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第5話

 火曜日の夕方にスイーツデートをするのがふたりにとって当たり前のようになっている。  男同士でスイーツ店に入ってもジロジロ見られない、いい時代になったものだと、神野は言った。  その台詞には神野にしては迂闊な部分があったのだが、当然ながら豊島くんは気がつかない。鈍感もここまで来ると犯罪かもしれない。神野はため息をそっとつく。  いまどきのスイーツ男子である彼にはまったくピンと来ないが、神野がパティシエを目指すことにすら男らしくないと両親は反対したのだそうだ。 「ま、今となっては古い話だよ」  今日は駅ビルの中のカフェでお茶をしている。壁には本棚が据え付けられ、手元に持ってきて読んでもいいことになっていた。気に入ったら買って帰っていい。  お店のつくりやシステムも多様化していると、神妙な顔で神野はあごを指で撫でた。  暑くなってきたせいか、豊島くんはジンジャーエールを、神野はアイスティーを頼んでいる。 「ジンジャーエールって美味しいですよね。これの元がしょうがだなんて信じられない。これスイーツに出来ないかな」 「しょうがをケーキにかい。面白い発想だね。くせが強いけど今度試してみよう」  眉を上げる様子からすると神野もかなり乗り気なようだった。その証拠に数日後には試作品が出来上がっていたのだ。 「ケーキの試食頼めるかい」 「はいっ」  営業が終わって、さっそくイートインコーナーを活用し、ケーキをはさんで頭を突き合わせる。  一番下はお酒を含んだスポンジ。そこに繊細でなめらかなムースが乗っている、その上にしょうがのクラッシュゼリーが乗せてあった。さらにグレープフルーツがひと房輝いている。 「クッキーに練り込むことはあるけど、ケーキ類にはめずらしいよね。しょうがも夏と冬とで味わいが違うと思うんだ。それに刺激があるから、濃度が濃いほうがいいのか薄いほうがいいのか、その見極めが難しいかな」  無心になって食べていた豊島くんはスプーンを手に振って感嘆をあらわにする。 「すごい。しょうががちゃんとスイーツになってます。これ面白いです」 「君のアイディアだよ」  神野は彼の頭に手を置いた。  優しく優しく撫でて、豊島くんの髪に指を絡めた。  その細くて柔らかい感触に神野は淡い息をついていたのだが、豊島くんはそのことには気がつかない。  本場フランスでスイーツの勉強を数年してきただけあって神野は割とスキンシップが多い人だなと、いまではのんきに受け止めていた。  それに、年の離れた神野にされるなら、子供にするみたいな扱いだが不思議と嫌ではない。  これがあの甘くて美味しいプリンを生み出す手なのだ。そう思ったら、スイーツの妖精に撫でられているのと変わらない気がする。ある意味光栄だ。 「神野さんの魔法の手の秘密が知りたいです。俺、出来ることなら将来スイーツに関わる仕事ができたらいいなって、最近では強く思ってて……」  彼の言葉に神野は少し考え込んだ。心の内の戸惑いと期待とに視線が揺らぐ。 「そう。なら厨房を見学するといい」 「いいんですか」  豊島くんの声が弾んだ。  まだまともに厨房には入ったことがなかったからだ。  ケーキを作るところを、ガラス越しではなく間近に見られるなんて。 「少し手伝ってもらいたいし、今日時間いいかな」  そして神野は何かを隠すかのように大きくひとつ咳払いをした。 「はい。なんでも手伝います」  勢いよく声をあげた彼を、なぜだか申し訳なさそうな瞳がじっと見つめている。 「神野さん?」 「いや、なんでもないよ」  ごまかして顔を背ける。その頬は少し赤みを帯びていた。  それをいぶかしみつつも豊島くんは笑顔を絶やさない。  神野とどんどん近しくなっていくことが単純にうれしかったのだ。

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