそうに声をかけた
飛鳥井の子供は皆、戸浪の子と仲が良かった
皇星も「みんにゃ!あいちゃかった!」と本音を吐露した
流生は椅子から降りると万里と千里に近寄り膝を叩いた
万里は嬉しそうに「りゅーちゃん!」と名前を呼んだ
千里も「久しぶりだねりゅーちゃん」と嬉しそうに名を呼んだ
千里は流生を抱き上げて膝の上に乗せた
一生に似ていると想っていたが‥‥
こうして見ると‥‥‥三男の海に‥‥似ている顔立ちでもあると痛感させられた
戸浪の血が確実に流生の中にも入っている証拠を見せ付けられたも同然なのだ
海は音弥と楽しそうに話をしていた
波の音の様な雰囲気を持っている音弥が海は好きだった
太陽は椅子から下りると真矢の所に向かった
「ばーたん」
名を呼ぶと真矢は「なぁに?ひな」とニコッと笑って答えた
「あのね、ひなね、おふねにのりたいっていったにょはね
ばぁたんといっちょにみたえいぎゃの『たいたにゅっく』っやつのしーん、のね、あれをやりたいっていってたからなにょね」
太陽はニコニコと船に乗りたいと謂った理由を口にした
笙は「タイタニック?」と呟き
玲香は「あの船の先っぽに立つシーンの事かえ?」と有名なシーンを想い浮かべていた
真矢は顔が真っ赤になった
そう言えば少し前に太陽とタイタニックを一緒に見て
『憧れるわ‥‥』とうっとりと呟いた事があった
あったが‥‥それはレオナルドディカプリオの様なイケメンに抱き締められて‥‥あの船の先っぽに乗りたいわぁ‥‥と謂う事であって‥‥
ただ乗りたい訳ではないのだ
太陽はそんな真矢の想いも知らず
「ばぁたん、じぃたんとやればいいにょね」とトドメを刺した
玲香は爆笑した
瑛太や清隆は困った顔をしていた
京香は「あれは婦女子総ての憧れであるからな」と仕方あるまい、と笑って謂った
瑛太は「京香‥総ての婦女子が憧れている訳ではないと想いますけど‥」と謂ったが‥‥
聞いちゃいなかった
戸浪は太陽の可愛らしいお願いを叶えるべく
「では、副船長をお呼び致します
副船長が参りましたら、ひなちゃんのお願いを叶えて差し上げるとします」と告げた
太陽は戸浪に深々と頭を下げると
「わからんにゃ、ほんとぉにあいがとうなにょね」と礼を謂った
戸浪は「私に叶えられる事でしたら叶えて差し上げたいのです」と笑って答えた
沙羅はそんな優しい夫の一面を知れて嬉しくて堪らなかった
真矢は観念して
「ひな、ありがとうね
ばぁたんのお願いを叶えてくれようとして本当にありがとうね!
と謂う事で清四郎、逝きますよ!」
覚悟を決めた妻は強かった
清四郎は従うしかなかった
副船長の竜宮湊がやって来ると「ではご案内致します!」と告げた
太陽はワクワクと瞳を輝かせて後を着いて行った
家族も見届けてやらねば‥‥と席を立ち後に続いた
康太は榊原に「伊織、オレは落ちねぇか‥‥怖くて堪らねぇのに婦女子はチャレンジャーな事を望むのだな」とボソッと呟いた
「康太、女性の中身はキラキラと宝石で出来ているのです
なので言ってはなりませんよ!」
「‥‥解った」
「僕は君さえいればスカイツリーの先っぽだろうが断崖絶壁の先っぽだろうが構いませんけどね」
甘い甘い囁きに康太は嬉しそうに笑った
船の先っぽに覚悟を決めて立つ真矢は、後ろから夫に抱かれて幸せそうに笑っていた
だが‥‥‥出来るならレオ様に抱かれて‥‥と言う真矢の悲痛な想いは誰にも知られる事はなかった
太陽は「ばぁたん よきゃっちゃね!」と嬉しそうに謂った
真矢は女優魂を輝かせ船の先っぽに立っていた
船に乗り合わせた乗客がそれを目にして拍手が巻きおこった
歓声と拍手を受けて真矢は「ひな ありがとう」と礼を述べた
「ばぁたん きれーね!」と太陽は真矢に賛辞を述べた
