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第24話 鎌倉 三 ~ 凶兆 ~
鶴岡八幡宮から戻った遮那王は、何時になく不機嫌な様であった。いや、此れまでに見たことも無いほど苛立ちを顕にしていると言ってよかった。
「弁慶、抱け!」
遮那王は、武蔵から鎌倉に至る山合にある草庵に帰り着くや否や、かなぐり捨てるように、衣を脱ぎ捨てると、弁慶の胸に取り縋った。
「いったいどうしたというのだ.....」
性急に唇を重ね、溺れかけた猫のように、必死に弁慶の衣に爪を食い込ませて手繰り寄せようとする。
「気持ち悪うて敵わんのじゃ。早う......早う清めてくれ。お前の熱で暖めやてくれ。腹の中が凍りそうじゃ......」
昨夜、遮那王は、頼朝を誘い出し鶴岡八幡宮近くの苫屋へと引き込んだ。血の繋がった兄の形をしたその男は、遮那王の誘うままに、交合いに及んだ。が、その最中、頼朝の身体にまとわり着く龍がその姿を現した。
それは、黒く、滑りを帯びた蛇体で遮那王の細い腰に巻きついた。
―蛟か......?―
と呟くと、その紅い長い舌をチラチラと蠢かせ、ふん......と鼻で笑って、ペロリと遮那王の頬を舐めた。
―無礼であろう。我れは九頭竜。古えよりこの地を支配するもの。......魔王の小倅ごときが挑むは片腹痛いが、こやつの小心にいささか退屈していたところじゃ。見ればなかなかの美形ではないか、我れの伽をいたすがよいぞ―
真っ赤な眼に金の瞳がギラリと光った。頼朝の身体を借りたそれは、異様なまでに執拗に遮那王に絡み付き、その身を貪った。その指はヒヤリと冷たく湿り気を帯び、触れられた肌が粟立った。後孔に挿入された一物も人の雄のような熱は無く、氷の棒で腹の中を抉られ掻き回される心地がした。放たれた精すら冷えきった谷底の水を注ぎ込まれるようだった。
「あれはもういかん......」
弁慶の胸に抱かれ灼熱の雄に二度三度と追い上げられて後、遮那王はやっと人心地が着いたのか、ふぅ......と息をつき、鼻先を弁慶の懷に擦り付け、顔を埋めた。
「頼朝はもはや、龍に喰われてしもうておる......」
「喰われた?」
「そうじゃ。御魂を喰らわれてしもうておる......」
「魂が喰らわれてしもうておるなら、生きてはおれまい。だが、あやつは生きておるぞ?」
弁慶の問いに、遮那王は如何にも苦々しそうに唇を歪めた。
「九頭竜の力は強大じゃ。自分の気を少しばかり与えて、器を保たせることはできる」
「何故にそのような......」
「知らぬのか?......九頭竜とは神代の頃からこの秋津島に巣食う悪龍よ。血を好み、人々を争わせて贄と成す。......殊に権力欲や支配欲に取りつかれた者はその『宿り』にされやすい」
「つまりは傀儡というわけか......。しかし何故にそのような龍に取りつかれたのだ、頼朝殿は。」
「気が合ったのであろうよ。あれは、そもそも暗く陰湿な男よ。蛇が棲まうには頃合いの器であったのよ。平家を倒し、自分が武家の頭領として君臨したい......その欲に同調した......いや同調させたのであろうな。正妻の一族が.....」
「では、頼朝殿は......」
ためい
「天下を取るまでは、身体は無事であろうよ。
だが、用済みとなれば打ち捨てられる」ふか
「生命を失う......ということか」
「そうじゃ。まぁ、己のが野望が叶。
えば手段は選ばぬのであろう。あの奥方どのは.....」
「げに女というのは恐ろしきものじゃの.....」
深く溜め息をつく弁慶に、遮那王はくすりと笑った。
「我れよりもか?」
「お前は恐ろしゅうはない。俺には.....な」
弁慶は、波打つ黒髪を優しく撫でながら囁いた。
「お前は愛らしゅうて健気な猫じゃからな。虎になろうとて、必死になっておる」
「我れは猫ではない.......」
遮那王は、ぷっ.....とむくれ、そして真顔に戻って呟いた。
「牛若丸をどうにか逃れさせねばな....」
烏の鳴き声が一段と大きくなった。弁慶は、ひし.....と遮那王の肩を抱き締めた。不吉な予感に胸を締め付けられながら、掌の中の仇花をしっかりと握りしめ、今一度、深く決意した。
―お前は俺が守る。遮那王、俺はお前を離しはせぬ.....。―
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