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恐怖

そのまま嵐ちゃんの大きな背中におぶわれる。近くで感じる少しひんやりした体温とほんのり香る柑橘系の香り。 「嵐ちゃん、冷たくて気持ちいい、、」 「それはお前が熱で熱いからだろ」 そっかぁ、だから何時もより冷たく感じたのか。ゆっくり歩く歩幅に合わせ伝わってくる振動が、心地良く眠さを誘ってくるが、目を閉じる気にはなれない。 「ぁれ、誰だったの・・・?」 目を閉じ、再び開けた時に、また先程の状況に戻ってしまうのではと、身体に力が入る。 「わからない。でも、今騎麻と悠仁がどうにかしてくれている。 ーーもう怖い思いはさせない」 「こ、わぃ・・・」 そう、怖かった。目を開けたら知らない男がいて、手足も自由を奪われた状態。熱でぼーっとした頭では全く状況が掴めず、ただただ恐怖に頭を支配されていた。何で今俺は知らない男に襲われている?何でそんなに嬉しそうに俺の名前を呼んでいる?何もわからない。何もわからないことが更に恐怖を増長させた。 「らんちゃっ、俺、こわっ、怖かっ、た・・・」 言葉に出すと頭で渦巻いていた物が弾けたように、どんどんと湧き出てくる涙と言葉。あのまま俺はどうされていたのか、あと少しでも人が来るのが遅ければ・・・。熱で何かが壊れたかのように涙が止まらない。 「もう大丈夫だ。あいつはもうここには居ない。お前にも二度と近づけさせない」 部屋に着いてからも泣き止まない俺の背中を嵐ちゃんが優しく撫で続ける。その温かさに更に涙が出てくる。 このまま泣きすぎて干からびてしまうんじゃないかと思ったが、そんな事は無く、なんとか少しづつ落ち着きを取り戻す。泣きすぎて先程より酷くなった頭痛とひりひりする目元。 「嵐ちゃん、喉渇いた」 声を出してみると酷く掠れた声が出た。きっと涙で身体の水分が外に出すぎたんだ。嵐ちゃんがキッチンの冷蔵庫へと飲み物を取りに行く。保健室からずっと近くで感じていた体温が離れて行くのがとても不安で、戻ってきた大きな身体にしがみつくように抱き着く。 「これ飲んだら少し寝ろ。かなり熱が上がってるぞ」 「一緒に居て」 嵐ちゃんも一緒じゃなきゃ嫌だ。そう言う俺を優しく抱き上げベッドに運ぶ。そして俺を寝かせた隣に横になると、抱き寄せられ厚い胸板に押し付けられる。少し苦しいが、近くに嵐ちゃんの体温と匂いを感じ、とても安心する。 泣いて少しすっきりしたのか、先程までの目を閉じる恐怖は感じなかった。すぐに眠さはやって来て、瞼が完全に閉じられる。耳元にうっすらと聞こえる鼓動がまるで子守唄のようだった。 (嵐太郎視点) 悠仁から騎麻に連絡が来た時は嫌な予感がした。風紀委員長であり、友人でもある悠仁からの連絡は珍しいものでもないが、今は授業中。 先生に断りを入れ電話を始めた騎麻の表情がみるみる青ざめていき、予感が当たったことを感じた。 「嵐っ、お前も一緒に来てくれ」 そう言われ、俺は騎麻と共に保健室へと急いだ。騎麻に連絡がいき、俺を一緒に連れていくという時点で、"誰"に何かが起こったことはすぐにわかった。 保健室に向かう途中、真新しい制服と下着を持った保健医と遭遇し事情を聞く。 「常磐君、レイラ君が休み時間に熱で保健室に運ばれてきて、私は職員室の方へ呼ばれていたので30分程保健室を空けていたんだ。しかし戻ってみると締めたはずの無い鍵が内側から掛かっていて、中から微かに話し声が聞こえた。でもその声はレイラ君のものでは無く、可笑しいと思い近衛君を呼んだ」 そう話す保健医の顔は後悔と怒りの様なものが感じられ、いつもの穏やかな彼とは別人の様だったと、後から思い出してみて思った。 「中にはレイラ君の他に一人の生徒が居て、私達を見て窓から逃げようとしたけど風紀の子達にすぐに捕まったよ」 「先生、レイラの様子は?」 ずっと静かに聞いていた騎麻が口を開く。なかなかレイラの状況を話さない保健医に痺れを切らしたのだろう。俺も同じ気持ちだった。 「結果から行くと最後までは襲われていない。ベッドに拘束され、何か媚薬のような物を使われたみたいで、今近衛君が側についている」 最後までは、ということはその手前ではあったという事か。言い知れない怒りが体の奥底から湧き上がってくるのを感じる。 保健医は自分がレイラを残して保健室を空けなければ、せめて鍵を掛けてから出かければと、悔しそうに零す。しかし普段から保健室に保健医が不在の状態でも、怪我をした生徒や体調不良の生徒のために簡易的な救急箱を用意して保健室は開けてある。何処に行っているかを知らせるホワイトボードも入口に用意されており、無線ですぐに保健医に連絡が取れるようにもなっている。

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