騒ぎは大きくなり真矢と清四郎は船の先っぽから下りた
パシャパシャフラッシュの光が二人を捉えて離さなかった
竜宮湊は乗客を騒がない様に誘導を始めた
「皆様、榊原夫妻は今日は役者としてではなく祖父母として乗船なさっているので、ご理解ご協力下さい
お孫さんがおばあ様の為だけに、願って実現したイベントを、どうか台無しになさらない様にお願いします」
と湊が謂うと、乗客は榊原の家族に拍手を送った
そして胸暖まる談話に皆は拍手を送り終えると、船内へと還って逝った
真矢は太陽に「ありがとう」と謂った
「ばぁたん すきにゃにょ わからにゃいから‥‥くろうちた」
とリサーチをかえて調べていた事を告げた
自分達が楽しむ為に
そして家族を楽しませる為に‥‥
子供達はこのゴールデンウィークをどう使うか話し合ったのだった
翔は母がパンダを見たいと謂ったから、パンダを所望した
烈は家族の疲れは温泉で取るとハワイアンな温泉を所望した
大空は京香の為に観覧車を所望し
太陽は真矢の為に船を所望した
それぞれが思惑を抱き決めたゴールデンウィークだった
音弥は母の為に最高の子守唄を聞かせるつもりでオーケストラを所望した事は‥‥‥
戸浪にとって知らせない方が良いかも知れない‥‥
部屋に戻ると子供達は疲れたのか眠りに着いた
家族は康太の部屋で朝を待ちながら、話をしていた
真矢は「本当に優しい子達ね、でも迂闊に好きとか謂えないわね」と恥ずかしかったさっきの出来事を口にした
康太は「今回のゴールデンウィークは、子供達からの日頃の感謝の気持ちが込められてるかんな‥‥」と少しだけ手の内を明かした
京香は授かった子の存在を確かめる様にお腹をさすり
「優しい子ばかりじゃ」と呟いた
優しい時間が家族を包んでいた
家族は優しさを胸に抱き、少しだけ転た寝をする事にした
夜が明ける前に起きて朝陽を見る
その為に、少しだけ寝る事にした
夜明け前になると副船長の竜宮湊が康太の客室のドアを叩いた
慎一がドアを開けると湊が
「もう少ししたら夜明けになります
船は此より出航し、大海原で夜明けを迎える事となります
皆様、夜明けをお楽しみ下さい」と告げた
康太は「伊織、子供達を起こして夜明けを楽しむとするか!」と謂うと
榊原は子供達をお越しに向かった
大海原で見る朝陽は滅多と体験できるモノではない
子供達に見させてやりたかったからだ
甲板に出て朝を迎える
子供達は眠い目を擦りながら地平線の果てを見ていた
暗闇を引き裂いて水平線に目映い光が走る‥‥
それが夜明けの合図だった
少しづつ少しづつ太陽が昇る
生命の赤が燃えて光っていた
メラメラ燃えた光が波間に光の道を作る
榊原は「君の赤ですね」と燃え上がる赤い焔の色を目にして呟いた
康太は嬉しそうに笑って子供達に「始まりの朝だ」と口にした
流生は「はじまりのあちゃ?」と母に問いかけた
音弥は「はじまりゅの?」と首をかしげて問いかけた
「あぁ、お前達の朝が始まるんだよ」
康太は水平線に上がる太陽を指差して謂った
翔は何も謂わず朝陽を視ていた
太陽と大空は朝陽を見ながら母の顔を不安そうに見ていた
烈は母の足にしがみついた
康太は烈の頭を撫でながら、朝陽が上がるまで動かずに見ていた
朝陽がかなり高くなると康太は
「瞳に焼き付けたか?」と問い掛けた
子供達は頷いた
康太は笑っていた
榊原は妻の肩を抱いて黙って見守っていた
船は順調に東日本マリーナに停泊した
戸浪は「康太の子の為にサプライズがあります!その為にこのマリーナで停泊させました」と何故東日本マリーナに停泊させたのかを告げた
康太は「サプライズ?」と口にした
船の旅にオーケストラだけでも凄いのに‥‥
まだあると謂うのか?
