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( 9) 告白

オレは、ヒナタが去っていくのを見送るとすぐに教室に乗り込んだ。 そして、蓮を怒鳴りつける。 「おい! 蓮! ヒナタをどうして泣かすんだ!」 「おお、航太か」 蓮は、一瞬驚いた顔をしたが、オレと分かるとすぐにニコッと微笑んだ。 オレは、蓮に詰め寄る。 「蓮、お前、許さないぞ。ヒナタを……」 「なんだよ。航太、落ち着けって」 蓮は、余裕の表情でオレの両肩を抑えた。 平然としている態度に余計腹立たしさが増す。 「うるさい、うるさい!」 オレは興奮して蓮に掴みかかったが、蓮はそれを軽くあしらうとオレの間近に顔を寄せた。 「なっ、何だよ……んっ!?」 重なる唇。 えっ? オレは、何が起こったか理解出来ない。 間近に見える蓮の顔。 キス? これはキスなのか? 目を閉じていた蓮は、少し薄目を開けた。 すぐに、蓮の舌がオレの口に入ってきた。 そして、オレの舌をまさぐり始める。 「んっ、んっ、ぷはっ……」 オレは、すぐに身を引いて唇を手で拭った。 「なっ……なに、キスしてんだよ……お前」 「ははは。だって、航太。キスしたそうな顔していたぞ」 「なにいってやがる……んっ!」 オレが最後まで言う前に、蓮は再びオレの口を塞いだ。 そして、激しく吸い付いてくる。 あれ? 何だかおかしい……。 キスってこんなんだったか? ヒナタとのキスとは違う……。 「んっ、んっ、ぷはっ……」 オレは、やっとの思いで唇を離した。 「はぁ、はぁ。やめろよ……」 「いや、やめない。本当は、キスしたい? だろ?」 蓮の言葉にドキッとした。 あれ? どうしてオレはドキッとしているんだ。 オレは、自然と顔を背ける。 蓮は、オレに詰め寄ると、オレの頬を両手で抑えた。 「ほら、素直になれよ航太」 「なにを……んっ」 またしてもキス。 はぁ、はぁ、はぁ……。 どうしてこんなに、こいつとのキスは、気持ちいいんだ? ヒナタとのキスより、気持ちいい。 舌をねっとりと絡ませて、そして、オレの口にねじ込んでくる……。 ああ、感じる……。 オレは、オレは、蓮のキスを望んでいるのか? 蓮の目を見る。 よく見れば、なんて綺麗な瞳。 オレの事を包むようにキツく抱きしめ、そしてひたすらオレを求める。 熱いキス……。 ああ、体が喜んでいる。 そっか。 分かった……。 オレは、気付いてしまった。 大変なことに……。 そうか、オレは蓮の事を好き……なんだ。 今思えば、ヒナタが蓮の名前を出す前から、ずっと前から、蓮の事を目で追っていた。 蓮の事が気になって仕方ない。 何を考えているのだろう? なんで笑っているのだろう? どうして、そんないい笑顔するんだ? そんな事を密かに思っていた。 そして、蓮と目が合うと、ドキっとしてすぐに目を逸らした。 無意識に、恐怖の感情とすり替えていた。 だけど、本当は恋する気持ち、そのものだったんだな……。 これが『好き』っていう事だったのか……。 「はぁ、はぁ……」 「やっと、おとなしくなったか。航太。なぁ、お前、目を潤ませて、いやらしい顔しているぞ」 「はぁ、はぁ……」 「俺とのキス。感じているんだろ? ほら!」 蓮のキスを抗えない。 蓮への気持ちに気付いてしまったからには……。 オレは、蓮のキスを完全に受け入れた。 力がスッと抜け、体がとろけていく。 さらに蓮の体に引き寄せられ、体が密着する。 ガッチリした筋肉質の固い体。 ああ、包まれる感じ。 安心する……。 オレは、いつしか自然と蓮の舌に自分の舌を絡ませるようになっていた。 ああ、なんて気持ちがいいんだ。 頭の中がぼっとしておかしくなりそうだ。 「……蓮……だめ、もうこれ以上は……やめて……」 「よし、よし。素直になったか、航太」 二人の口を唾液が糸を引きキラキラと煌めいた。 蓮は、口を拭った。 そして、不敵な笑みを漏らして言った。 「さぁ、航太。チョコ、俺に渡したいんだろ? ほら、よこせよ」 「えっ? いったい、なにを?」 