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第37話 断絶~義経勘当~

「そうか.....海に沈んだか...」  梶原景時が戦の顛末について一通りの報告を終えると、頼朝はふん.....と息を吐いた。ふたりが問題にしているのは、当然、帝と三種の神器の一つ、草薙剣のことである。  平家滅亡の報は、当然、嬉しいものであった。父‐義朝の無念の死、伊豆への屈辱の配流からおおよそ二十年以上もの月日が流れた。その長い年月を思えば、実に感慨深いものがある。  だが、それを成就させたのは、頼朝自身ではなかった。頼朝子飼いの東国武士でも、従順な弟の範頼でも無かった。義経という奥州の力を後ろ楯とした、母の仇の倅だった。  しかも、東国武士や自分などが得られようも無い格段の寵愛を都のやんごと無き方々から受けている。嫉妬が無かろう筈がない。 ―なぜ、あやつなのだ......―  思春期を虐げられて過ごした自分と鞍馬の稚児として愛でられ藤原秀衛にも慈しまれた義経......その義経が天下に誉れ高き名声を讃えられるその事が、頼朝にはどうしても許せなかった。 「義経を勘当とする」  頼朝は凍てついた自らの心根そのままに梶原景時に告げた。 「勘当.....にございますか?」 「儂に断りなく官位を得、昇殿したばかりでなく、帝と神器を無事に.....と言うたに叶えられなんだ。ことごとく執政たる儂に背いた。兄弟とて赦すわけにはいかぬ」 「は......」  景時は深々と頭を下げた。あの戦況で帝を無事に奪還するなど、まずもって無理な話だ。神器にしても、玉爾と鏡を取り戻せただけでも奇跡的なことだ。 ―そこまで憎うておいでなのか...―  伊豆の洞穴で助けた昏く鋭い光を宿す眼の若君...その復讐に燃える怨念とも言うべき心の強さに賭けた。そしてその賭けは正しかった。 ―だが......―  あの鞍馬の御曹司に、義経に会ってから頼朝の眼はますます昏くなった。義経の真っ直ぐさ、潔さは、既に忍従の時の間に喪われたものであり、木瀬川で頼朝の手を握りしめた手の熱さも流した涙の透明さも、むしろ憎しみの火種を植え付けることにしかならなかった。 ―ここまで凍てつかせてしまったのは、九郎殿、あなたの罪ですぞ.....―  頼朝に従え、と景時は進言を繰り返した。だが、それが無駄なことはわかっていた。太陽に月に従えというのは無理な話だ。だが、長幼がそのように定まってしまった以上、変えようがない。  ましてや、慈しまれたことの記憶が殆ど無い頼朝に、慈しみ育むという能力も発想も無い。  彼の中にあるのは、平家に対する復讐心と自分達を翻弄し続ける朝廷への怨念と、唯一新たに築かんとする世の姿だけだ。 ―九郎殿に分かれ......というのも無理な話だが...―  景時は頭を振りながら、書院を退出していった。 ―そ、そんな......何故だ!―  一方、頼朝からの勘当の沙汰は義経=牛若丸にとってまさに衝撃であった。  平家討伐のためにひたすらに戦い、生命を削って仕えていたつもり.....の義経にとって褒められるどころか絶縁を叩きつけられるなど身に覚えの無いことだった。  が、頼朝からの使者に言わせるなら、鎌倉の許可無しに官位を得て昇殿したこと、平家討伐の際に命じた帝と神器の救出を成し得なかったことにより、頼朝の逆鱗に触れたのだという。    義経は捕虜を引き立てつつ、急ぎ京を後にした。直接に会って話をすれば、なんとかわかってもらえる、そう信じていた。信じたかった。    

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