戸浪は「バスを御用意致しました!」とバス移動を告げた
マリーナを出て駐車場へと向かうと戸浪の系列の観光バスが停まっていた
戸浪は飛鳥井の家族と榊原の家族と康太の仲間をバスに案内すると、皆を座らせた
戸浪は康太の横の座席に座ると
「オーケストラを聞きに逝く前に‥‥少しだけ時間を下さい」と告げた
「あぁ、連れて行ってくれ!」
「秩父の芝桜の丘(羊山公園)と謂う所に‥‥亜沙美がおります
どうか亜沙美との時間を‥‥」
「あぁ構わねぇ!
花が好きな流生の為なんだろ?
今頃は芝桜が壮観だろうしな!」
康太は笑って謂った
「船の旅に妹を誘いました
そしたら‥‥妹は辞退しました
だけど‥‥花が好きな流生の為に‥‥お花を見せてあげたいと申しまして‥‥その地で流生に逢いたいと謂ったのです」
戸浪は経緯を話した
康太ならば全部知っていると解ってて、戸浪は経緯を説明した
「若旦那、総て解ってる‥‥」
「康太‥‥」
「だからもう謂わなくても良い」
「総ては私が招いた罪です‥‥‥」
「違う」
「あの頃の私は傲慢で人の痛みすら知らない暴君でした‥‥‥」
戸浪が悔しそうに謂うと、康太は
「若旦那、解ってるからもう良い‥‥」と慰めた
流生は何も謂わず母と戸浪を見ていた
戸浪は海といる流生を見て‥‥
「流生はやはり‥‥海にも似てますね‥‥」と呟いた
「若旦那、悔いるのは止めてくれ‥‥流生を否定する事になるかんな‥‥」
戸浪はハッと息を飲んだ
「楽しい時間はまだ終わってませんね‥‥
それより正装は忘れなく持って来られましたか?」
「おー!船の旅の後はオーケストラだと謂ってあるかんな!
皆、オーケストラを聞くに相応しい服は持参して来ている!」
「ならばオーケストラの前に着替えをせねばなりませんね
戸浪の系列の会社に部屋を二つ借りてありますので、そこで着替えをしましょう!」
「おー!助かるわ!若旦那
最悪、バスの中で着替えねぇとならねぇと想っていたかんな!」
「御婦人もいらっしゃるのに‥‥そんな無体は致しませんよ!」
戸浪はそう言い笑った
玲香は「康太なれば無体は承知で無茶振りは何時もの事じゃて!」と笑いを誘った
康太はバツの悪い顔をして‥‥
「イチゴ狩りの時の事を謂ってるのかよ?」と拗ねた
真矢も「あれは凄かったですね!バスの中で着替えねばならなかったんですものね」と笑った
バスにカーテンはあったが‥‥‥汚れても良い服にバスの中で着替えねばならなかった
あれは些か困ったが今となっては楽しい想い出だった
その話に京香も加わり
「京香着替えろよ!と康太が申すから着替え始めたら、恥じらいを持てとか酷い謂われようであった!」とブツブツとボヤいた
明日菜も「姉さん着替え始めるから私も着替えなきゃ!と想ったわよ!」と京香に賛同した
康太は「オレの前でポロッと出すからだろうが!」とボヤいた
京香は「気にするでない!小さな頃はお風呂に入れてやったではないか!」と笑って謂った
「もういい、京香黙ってろ!」
京香は「拗ねるでない可愛いであろうが!」と慰めた
兵藤はずっと寝て存在感を消していたが
「お前、結構婦女子に無体働いていたんだな」と揶揄した
「その言い方止めろ!
