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第11話
衝撃のあの晩から数日経つが、神野と恋人同士になった実感はなかなか湧いてこなかった。
日中、素知らぬ顔で通す神野が別人のように思える。
やっぱり大人なのだ。公私混同はしないということだ。
ただ、バイトの帰りがけに額に軽いキスを必ずくれる。
それ以上のことはこの数日起こらなかった。
それから釘を刺されもした。
「誰にも知られないようにお互い気をつけようね」
もちろん彼だっておくびにも出さないように気をつけているし、うまく出来ていると思っていた。
けれど、やはり浮ついていたのかもしれない。
『パティスリーゴッドフィールド』で土曜日に一緒になったバイトの御影さんに「なにかいいことあったの?」と突っ込まれ、返事に窮した。
「あなたうちの子と同い年だから親近感湧くのよ。それに一人暮らしでしょ。いろいろ心配なのよね」
「ありがとうございます」
母が去年亡くなっていることは御影さんも知っている。そのせいかいろいろ優しく接してくれて、いい人だ。
なによりおしゃべりで明るいし機転が利くので、土日のシフトの時は忙しいけどとても楽しい。
自分のまわりにはいい人が多い。
恵まれていると思う。
「困ったことがあったらいつでも言ってね。おばさん、もう一人の息子のためになら頑張っちゃうからね」
おどけて笑顔を見せるのに、頭を下げて感謝を示す。
「まあ、私の出る幕でもなさそうだけど」
「え」
「神野さんよ。あなたのことホント気に入ってるのね。すごく仲良くしてて年の離れた兄弟みたいだわ」
そう言われて口の端がちょっと引きつった。
「神野さん目元がしゅっとしてて割と美形でしょ。そのせいかちょっと冷たそうに感じたりもするんだけど、実のところとても穏やかでいい人じゃない。特にあなたには最初から特別優しかったと思うわ」
「あの、それは、俺がはじめてこの店に来た時に……」
泣いてしまったからだ。
「気を遣わせちゃったんです」
恐縮する彼にまあまあと笑って先を続ける。
「でも豊島くんは頑張り屋さんでかわいいから、神野さんも猫可愛がりになるのも無理ないわよ」
そういう風に見えているのかと思うと少しひやっとした。
「たまにスイーツの偵察にふたりで行ってるって言ってたけど、お店以外でも会うなんて余程気が合うのね」
「はあ」
「あなたが女の子だったらきっと神野さんの恋人になれたのにねぇ」
「………」
恐るべし。
やはり女性の勘は鋭いのだ。
豊島くんは必死になって、内心ではハラハラしながらも、顔に笑みを張り付かせることしか出来ない。
不自然な笑顔ではないだろうかと心配していると、絶妙なタイミングで声がかかった。
「豊島くん、これ運んでもらえるかな」
厨房ではケーキの乗った皿が彼を待っている。
「はいっ」
彼は元気よく返事を返し、神野の助け舟に乗って御影さんに背中を向けたのだ。
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