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第15話 奥州三~祀ろわぬ者二~

 弁慶と遮那王が平泉に戻ったのは、それより数ヶ月後のことだった。    早池峰の窟から、古の御霊の眠る各々の地を経巡り、無念に没した御霊を浄め慰め、土地の呪縛を外し、自由に動けるように呪を解いて歩っていた。  もっぱら呪法を行うのは遮那王であり、弁慶はその脇侍.......正しくは呪法を施し、疲労した遮那王に気を与え、食事や身の回りの世話をするのが役目となっていた。 「不思議じゃ......」  ある夜、弁慶は捕らえた山鳥の肉を炙りながら、ふと洩らした。 「何がじゃ?」 「此処におると、気が鎮まる......が、同時に限りなく満ちてくる。遮那王、お前に触れても、一向に枯れぬ。いや、却って高まる。....」  パチパチとはぜる焚き火に枝を加えながら呟くその面に、遮那王は、ふふん.....と笑って油の滴る肉を指先で千切った。 「当たり前じゃ。此処はお前の父祖の地。お前は足裏からお前の魂の根と繋がっておるのじゃ。気を費やしても地面からまた沸き上がり、またお前を満たす......だが、夢見はようは無かろう」 「うむ......」  父祖の気とともに、父祖の哀しみ、苦しみも伝わってくる。振り下ろされる太刀、焼けつくような痛み、目の前で我が子を切り裂かれる苦しみ、哀しみ、怒り、絶望......。古えの忌まわしい光景とともに様々な負の感情が立ち昇り、渦巻く。  遮那王は、その苦しさに魘される弁慶に優しく口付け、掻き抱き、自らの内にそれらの負の念を吸い取り、如何様にか消し去る。 「今しばしの辛抱じゃ。程なく乱が起きる。贄には事欠かぬようになる」  遮那王は、汚れた指を紅い舌でぺろりと舐めて、事も無げに言った。弁慶は、その指をきゅ...と掴んで引き寄せた。 「それで良いのか、お前は.....?」 「ん?」 「魔王尊の申し子とて、その身は人の世のもの。たった独りで寂しくはないのか?俺のように繋がる根があるなら......」 「それは、ない」  遮那王はにべもなく言った。 「魔王尊さまがおわすは、あそこよ。我れには手は届かぬ」  指さす先には金星が宵の空に昂然たる光を放っていた。弁慶は見上げる遮那王の横顔がひどく淋しげに見えた。そして自分でも信じられぬ言葉を口走っていた。 「ならば、俺が傍にいよう。この世もその先も永劫、お前の傍にいる。....決してお前が独りで寂しくならぬように......」 「何を言い出すのだ、此の男は......」  遮那王は、呆れたように弁慶の顔をまじまじと見つめた。弁慶はその瞳が、金色の眼が心なしか潤んでいるように見えて、きつく抱き締めていた。 「俺がそうしたいのだ、良いだろう?」 「鬼の癖に、好んで魔物の贄になるか...?」 「おうよ。我れは未来永劫、お前の贄よ。だから......」 「だから?」 「他の男など喰ろうてくれるな......」 「困った鬼じゃのぅ......」  柔らかな唇が弁慶のそれに重ねられた。その頬が僅かに赤みを差して見えたのは、決して気のせいでも見間違いでも無い......と弁慶は確信していた。小さな口中に舌を差し入れれ場、待ちかねたように自らのそれを絡めてくる。  その様がたとえようもなく可愛いい。 ―この、猫め.......―  死んでも離さぬ......と口の中で呟きながら、その身体を抱き上げた。

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