オレが悪代官ばりに何かしてるみてぇだろうが!」
康太のボヤきに兵藤は爆笑した
戸浪は「貴史いたのですか?」と今更ながらに謂った
康太は爆笑した
榊原が「貴史は船の旅の前日までアメリカにいたのです
時差もある上に寝不足も重なって、ずっと寝てたのです
だから船の中でも寝てたので‥‥存在感がなかったのですかね?」
と説明した
「気付きませんでした‥‥」
兵藤は「時差が抜けなかったのと、アメリカでは寝ずに論文を書き上げて来たからな‥‥限界を超えて、ひたすら眠っていたわ」と悪そうに謂った
そして兵藤は胸ポケットから手紙を取り出すと戸浪に渡した
戸浪は「私にですか?」と不思議そうに問い掛けた
「開けたら解る」
兵藤はそう言った
戸浪は手紙の封を切って中のカードを取り出した
そして戸浪は動きを止めた
戸浪の手にしたカードには元気そうな陽に焼け、少しだけ大人になった悠太が笑っていた
カードの下には悠太の直筆で
「若旦那、今度は元気な姿でお逢いしましょう!待ってて下さい!」と書かれていた
戸浪はアメリカで入院している時、何度も何度も見舞っていた
兵藤は悠太の様子をアメリカに逝ったついでに見る為にアパートメントに尋ねた
その時、戸浪に逢うと謂う話になって手紙を託されたのだった
戸浪は「悠太‥‥」と呟いた
康太は静かに「悠太は今、長かった治療に一区切り着けて大学に通っている」と説明した
「そうなのですね
元気そうになって良かったです」
戸浪はそう言い手紙を飛鳥井の家族へ渡した
家族は手紙を渡してもらい元気そうな悠太の姿を目にした
この少し前に悠太は家族全員に向けて手紙を送っていたのだった
明日菜は「悠太‥‥元気そうで良かったです」と呟いた
3年の治療を要した
この先もメンテは欠かせないだろう‥‥
だが自分の足で立っていられる現状は大きかった
玲香はカードを戸浪に返した
戸浪は「良かったですね」と口にした
皆は嬉しそうに笑って頷いた
「来年には還るだろ‥‥」
まだまだ先の春に胸を焦がす
バラバラになった家族がやっと全員揃う
玲香は目頭をハンカチで拭った
清隆は優しく玲香を抱き締めた
バスは秩父の芝桜の丘の駐車場に停まり、到着を告げた
家族はバスから下りると鮮やかや一面のピンク色に目を奪われた
壮大な芝桜が咲き誇っていた
戸浪はバスから下りると康太に一礼した
康太は玲香に「母ちゃん、子供達を頼む」と言い流生の手を引いて歩き出した
流生はスキップして母に手を引かれ歩いていた
榊原は康太の横を静かに歩き、戸浪と共に亜沙美の所へ向かった
玲香は孫達に「流生は少しだけ所用があるのじゃ、お主達は我達と一緒にあるのじゃ!」と告げた
音弥は「りゅーちゃ かえってくりゅ?」と心配そうに問い掛けた
京香が「当たり前であろうて!お主達の6人兄弟の絆は絶対であろうが!」と笑って謂った
音弥は京香に抱き着いた
「まま‥‥らって‥‥」
京香は音弥の頭を撫でて
「お主達は花より団子なのかえ?
こんなに綺麗な花があるのに見ないのかえ?」
と問い掛けた
翔は「なんのはなれすか?」と問い掛けた
真矢は「芝桜よ!綺麗ね!さぁ見学に逝くわよ!」と孫達に声をかけた
兵藤も子供達に「一緒に見にいかねぇのかよ?」と問い掛けた
音弥は「いきゅ!」と兵藤の手を取った
太陽も兵藤に抱き着き「いっちょよ!」と甘えた
大空は「ひょーろーきゅんがいっちょらとたのちぃね!」と嬉しそうに笑い
翔も「ひょーろーきゅん」と甘えた
烈は芝桜目掛けて走って逝くと、兵藤は慌てて後を追った
「おい!烈!芝桜食うなよ!
俺が康太に怒られるじゃねぇかよ!」
兵藤が後を追うと、子供達も後を着いて逝った
兄弟の不在は心配だが、家族を心配させたらダメだと子供達は感じていた
烈は芝桜目掛けて歩いていた
「まきゃろん♪まきゃろん♪」と楽しそうに歌って、ふんふん!と鼻息も荒く歩くのを兵藤は止めた
「烈!それはマカロンじゃねぇ!」
兵藤が止めると音弥が「れも、にてるね!」と芝桜の色がマカロンに似ていると謂った
「あれは食えるが、これは食ったら腹を壊す!」
兵藤は烈を止めていた
家族はその光景を楽しそうに見守っていた
太陽は真矢の手をギューッと握って
「ばぁたん きれーね」と見上げて謂った
「本当に綺麗ね
写真を撮ってあげるわ」
真矢が謂うと子供達は真矢の前に整列した
こんな所が本当に現金な子達である
真矢は流生を想っていた
あの子は今頃‥‥母と逢っているのだろうか‥‥‥
一生は辛そうな顔をして立っていた
傍にいるのに逢えない愛する女性(ひと)を想っているのか?
