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春の匂いを感じつつ

満開とまではいかなかったが綺麗にピンクの花を開いた桜の木々が風にゆらめく。寒かった気温も今日はなんだか少し暖かさを感じる。 惜しむ間もなくやってきた卒業式当日。卒業生と在校生にプラスし、今日は卒業生の保護者達も一緒になり体育館を埋めつくしている。 中等部からの寮生活で約6年間離れて暮らしていた我が子の成長した姿は、やはり感慨深いのだろう。式が始まる前からすでに涙ぐむ保護者の姿がちらほらと見える。 普段とは違った緊張感に包まれた中、進行にそって式が進む。特に偉い訳でもないのに生徒会長という立場から学園長の和臣おじさんの隣の席を用意された俺。みんなの顔がとてもよく見える。 「在校生代表挨拶、常磐レイラ君」 「はい」 名前を呼ばれ壇上に上がる。より一人一人の顔がよく見えた。二年間同じ学園にいたため、そのほとんどの顔に見覚えがある。ゆっくりと全体に視線を動かし、その顔を一人一人確かめる。 うん、みんないい顔してる。 「冬の厳しい寒さも和らぎ春の暖かさが感じられーーー・・・」 なんの問題もなく進んでいく式典。体育館に響き渡る校歌の歌声が止まれば、卒業式は終了となる。 しかしこの終了はゴールではなくスタート。悲しむことは何も無い。困難も待ち構えているかもしれない。でも、この学園で過ごしたみんなには未来を切り開く力がきっとある。今日はその大きな一歩を踏み出す日だ。 「これをもって、天羽学園の卒業式を終了致します」 丁度一年前と同じく桜の下にはたくさんの生徒達が集まっている。 「流石元生徒会長、騎麻の代表スピーチでみんな涙ぼろぼろだったね」 「俺の前に現生徒会長様が盛大に空気を盛り上げてくれてたからな」 抱えきれない程の花束を持った騎麻が普段通りの笑顔を向ける。その周りには響ちゃんのいちゃんまみちゃん生徒会メンバーと、このくん安ちゃん達風紀メンバーも集まっている。 「後輩が優秀だと俺達も心置き無く卒業出来るね」 「ほんとほんと、手がかからな過ぎて寂しいくらいだったよ」 「これからの学園を頼むぞ」 かけられた言葉はどれも温かく、それがなんだかくすぐったい。しかしいつも通りの表情に見えて、言葉の奥には明日からは “自分達はここにはいない“ という意味がしっかりと含まれている。 「風紀とも協力して上手くやってくれ」 「レイ君なら心配ないと思うけどね」 このくんと安ちゃんからの言葉にしっかりと頷く。みんなが築いてきた学園だ。俺達はそれをまた一年後に後輩達に繋げる。それがずっと続いていくんだ。 「学園で会えなくなるのは寂しいけど、みんなとはまたすぐに会える気がするな」 「休みの日とか毎回集まってたりしてな」 「有り得る」 「いいなー大学同じやつらは」 「貴一も長期休暇は帰ってくるでしょ?」 同じ大学に進むのいちゃんこのくん安ちゃんと、大学が近い響ちゃん。遠くの大学へ行くまみちゃんが拗ねたように口を尖らせ帰省した時は連絡しまくってやると息巻いている。 「騎麻も忙しくなるね」 「楽しみも多いさ」 騎麻が通う大学も響ちゃん達と近いが、大学と同時に亜津弥くんの仕事についてまわり勉強するので国内外を飛び回ることになるだろう。 暫くみんなで話したあとは、俺だけが独占するのも悪いのでみんなと別れる。人気者の騎麻達と話したい生徒は山ほどいる。それそこ今日がその最後のチャンスになってしまう者も。それがわかっているから、みんな一人一人と丁寧に言葉を交わす。 その姿を見守りながら校舎裏へと向かう。そこで待っている人がいるから。

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