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第8話

 荒い息のむこうで神野が服を脱いでいる気配がする。  背中を向けており、しばっている綺麗な黒髪が艶やかに揺れていた。  あの髪に触れたいなと豊島くんは場違いにのんきに考える。  それから、さっきまでの混乱を思い出して、幼い子供のように身体を縮めた。  神野の手で抜かれたのだ。  どうしたらいいのだろう。どんな顔で神野を見たらいいのだろう。  彼は困惑している。 「豊島くん」  こころを決められないでいる彼の肩に、そっと神野の手が触れてきた。  限りなく優しい声で囁いて来る。 「好きだよ。もっと触れてもいいかい」  律儀に許可を求められた。  決定権を預けられて戸惑う。  だいたい『もっと』って、どんな風に触られてしまうのだろう。  豊島くんの顔は真っ赤だ。 「震えてるの? 嫌だった?」  顔を覗き込まれ心配そうに問われる。彼は視線をずらしてぷるぷると首を振った。 「違います。人の手で……なんて、はじめてだったから……、恥ずかしくて………」  それに気持ち良くてすごく感じてしまった。感じてあられもない声を出してしまった。それがまた恥ずかしい。 「恥ずかしがらないでいいよ。もっと乱れてもいいんだよ」  肩に置いた手で、意固地に背中を向けている彼の上半身を、後ろに引く。  上から伸し掛かるようにして神野はまた唇を求めて来た。  大人すぎるキス。 「だんだん慣れてきた?」  煽られて豊島くんの唇が震えている。 「もっと舌を伸ばしてみて」 「……ぁ」  舌を吸われた。  彼は反射的にぎゅっと目蓋を閉じる。  神野が言ったとおり今の自分はチョコレートみたいだ。もう、充分とろとろにとろけていると思う。  さらに、悪戯な手が過敏になった身体を這いだして芯まで溶かされていく。  神野の手も舌も熱っぽい。その熱っぽさが徐々に彼にうつってしまう。 「神野さん、俺……また」  腰がしびれて来ていた。彼のペニスはまた反応しているのだ。 「若いね。どうしょうか。繋がる前に、もう一回抜いておく?」  繋がるってなんだ。おぼろな意識のなか疑問符が躍る。  もしかして、やっぱりそういうことなのか。 「『繋がる』って……あの」  泣きそうになって声を震わす彼の目元に軽いくちづけが与えられた。 「君はほんとにかわいいね。怯えたような顔も、声も、私の気持ちを揺さぶるよ」  微笑を浮かべてはいるが眼は笑っていない。真剣な様子だった。 「これ使うから大丈夫だよ」  目の前に差し出された小さな容器にはワセリンというラベルがついていた。ワセリンの油分を挿入の助けにするつもりなのだ。 「後ろに塗って中をいじって慣らしてあげる。それから、痛くないように気をつけて私のものを入れるからね」  ワセリンのふたを開け指先にそれを取る。そのまま彼の肉のつぼみに触れて来た。  体温でとろけるそれの効果を、豊島くんは身を持って教えられる。  すぐに指がぬるりと侵入してきた。 「あ、入…って……」  神野の落ち着いた指は彼の肛門を押し広げ、中にワセリンを塗り込めて来る。腸壁を指でぐるりとなじられ、丁寧なのに酷い扱いに涙が出てしまった。 「くっ」 「泣かないで、すぐに良くなるよ」 「はい……」  豊島くんは怯えてはいるが拒絶は示さない。それを確かめてから、ほっとしたように神野は行為を続けた。 「ひゃっ……そこ、な…に……?」  悲鳴とも喘ぎとも聞き分けのつかぬ声を上げ、豊島くんはシーツを掴む。  身体の中が変だ。  触られると下腹がびくっとなってしまう箇所がある。 「…う……あっ」  神野の指は少しずつ奥にもぐりこんで肉の壁を刺激している。 「いいんだね。君の感じるところはここだな」  楽し気な声で囁いて、その感じるらしいところを重点的に責めたてはじめた。 「ああっ!……だめ、そこ、や……やだぁ………あああぁ」  言葉に反してそこを触られるのはいやではなかった。  身体がわななくほど感じてしまっていた。  これが気持ちがいいということなのだ。  それを理解した途端、彼はのけ反り、乱れ、甘い声ですすり啼いていた。 「しん…の、さ……、ああ…ん……」 「本当にかわいいね、君は。そろそろ入れてもいい?一緒にいこうか」 「あ、ああ……。神野さん」  とどめるための呼びかけだったのだが神野は誘いに受け取ったようだった。  猛ったものに素早くコンドームをつけると、下肢の深くに押し付けて来る。  ワセリンでほぐされたそこに硬くなったペニスの先端がもぐりこんで来た。 「ひっ」  確かな量感が彼を切り裂いて来る。  