京香は一生の背中をバシッと叩いて
「呆けるでない!」と渇を入れた
「京香‥‥」
「さぁ見張りに逝くぞよ!
何処かへ逝かれたら見付けるのは至難の技だろうが!」
一生は京香の言葉に切り替え
「だな、アイツらは気が抜けねぇからな!」と謂って歩き出した
力哉は一生を少し離れた所で見ていた
聡一郎は力哉の肩を抱いて
「芝桜をマカロンと歌う烈は本当に怖いな」と冗談目かして謂った
力哉は笑って「あの子の背負う荷物も重そうですね‥‥」と空気を変えるのが上手い烈を想った
「それが定めだからね‥‥‥」
仕方ない‥‥と聡一郎は呟いた
家族は子供達と楽しそうに過ごした
流生を連れた康太と榊原は少し離れた所へと歩いていた
戸浪は妹と待ち合わせした場所まで向かっていた
戸浪亜沙美は芝桜が綺麗に咲き誇る花畑の中央に白いワンピースを着て立っていた
流生は亜沙美の姿を見ると
「あちゃみ!」と名を呼び走り出した
亜沙美は流生に気付いて
「走っちゃダメよ流ちゃん!」と慌てて近付いた
流生は亜沙美に抱き着くと見上げて
「げんちらった?」と問い掛けた
亜沙美はしゃがんで流生の目線まで下がると
「元気だったよ
流ちゃんは?」と問い掛けた
「りゅーちゃは‥‥かぜらった」
「お熱でたの?」
流生は頷いた
亜沙美は心配した顔で「今は治ったの?」と聞いた
「しゅこし‥‥はなでりゅけど、らいじょうびよ!」
亜沙美は流生の頭を撫でて
「早く治ると良いね」と謂った
流生は頷いた
亜沙美は立ち上がると流生と手を繋いだ
芝桜の花畑を見ながら歩く
康太と榊原と戸浪はその光景を少し離れた所で見ていた
そして‥‥‥‥かなり離れた所から沙羅が一生と見ていた
沙羅は一生を呼びに逝ったのだった
沙羅が現れて一生は驚いていた
「一生、芝桜が最高に綺麗に見れる場所があるので行きませんか?」
沙羅は美しく微笑み一生にそう言ったのだ
一生は何かを予期して沙羅に着いて逝った
万里と千里と海と皇星は、康太の子達といた
和希と和真と北斗と共に康太の子の世話を焼いていた
飛鳥井の家族と榊原の家族や康太の仲間達は一生を黙って送り出した
やはり一目でも見させてやりたいと想っていたから‥‥安堵していた
亜沙美は流生と手を繋ぎ芝桜の花畑に添って歩いていた
流生は亜沙美を見上げて笑っていた
「あちゃみ、りゅーちゃね、らいねんしょとうきゃにあがりゅのね」
「もう来年‥‥初等科に入学なのね」
早い‥‥
一緒に住んでないと本当に子供の成長は早い
亜沙美はカメラを取り出すと流生に向けた
流生はニコッと笑ってレンズに笑顔を振り撒いた
パシャパシャとシャッターを切る音が聞こえる
流生はレンズを射抜き
「らいねんも‥‥しゃらいねんも‥‥おはにゃをみようね!あちゃみ!」
と約束を口にした
「ええ‥‥流ちゃん約束ね」
亜沙美が約束と謂うと流生は小指を亜沙美に向けた
小指と小指を搦めて約束をすると流生は嬉しそうに笑った
「ちれーね!あちゃみ!」
「綺麗ね流ちゃん」
「れもね、れちゅならおいちそうといってたべそうにゃにょね」
「あら、それは大変ね」
「ちょーなにょよ!」
何処かの主婦ばりの返事に亜沙美は笑った
大きくなったと実感できるのは‥‥‥
こんな風に会話が成り立ち、ちゃんと成長しているのを実感出来る時だった
「流ちゃん‥‥幸せ?」
「うん!りゅーちゃね、しゅごくしあわちぇよ!」
「良かった‥‥」
「りゅーちゃね、とぅちゃもかぁちゃもらいすきにゃにょね
そしてばぁたんもじぃたんもらいすき!
