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第9話
気がつけば豊島くんは放心して天井を見上げていた。
裸の身体にはタオルケットがかけられている。神野がかけてくれたものだろう。
衝撃と快楽が強すぎて彼はぼんやりとしてしまった。
無意識の指が自分の唇をさまよう。神野のくちづけを反芻する。
そんな彼の元に、いったん立って行った神野が濡れタオルと水を入れたグラスとを持ってきた。
神野はもうすっかり衣服を整えている。シャワーも浴びたのだろうか。先刻のあやしくエロい雰囲気はもう見られない。
彼の汗ばんだ額や喉元、襟足、そして精液で派手に濡れた下肢を濡れタオルで軽くぬぐってくれる。
喉が渇いていた豊島くんは水をごくごくと飲み干しながら、そのそつのなさに感心していた。
いたわることに慣れているのだ。
大人なだけじゃない、情を交わした相手を大切に扱ってくれる。
神野は穏やかで誠実な人だ。
温かくて信頼できる腕だった。
凄いことをしてしまったけど、思い返せば怖くはなかった。
行為の間中彼のことを伺い、確認し、先を勧めてくれた。
無理強いをする場面は一つもなかった。
「豊島くん」
優しい手が彼のむき出しの肩を撫でてくる。
耳に口を近づけて注ぎ込むようにして神野はしゃべった。
「いろいろエッチなことして、君は私を嫌いになったかな」
「そんな、そんなことある訳ないです」
がばっと跳ね起きて彼は言う。神野は彼と向き合って薄く笑った。
豊島くんは、多少抵抗感はあるけれども、行為のつぶさを思い起こしてみる。
優しかったし、熱烈だったし、豊島くんにはよく分からないけどたぶん神野は凄い上手なんだし、思いやってくれたし、なにより気持ち良かったし……。
なんと言っていいか戸惑ってる様子を見て、ほっとした顔になった神野が爽やかに笑う。
「シャワー浴びる?一緒に入って洗ってあげようか?」
また豊島くんの頭が沸騰した。
「だめ。だめです。それはだめ」
「そんなに思いっきり拒否しなくても……。傷つくなぁ」
言葉と同様に拗ねた顔をして見せる。
「またおかしな気持ちになっちゃうからだめです」
必死に理由を述べた彼の前で、神野は相好を崩した。
「そうかい。君はまだ足らなかったのか」
「違いますー!」
大きな声を出す彼の頭をポンと一つ叩く。
「ごめん、ごめん。今日はもうおしまい。それにしても、君は本当にかわいいね」
年よりあどけない彼はかわいいと言われるのがずっといやだった。けれど、年もずっと上で尊敬できる神野に言われるなら不思議といやじゃない。
むしろうれしい。
「君にはまだいろいろと早かったよね。少しづつステップアップしていこうね」
意味深な台詞を吐きにっこりと微笑む。
豊島くんは固まった。
なんだかもっと凄いことが後に控えているのだろうか。今日味わった以上のことがいっぱいあるなんて想像もつかない。
ああ、もう。訳が分からなくなってくる。
ベッドの上で心模様どおりにじたばたしている彼を興味深そうに神野が見つめる。
「そう言えばお尻大丈夫?」
「! 大丈夫ですっ」
なんかまだそこになにか挟まっているような感じがしていて、ほんとは全然大丈夫じゃないのだけど、彼には大丈夫としか言えない。
それを察しているのか、鷹揚にうなずくと神野は言った。
「少し休んだら家まで送って行くからね」
「いや、そんな。近いですから大丈夫です」
「だめだよ。送って行く。君ね、いますごくエロい顔してるんだよね。そんな顔でひとりで夜道を歩いてたら、誰かに悪戯されちゃうかもしれないよ」
とんでもないことを言われて声が出なくなる。
「見てみる?」
神野に手渡された鏡をおそるおそる覗き込んだ。
なんだか頬が赤くてほわっとしている。眼も潤んでるし、いつもと確かに違う。
エロい顔。
それを確かめて彼はその場で小さくなった。
「ね、私が心配するような顔してたでしょ」
「………」
「おなかすいたね。なにか作ろうか。食べてから帰ればいいよ」
すっかり神野のペースだ。豊島くんは何も言えなくなって神野にむけてかすかに頷くばかりだった。
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