それでも、神野は慎重に彼の様子をうかがって、自身の欲望を優先させるのではなくゆっくりと、彼を傷つけないように埋没させていった。  繋がりたいのであって、傷つけたい訳ではない。  愛したいのだ。  その神野の気遣いと思いとを豊島くんは感じている。  怖い。やめて欲しい。でも……。 「ま、待って……」  ストップをかけられて神野の腰の動きが止まった。 「無理そう、かな?」  苦し気に息を吐く。それは、はじめて男を受け入れる彼のアナルの狭さに、戸惑っているせいもあった。  なにより、傷つけないと誓ったことを神野は反故にしたくはない。  豊島くんの信頼を裏切りたくはなかった。  けれども。  腰を引こうとした神野の手を彼がつかんだ。 「神野さんっ」 「私はやめても……」 「やだっ!」  慮る声を跳ねのけて、豊島くんは精一杯叫んでいた。 「俺、大丈夫だから、やめないでっ」  男なんだから尻を女の代用に使うのは仕方がない。  あそこの中が変な感じがするけど。  神野の指が凄くいやらしくて赤面したけど。  さっきはびっくりするほど感じてしまったけど。  いろいろぐちゃぐちゃだけど。  豊島くんなりに受け止めて、理解して、必死に神野にしがみついていた。  痛いし、傷つくかもしれない。  自分の中でなにかが変わってしまうかもしれない。  けれど、いまこの場でいやがって神野を傷つけるほうがいやだ。  神野の求めに応じたい。 「豊島くん」 「俺、平気です。我慢する…から……。続けてください」 「いいのかい」 「神野さんが好きだから、神野さんの……っ。したいように……して、……して欲しい…ん…です………」  息も絶え絶えに言い切った彼の唇に神野の感謝の唇が優しく触れる。くちづけを繰り返しながら彼が楽になるようアドバイスした。 「足をもっと左右に大きく開いて……、ゆ…っくり、息をしてごらん」 「はあっ、はっ………あ、…あ、あああ!」  言う通りにした彼のアナルに神野自身が深く深く挿入される。  押し広げられる感触に声が殺せない。 「ああっ! し、神野……さん、……あ…ん、……中に………」  信じられない。自分の中に神野のペニスがずっぽりと入っている。  それは辛くて、きつくて、不思議な感触で……。  もの凄い圧迫感に思わず『痛い』と言いそうになった。しかし、それを言ってはだめだと唇を噛み締める。  ここでそんなことを言ったら、優しい神野は今度こそ行為をやめてしまうだろう。  それはいやだった。 「全部、入ったよ」  ふーっと息を吐く神野の額にも汗が浮いている。細心の注意を払ってことを進めてくれているのだ。 「動くよ。しっかりつかまっていて」  促されるままに手を伸ばし、豊島くんは神野の背中にしがみつく。  細身だと思っていたのに意外に広い背中だ。  たくましいそれに安心する。  痛いけど、きついけど、そればかりじゃない。  いま彼は神野とひとつになっているのだ。  言いしれない感動に浸される。  じわりと、涙が目元ににじんだ。 「豊島くん、好き…っ、だっ…よ………うっ」  動きに合わせて神野の息が乱れて来ている。豊島くんの息も同じように何度も跳ねた。 「神野さん……ん、あっ………好き。ああぁ……、す…き……」  揺さぶられて、突き上げられて、訳が分からなくなっていく。  中から押し上げるような動きにしたたかに前立腺を刺激され、ペニスから先走りの白い蜜が滴った。  胸元にはいつのまにか汗がしっとりと浮いている。 「ひっ…!」  続けて、彼は勢いよく精液を放出して神野の腹を汚していた。  その様子を見てうわずった声が問いかける。 「よかったのかい」 「はあ…っ、は、」 「気持ち、良かった?」  重ねて問われ、心配されているのだと思った。  ちゃんと言わなきゃ。伝えなきゃ。  彼は健気に言葉を紡ぐ。 「は、……はい。凄い…で……す。凄い、いい……。気持ち、……いい」 「私もだよ」  上機嫌の神野にぐりっと腰を動かされたので、また少量の白濁が漏れる。 「やあっ」  甲高い声があがっていた。それに煽られて神野も欲望を吐露する。 「いくよ。私も、もう限界だ。……あぁ」  いつもは聞いたことのないあやしい声を上げて神野が達する。 「神野さん、しん…の、さ……ん」  イったはずなのに、もう勃っていないのに、豊島くんは下腹部に漂う熱に翻弄されて身もだえた。  彼の胸に倒れ込みながら神野が強く強く抱き締めて来る。  豊島くんもまたますます強く神野にしがみついて、強烈過ぎる快楽の余韻に溺れていた。

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