みんにゃらいすきなにゃね!」
幸せに満ち溢れた顔をしていた
滲み出る幸せと自信が今の流生を作り上げていた
流生は胸を張り笑う
そして果てを見て風に靡き大地に踏ん張り立っていた
そんな所は一生に良く似ていた
流生は黙って亜沙美を見ていた
その瞳に亜沙美はドキッとした
子供の瞳なのに‥‥
それだけじゃない瞳に‥‥‥
亜沙美は悲しげに笑った
流生は両手を亜沙美に向かって広げると
「あちゃみ、ぎゅっ‥‥して」と謂った
亜沙美は流生をギュッと抱き締めた
亜沙美の耳元に
「あちゃみ らいすきよ」と囁いた
「流生‥‥」
「らから‥‥ちあわしぇにね」
亜沙美は堪えきれなくなって流生を抱き締めたまま泣いた
我が子はお日様の匂いがした
とても暖かな匂いがした
大切に大切に育てられ守られ育まれ日々を過ごしているだろう‥‥と想える暖かさを持っていた
流生は亜沙美の涙を拭った
「にゃかにゃいにょ!」
「ごめんね流ちゃん」
「あるきょ!」
亜沙美は立ち上がると流生と手を繋ぎ歩き出した
辺りは優しいピンク色に染まっていた
その花畑の傍を白いワンピースを着た亜沙美と流生が手を繋いで歩いていた
戸浪はその光景を言葉もなく見ていた
そして田代から聞いた事を康太に問うた
「流生は知っているのですか?」
「アイツ等は知能指数が高いからな知っているだろうと想う
だからオレは年を越したらアイツ等に総てを話すつもりでいるんだ
それが‥‥この先も我が子でいてくれる子達へのケジメだと想っている」
「総てを話されるのですか?」
「おう!他人の口から聞かされるよりは、親の口から真実を伝える
オレに託してくれた母の想いを伝えねぇとなと想っている」
「それは‥‥避けては通れぬ道なのですね‥‥」
戸浪は苦し気に言葉にした
「そうだ、それが託された者の務めだと想っている‥‥」
「貴方は私の指針です‥‥なれば私も皇星が小学校に上がる年に伝えねばなりませんね‥‥」
「恨まれようともな‥‥伝えねばスタートラインには立てねぇと想っている」
「君は本当に‥‥辛い道を逝きますね」
もっと楽な道もあるだろうに‥‥‥‥
「辛いと怯んでたら道は果てへとは続かねぇかんな‥‥」
「なれば私も‥‥君と共に逝きます」
「若旦那‥‥皇星は多分知っている
そして親の愛を知っている‥‥そんなに気負わなくても大丈夫だ!」
「ならば君も‥‥君の子達は総て知っても君を愛していると謂いますよ」
「だと良いな‥‥」
「今日は妹の為に‥本当にありがとうございました」
「楽しい時間をありがとう若旦那」
後は言葉もなく‥‥‥
黙って流生と亜沙美の姿を見ていた‥‥
一時間、流生との時を過ごすと亜沙美は
「流ちゃん 待たね」と別れを告げた
「あちゃみ またあえりゅ?」
「ええ。また逢えるわ」
「にゃらよかっちゃ!」
「流ちゃんのお母さんとお父さんが待っているわ」
亜沙美はそう言い、康太と榊原の待つ方を指差した
流生は父と母を目にして嬉しそうに笑った
「まちゃね!あちゃみ!」
流生はそう言うと父と母の方へ走って逝った
迷う事なく真っ直ぐと走る
「流生、走るな!転ぶぞ!」
康太が駆け寄り流生を抱く
流生は母の腕の中で甘える様に抱き着いた
榊原は流生を抱き上げて
「バイバイなさい!」と謂った
流生は亜沙美に手を振った
そして父に甘える様に抱き着いた
「とぅちゃ きょうらいのところへいきたいにょ!」
流生は父に訴えた
「きっと皆待ってます」
榊原は流生を下ろすと手を繋ぎ、家族の元へと連れて逝った
亜沙美はずっと流生を見ていた
風が吹き亜沙美の長い髪が靡き、白いワンピースのスカートの裾がヒラヒラと揺れていた
一生は出逢った時と変わらぬ愛しい人を瞳に焼き付ける様に見ていた
亜沙美は一生の姿に気付くと、そっと手を振った
そして深々と頭を下げると‥‥
背を向けて歩き出した
