47 / 311

イメージチェンジだ

「最近ジメジメ雨ばっかで嫌だー。髪も湿気でくるっくるだし」 先生の体調不良で自習になった数学の時間。出された課題のプリントも終わり窓の外を眺めながら隣の要に話しかける。 「確かに羊みたいになってるな」 そうニヤニヤ笑う要の髪は湿気など関係ないぜ!と言った感じに今日も元気に真っ直ぐ立ち上がっている。いいな〜直毛。俺の髪はかなりの猫っ毛でしかも天パなので、湿気が多いとすぐにくるくるぴょんぴょん跳ねる。仕方がないので持っていたヘアゴムで緩く後頭部で小さなお団子にして応急処置。ヘアゴムは雨の日の必需品だ。 「もう切っちゃおうかなー」 「いっそ坊主にしちまえ」 「それはやだ」 坊主なんて何の罰ゲームだよ。しかし切りたいのは本当で、今の肩に届く長さは髪を乾かすのもかなり面倒だ。 「要髪切ってよー」 「は?嫌だよお前の髪切るとか。失敗したら結城先輩にぶっ飛ばされそう」 嵐ちゃんはそんな事しないと思うけど。一度切りたいと思ってしまうと、今すぐにでも切ってしまいたい気持ちになる。が、今日はまだ水曜日。街に切りに行くには最低でも三日待たなくてはならない。 「確か二年で風紀副委員長の堂屋先輩が髪切るの上手いらしいぜ。前に身嗜み指導を受けた奴が先輩に髪切ってもらって、すっげぇお洒落になったって聞いたことある」 まず殆ど身嗜みに決まりのないこの学園で指導を受けた生徒の見た目も気になる所だけど、堂屋先輩か・・・。聞いた事の無い名前だけど、このくんに言えば紹介して貰えるかな。俺の髪はどう切っても癖でいい感じになる、湿気に対して以外は比較的にいい子だ。別に髪型にそこまでこだわりもないので、上手いなら別に誰が切っても気にしない。 「放課後お願いしてみよっかなー」 「失敗したら俺が坊主にしてやるよ」 「だから坊主はやだってば」 なんで俺を坊主にしたがるかな。 「そういうことで、髪切ってー!」 「いやいや、そういうことでじゃないよ」 このくんに連絡し放課後に風紀委員室に行くと、目的の堂屋先輩を紹介して貰い髪を切って欲しいとお願いする。 「別に初めてでもないし、良いじゃないか安吾」 ほらほらこのくんもこう言ってますよー。 「いやその辺の奴なら良いけど、この子は失敗でもしたら結城が怖いじゃん?」 またもや嵐ちゃん。そんなにみんな嵐ちゃんの反応が怖いのだろうか。別に失敗しても怒ったりしないと思うんだけどな。 「嵐ちゃんなら大丈夫だから、お願い安ちゃん」 「そんな結城とセットみたいな呼び方されてもな〜」 失敗しても知らないからね〜と念を押しながらも渋々了承してくれた。引き出しに仕舞われたクロスとシザーを取り出し、カットの準備をする。奥から持ってきた折り畳みの椅子に座るように言われ、クロスを着けると髪を霧吹きで濡らし始めた。 「で、どんくらい切りたいの?」 「とりあえず15cmくらい」 「そんなに切るの!?」 責任重大じゃん・・・と呟きと共に溜息が聞こえた。しかしすぐに覚悟を決めたのか櫛が通され、ザクッというシザーの音と共に白い髪の束が床へと落ちる。ザクッザクッと切っていく動きに迷いは無く、どんどん切り進めていき、すぐに床の上は髪の毛で一杯になった。ある程度長さを切り終わると、シザーを持ち替え髪の量を調整していく。 「量はあるけど毛が細いからあんま減らさなくても良さそうだね」 そう言うとまたシザーを戻し、色々な角度から髪を掬い長さやバランスを見ていく。その流れるような動作は本当に髪を切るのに慣れているようで、無駄がない。 「ふうっ、こんなもんかな〜」 細かくチェックをしながら30分程で切り終わった。最後に軽くクリームのスタイリング剤を付けセットしてくれる。鏡を見せてくれ、そこで初めて見た完成形はすっきりとしたベリーショートになっていた。 「うん!いい感じ!」 「それは良かった〜」 「ありがとう安ちゃん!」 肩まであった髪は耳が出る程短くなっており、程よく残された毛先が癖でランダムに跳ねている。これなら風呂上がりに絡まることもなくて楽そうだ。 「すごい上手!家が美容院とかなの?」 「いや〜?俺の家道場だし」 安ちゃんは決してゴツくなく、どちらかと言うと細く見える。姿勢は良いが、ユルい喋り方からも武道をやってるイメージがわかない。 「あんま武道って感じしないけど」 「脱いだら意外と凄いんだぞー」 そういう安ちゃんはやっぱり武道家には見えないけど、人は見かけに寄らないと言うことだろう。 その後床に落ちた髪を一緒に掃除し、今日はもう仕事もないので帰るという安ちゃんと共に寮に帰る。途中会った生徒に何度か短くなった髪を驚かれたが、みんな口々に似合っていると言ってくれたので横にいた安ちゃんもホッとした様子だった。

ともだちにシェアしよう!