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第13話 奥州一~到着~
牛若丸と慧順が源氏の武士達に伴われて京を発ってから数ヶ月が経ち、二人は奥州平泉の藤原氏の館に居た。
当主、秀衛は満面の笑みで二人を迎えた。下にも置かぬもてなしをし、館の造営を臣下に命じて、日々は穏やかに安泰に過ぎていったように見えた。
牛若丸は道中、十六歳になったことを契機に元服し、九郎判官義経、と名乗り、源氏の嫡流に相応しい立ち居振舞いを、同行の佐藤兄弟より指南され、なんとか様になってきた。
ある日、牛若丸と慧順がまだ春浅い奥州の午後に書物を愉しんでいた折りのこと、ふいに胸騒ぎを覚え、二人は顔を見合せ、あたりを見回した。
―曲者......?―
人の気配をたぐり、身を強張らせた。が、そこに立っていたのは、当主の秀衛だった。
秀衛は、扇で口許を隠し、微笑みながら、ひそ...と囁いた。
「御曹司が、お着きのようにございますな」
ぎょっとして、顔を青ざめさせる二人に秀衛は、笑みを崩しもせず続けた。
「ご案じめされますな、人払いはしております。遮那王さまが、人外のお方であるとは、私どもは百も承知。牛若丸殿が代わって『表』を勤められるは当然の仕儀にございます。もっとも......」
一度、秀衛は言葉を切り、辺りを確かめて言った。
「この事は、私と息子の泰衛しか知りませぬが......」
ふいに一陣の風が吹き抜けた。
「それは重畳......」
三人が一斉に庭先に眼を移すと、そこには笠を目深に被った合力と如何にも強烈な気を放つ巨体の山伏が立っていた。
「遮那王さま......」
身を竦める牛若丸と慧順に反して、秀衛は、如何にも穏やかそうな所作で、ゆるりと二人の方に近づいた。
「これは御曹司さま、ご無事なお着きで何よりにございます。......中尊寺の奥の院に宿を設えてございますゆえ、今宵はまずはゆるりとお過ごしありますよう.....」
「手間を掛ける」
深く被った笠の内で金色の眼がにやりと笑った。
「済まぬが、明日には発ちたい。案内人を手配していただきたい」
「承知にございます。して何処に参られますのか?」
唖然とする牛若丸達を視野にもまったく入れず、秀衛と語らう遮那王の傍らで、無言で目をぎらつかせる山伏に、慧順は身体が総毛立つのを感じた。
―鬼......此方は鬼じゃ。.....遮那王さまは鬼までも従えられるのか...―
「早池峰じゃ。......これの故郷の地に参る。.....慧順.....」
「は、はいっ」
ふいに遮那王に声を掛けられ、慧順は心臓が飛び出さんばかりに驚き、平伏した。
「弁慶じゃ。その方には、この男に成り代わってもらう。せいぜい鍛えよ。」
「弁慶殿とは......もしや.....」
「五条の鬼よ」
ふっと紅い唇が微笑み、慧順が再び面を上げると、ふたりの姿は跡形も無く消え去っていた。
「やれ、気の早いお方よ......」
秀衛はさして驚いたふうでもなく、扇の内でクスリと笑うと、ゆったりと踵を返した。
「お二方、聞いての通りじゃ。御曹司は今しばらくお戻りにはならぬ。影武者のお役、しっかりと頼みますぞ。都ぶりのたおやかな若い御曹司と世話役......しかと演じられませよ」
「は......」
平伏する二人を置いて、秀衛は表の間へと戻っていった。
―源氏の御曹司は鬼を従えた魔物とは......―
くすくすとその唇から笑みが洩れた。
―面白ぅなってきたのう.....だが...―
秀衛の顔にふと陰りが走った。
―太郎は小心でいかん...―
鬼も魔物も御してこその奥州支配というのに、御曹司の話を聞いた泰衛の目には怯えがあった。
―困ったものよ......―
遠くで鶯が鳴き初めていた。
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