「とぼけるなって。航太。お前、俺のこと、好きなんだろ?」 「何をいって……」 蓮は、口元を緩めた。 イケメン特有のドキっとするような仕草。 「ははは。俺が気付かないと思っていたのか? お前、俺のこと、熱っぽい目つきでずっと見ていたじゃないか?」 「そっ、そんな……」 「そんなもこんなもあるか? 俺もお前のことを正直有りだと思っていたぜ。お前、可愛いもんな……ははは」 「どうして、オレなんかに……ヒナタは、蓮、お前のことが好きだったんだぞ!」 「ん? お前、何か思い違いしているんじゃないか?」 「なにを?」 「水野はな、これから、お前がチョコを渡しにくるからって、俺に知らせてくれたんだぞ」 「へっ?」 どうして!? オレは頭が混乱した。 ヒナタが蓮に告白したんじゃなかったのか? だって、そう言っていたじゃないか……。 蓮の事を好きって……。 「いい友達をもったな。で、そこに落ちているのが、チョコか」 「あっ、まて。それは、ヒナタの……」 蓮は、ヒナタのチョコを拾い上げ無造作に包みを破り捨てた。 中からチョコを取り出す。 「ほら、このチョコ、お前の名前、入っているじゃないか。『アイラブユー蓮 コウタ』照れるなよ。ははは」 「えっ? どうして?」 蓮の持つハートのチョコレート。 確かにヒナタが作ったチョコだ。 それにどうして、オレの名前が……。 混乱していた頭の中で、もやもやした何かが形作られる。 まっ、まさか……。 すべて、最初からヒナタがオレのために仕組んだこと……なのか? 蓮を好きだとオレに言った事。 バレンタインデーにチョコを渡そうとした事。 一緒に作るといって、ハートのチョコをオレに意識させた事。 そして、バレンタインデーの今日。この時、この場所にオレが来るように密かに誘導した事。 すべて繋がっていた……だと!? ヒナタは、オレすら気付いていなかったオレの感情を気付いていた。 オレ自身、自分でもどう処理したらいいのか分からない持て余した感情を。 そして、それを『愛』だと察知して、オレの背中をそっと押してくれた。 そっか……。 ヒナタだったらあるかもしれないな。 ヒナタは繊細だし、人の心を察する事ができる。 オレなんかが思うよりずっとすごいんだ。 人の気持ちを汲める優しい心の持ち主。 だから、オレの事だって、オレ以上に分かっていても不思議じゃない……。 だからって、ヒナタ。 お前は、それでいいのかよ……。 涙が滲み出てきた。 蓮は、不思議そうな顔をして言った。 「お前、何泣いているんだ? 航太」 「泣いてねぇよ……」 オレは、目をこする。 蓮は、手にしたハートのチョコをパチッと割ると、ひとかけらを口に放り込んだ。 「おっ。うまいぞ。ほら、キスしてやるから、一緒にたべようぜ」 蓮に手首をグイっと引かれ、オレは再び蓮の胸の中に納まった。 そして、見上げた瞬間、口を塞がれた。 オレの口に吸い付く蓮。 そして、甘い、チョコの味が舌にのせてやってくる。 はぁ、甘い……。 ヒナタ、オレがお前の守るつもりが、お前に守られてたってことか。 ヒナタの笑顔が浮かぶ。 ありがとう、ヒナタ……。 蓮はチョコを食べ終わり、指先をペロリと舐めた。 そして、オレの事をじっと見つめる。 「で、航太。結局、俺のことはどう思っているんだ?」 ヒナタが気付かせてくれたこの感情に、もう嘘はつけない。 「正直に言うよ、蓮。オレはお前の事が好きなんだ……」 「で?」 蓮は、ニヤニヤしてオレの方を見る。 意地の悪い表情だが、悔しいがカッコいい。 ああ、どうして、オレはこんなイケメンに惚れてしまったんだ。 「……だから、付き合ってほしいんだ、俺と……だめか?」 「ははは。やっと、素直になったか。いいぜ。付き合ってやるよ!」 蓮は、オレをギュッと抱きしめた。 きっと、今この瞬間でさえ、ヒナタはそっとオレの事を見守っていてくれている。 そんな気がした……。

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