康太は戸浪に「ありがとう若旦那」と礼を述べた
「私の方がありがとうと謂いたいので止めて下さい」
「オレの礼は一生の分だ」
「見させてあげたいと謂ったのは沙羅です
沙羅は一生に遠くからでも一目見させてあげたいと申したのです
最近、沙羅は聡一郎や隼人とランチやお茶を楽しんでいるみたいです
その時一生を紹介され、一生ともお茶をしたりしているです
沙羅は謂いました、貴方‥‥一生を知れば知る程に彼の人柄は良く解ります‥‥と、ね
そんな一生だからこそ逢わせてやりたいと想ったのだと想います」
「若旦那と沙羅の想いがあればこそだ‥‥
本当にありがとう」
「止めて下さい
それよりも烈が芝桜を食べていないか見に行かねばなりませんね」
「だな、烈の事だからマカロンに色が似てるから食いそうだな」
康太はそう言い笑った
榊原は流生と手を繋ぎ家族の元へと歩いて逝った
康太と戸浪もその後を着いて家族の元へと向かった
一生は沙羅に「ありがとう‥‥」と礼を謂った
「遠くからでも一目見させてあげたかったの
だなら礼なんて止してね一生」
「あの人の姿が見えた‥‥それだけで‥‥‥嬉しかった‥‥」
沙羅は一生の肩を抱いた
「逝きますよ一生」
「あぁ‥‥」
一生と沙羅は家族の元へと向かった
流生が戻ると家族は嬉しそうに流生の所へと走って逝った
音弥は「りゅーちゃ」とご機嫌で抱き着いた
太陽と大空も流生に抱き着いた
翔は「らいじょうび?」と問い掛けた
「らいじょうびよ!かけゆ」
烈は流生の手を繋ぎ「まきゃろん!」と芝桜を指差した
「れちゅ!あれはたべちゃらめらよ!」
流生は止めた
だが烈は聞いちゃいなかった
スキップして「まきゃろん!まきゃろん♪」と嬉しそうだった
榊原は烈を持ち上げて
「食べたらお昼は抜きますよ!」と怒った
すると烈は泣き出した
「おひるぅ~うわぁ~ん」
烈が泣き出すと瑛太が榊原を「めっ!」と怒って腕に抱いた
「えーちゃ おひるにゃいよぉ~」
烈は泣いていた
「大丈夫です、ないなら私のをあげますからね」
「えーちゃ」
烈は瑛太に抱き着いて泣いた
榊原は「烈、お昼はちゃんとありますから‥‥」と謂った
拗ねた烈は瑛太に抱き着いて離れなかった
榊原は困った顔をしていた
康太は榊原の手を握ると
「昼になればケロッとしてるさ」と謂った
兵藤は仕方ねぇなと呟くと
「烈、芝桜みねぇのかよ?」と声をかけた
烈は瑛太の腕から下りると
「ひょーろーきゅん みりゅ」とニコッと笑った
兵藤は烈と手を繋いだ
翔は烈の横に来ると「らいじょうび?」と声をかけた
「にーにー」
烈は嬉しそうに笑った
美智瑠と匠が傍に来ると、烈は兵藤から離れた
流生が烈の頭を撫でた
太陽が烈を抱き締めた
大空が母から借りたカメラを烈に向けた
「ちーじゅ!」
そう言いシャッターを切ると烈は笑顔になっていた
榊原は「取り敢えず何でも一度食べるの止めてくれませんかね?」とボヤいた
瑛太は「それでもお昼抜きは遣りすぎです!烈のお昼を抜けば康太の二倍は煩いと想い知りなさい!」とそんな無謀な事はするなと牽制した
瑛太は笑っていた
気負いもなく、自然体で笑っていた
「義兄さんは烈に甘くないですか?」
「そうですか?」
「そうです!」
「でもね烈の癇癪は耳が痛くなりますからね‥‥」
烈は時々、火が着いたように泣き出す
そうすると手がつけられない現状となる
だからついつい甘やかしてしまうのだ
榊原も「頑固じじぃですからね烈は‥‥」とボヤいた
康太は笑っていた
皆でレストランへと出向きお昼を食べるとバスに乗り横浜へと向かった
バスに乗ると子供達はうとうとと眠っていた
飛鳥井の家族も、戸浪達の家族もバスに揺られて眠っていた
心地よい揺れに眠りに誘われ、康太と榊原も眠っていた
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