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第38話 断絶~腰越状(一)~
蒼白になった義経は、一路、捕虜を引き立て、鎌倉を目指した。
自らの成果を間近に見せ、忠節を見せ、その真意を直に問いたかった。何より、会いたかった。会って話をしたかった。
思えば、木瀬川で手を取り合い再会を喜んだのも束の間、三年後の入京、義仲討伐からずっと会っていない。四年もの間、離れていたというのに、鎌倉殿としての宣旨はあっても、一度として兄弟らしく生息を尋ねる文など取り交わしたことが無い。
―兄上の御為と思えばこそ......兄上のお力になれればと思えばこそ、戦場で矢羽の雨を掻い潜り、刃を切り抜けて凌いできたというのに......あまりと言えばあまりな仕打ちではないか。―
義経は必死だった。必死で『兄』の慈悲を求めた。武蔵の国に入り、腰越に到着したところで、鎌倉にあてて文をしたためた。頼朝に切々と偽り無い『心情』を綴った。
だが、義経の望みは、無惨に踏みにじられた。何度乞うても返事は冷たかった。
―鎌倉へ入ルコト叶ワズ 捕虜検分ノ間、酒匂宿ニテ待ツベシ―
右筆の記し素っ気ない文面を手にした時、絶望―という言葉が義経を襲った。今までの築き上げてきた全てが.....実績も信頼も思いも......全てが音を立てて崩れていった。
日も傾き、独りになりたい...と供の者を下がらせた。疲れていた。あまりにも虚しく、嘆く気力までも絶え果てていた......。
―私は、いったい、何だったのだ...―
呻くような呟きが義経の唇から洩れた。......と、その時、ふわりと柔らかな薫りがして、肩に静かに手が触れた。
「だから、言うたであろうに.....」
振り返ると、今にも泣きそうな囁きが耳に触れた。遮那王の金色の眼が涙に潤んで、牛若丸を見つめていた。
「遮那王さま......」
義経は、泣いた。牛若丸は遮那王に取り縋り、その胸に顔を埋めて、号泣した。細い腕がしっかりと背中を抱きしめ、頭を撫でて、やはり切ない滴を止めどなく溢れさせていた。
―私のために泣いてくださるのか?―
信じられなかった。魔性の金色の瞳が慈愛に満ちて見えた。陶磁器のような白い腕が、薄い胸が暖かかった。
―兄上......―
義経は、ひそ......と心の中で呟いた。
「京へ......戻ります.......」
涙に濡れた瞳が幽かに頬笑んだ。
帰途、近江で捕虜に捕らえた平宗盛親子を斬った。頼朝の命令ではあったが、兄の意向になんの助けにもならなかった敵を生き延びさせる理由も無かった。
斬首になる前、宗盛はまじまじと義経を見て言った。
―憐れなるお人よのぅ...―
―なんじゃと!―
怒り立つ義経に宗盛は静かに言った。
―そなたは幼きを我が父、清盛の膝で育ったというに。あのような邪な男に騙されて、恩ある平家に弓引くとは....。父上もさぞ草葉の陰で嘆いておられよう......―
―黙れ!―
刀が振り下ろされ、宗盛の首が無惨に転がった。振り上げた刃は同時に義経の胸内を切り裂き、.......源平の争いは終わった。
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