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卒業おめでとう

「嵐ちゃん」 人気のない校舎裏でベンチに腰を下ろして空を見上げていた嵐ちゃん。その横には騎麻達と同じようにたくさんの花束が置かれていた。 「早かったな。まだ当分は卒業生に捕まってるかと思った」 「俺は学園に来れば会えるからね。騎麻達はまだ当分捕まってるかな」 空いたスペースへと腰を下ろす。暖かくなってきたとはいえまだまだ肌寒い。温もりを求めて隣に座る嵐ちゃんへと身を寄せればじんわりと触れた部分が温かい。 「ボタン無くなってないね」 「ん?」 「日本では卒業式で第二ボタンを貰う習慣があるんでしょ」 卒業する好きな人の第二ボタンを貰う。凌から卒業式での一大イベントだと聞いた。それなのに嵐ちゃんのボタンはどれもしっかりとついている。 「嵐ちゃん実はモテない・・・?」 「ばーか。断ったんだよ」 そりゃそうか。嵐ちゃんがモテないわけがない。俺と付き合っていることが知れ渡っているとはいえ、その事実は変わらない。 「じゃあ嵐ちゃん、俺に制服ごとちょうだい」 別に第二ボタンが〜とか言うつもりはない。でも誰にもあげなかったなら俺が貰う。嵐ちゃんの代わりに俺を温めてくれ。それとも俺にもくれないのだろうか。 そんな考えは一瞬で杞憂へと変わった。バサッと肩にかけられたまだ温かさの残るそれ。同時に大好きな優しい柑橘の香りに包まれ、俺の周りの空気が一気に変わったように感じた。 「レイラにはでかいんじゃないか?」 「残念。この二年で成長した俺にはピッタリだよ」 出会った頃にあった大きな身長差は今ではほとんどない。自分が嵐ちゃんに追いつく日が来るとは思っていなかったが、二年はそれだけ成長するには十分な時間だったんだろう。残念ながら丈はピッタリでも厚みの薄い俺にはゆとりがある。だが重ね着派としては丁度いいくらいだ。 「会わないうちにもっと大きくなってるかもよ」 「今くらいが丁度いいさ」 「わからないよ?熊みたいになってるかも」 身長はもうあまり伸びないかもしれないけど、次は横に成長する可能性だってある。中性的と言われる顔から急に野生味が出てくるかもしれない。一年あれば人は様々な方に変わるのだ。 「定期的に熊になってないか確認しないとな」 「そうだよ。あんまりほっとくと大変なことになってるかも」 俺がそんなむさ苦しいことになることはないと思うけど。でもほっとかれたらなっちゃうかもね。 二人でぼんやりと桜を眺めながらいつも通りのくだらない話をする。遠くではまだ他の生徒達が別れを惜しんで盛り上がっている声が聞こえていた。先程まで肌寒く感じていたのに嵐ちゃんの上着のおかげで今は温かい。 「そろそろ親父達も待ちくたびれてるかもしれないし、行くか」 「そうだね。今日は晴さん達にとっても特別な日だから独り占めは終わりかな」 嵐ちゃんや騎麻達は今日そのまま実家へと戻る。退寮まで3日は寮にいれるとはいえ、大体の生徒は今日そのままこの校舎を去るのだ。 それに俺達もあと一週間すれば春休みに入る。まずは一週間の別れということだ。 「・・・今日は真斗の部屋に泊まろうかな」 「初日からか」 「冗談だよ」 たまには泊まりに行くかもしれないけど、今日はまだ大丈夫。 先に立ち上がった嵐ちゃんがこちらに手を差し出す。その手を掴み俺もベンチから立ち上がる。 二人の間にあるこの一歩が今日から、一足先に前へと進む嵐ちゃんとの距離。これからの一年で何処まで先へと進んでいくか、それは嵐ちゃん次第。でも、俺もこの位置から動かないつもりはない。 「待っててね嵐ちゃん」 「あぁ」 「卒業おめでとう」

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