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第2話
「転校生の柊真冬くんだ。お前ら、仲良くしろよ」
担任から適当な紹介をされ、俺も適当な自己紹介をする。
「柊真冬です。えーっと、まあよろしく」
慎が用意した制服を着込み、慎が用意した名字を名乗る。へらりと人が良さげに見える笑みを浮かべて、ぐるっと教室を見回した。反応は三者三様だが、不思議そうな顔の奴が目立つ。
それもそのはず。三学期始めなんて、中途半端な時期に転入生なんて余程の訳ありと思われて当然だ。実際、訳ありである。
一番後ろの一番端という、いかにも後から付け足しましたといった風な席を担任に指定されたので、素直にそこに着席する。
右隣の男が、無言で目線と笑みを寄越してきた。友好的で人好きのする性格と分析する。
俺も少し笑い返してから、意識を担任の話へと移した。学校は義務教育終了ぶりだから、約二年越しの学校生活である。といっても、中学も碌に通っていなかったが。
学業の方は心配してもどうしようもないから放っておくとして、校則やら規律やらに縛られた生活を送ることができるのか、怪しいところだ。さっさと慎の命令を遂行してこの監獄を脱出したいところである。
改めて確認すると、ターゲットはアサクラトモナリ。朝倉友成。隣のクラス、二年A組に在学中。
私立男子高校であるこの学校には寮が併設されていて、三分の一程の生徒が寮生活を送っている。朝倉友成もここに含まれる。そういうわけで、俺は見事に朝倉友成のルームメイトの座をゲットした。慎とつながっている理事長の、仕事を遂行しやすくするための計らいだ。
で、とりあえずこいつが持ってる危険薬物アレグロを突き止めて、後は退学させちゃえばオールオッケー。
脳内で整理をつけたところで、担任が出ていった。朝礼が終わったらしい。
隣の男はすかさず声をかけてきた。
「鳴海悠平だ。よろしくな、柊」
清涼感のある短髪。凛々しい眉。
爽やかだ。爽やかすぎて目に痛い。百舌鳥原ブラザーズの「鬼畜・クズ・人でなし」三拍子ばかり見ていたから忘れていたが、本来の学生とは、このようであるべきなのだ。
「おう、鳴海くんな」
差し出された右手を握り返すと、柔らかに頰を綻ばせた。
「なんでまたこんな時期に転入なんだ。何か問題でも起こしたか?」
「……はっきり聞くな、お前」
遠慮ない踏み込みに少々面食らった。普通そういうの、初対面で聞くか?
「はっきりさせるのが好きなタチなんだよ」
悪びれることなく笑う鳴海。屈託無い笑顔を見ると、なんだか毒気が抜かれてしまう。
周囲で興味津々だったクラスメイトたちも、鳴海の切り込みにはらはらしつつ、更に耳をそばだてているようだった。仕方がないので適当にあしらうことにする。
「まあ別に、普通だって。カテーのジジョーってやつ?」
「なんだ、退学になったんじゃないのか」
「どんな話期待してんだよ。孕ませたりしてないから安心しろよ」
俺の軽口に周囲の数人は笑って、数人は頰を引きつらせた。
鳴海はというと、「その冗談はキツイからやめた方がいいな」と極めて普通な感想を挟みつつ、さらりと受け流して、
「まだ転校してきたばっかりだろ? 放課後案内するから、その後に夕飯でも食おうか」
と、特に動じた様子はなかった。なかなかに肝が据わっている。そして意外に押しが強い。俺が口を挟むまでもなく、気付けば夕食を共にして学校を案内してもらい、更に寮へ荷物の運び込みまで手伝ってもらうことになっていた。
「お前、面倒見良すぎじゃね」
あのやる気がない教師の「仲良くしろよ」という言葉を真に受けているのではというくらい、あれこれ世話を焼きたがろうとするのは何故なのか。
「そうか? 普通だろ」
「鳴海くんって学級委員? 先生になんか頼まれたんじゃねえの?」
だとしたらそこまでしてもらう必要はないのだと伝えよう。どうせ俺の計画では、一ヶ月も経たないうちに朝倉友成を処理してこの学校を去るのだから。
だが鳴海は、それを笑い飛ばして否定した。
「学級委員ではないけど、まあそんな感じだ。でも気にするな、俺が勝手にやってるだけだから」
「いや、でも」
「俺、誰かに何かしてもらうよりも、何かをしてあげる方が好きなんだよ。だから付き合ってくれ」
「……あ、そう? じゃあよろしくな」
善人だ。この滲み出る善人オーラ、凄まじいぞ。眩しすぎて失明しそうだ。
こんな善人もいれば、アレグロなんていうドラッグに手を伸ばす人間もいる。つくづくガッコーという場所は混沌としていて、わからないものだ。
まあ、善人悪人なんて、見た目じゃ判断できないものだけれど。
「あっちが物理室、理科準備室。その隣か生物室で、人体模型がグロテスクって評判だ」
鳴海はテキパキと慣れた風に校内を案内していく。そして俺はそれに気のない相槌を打って辺りを見回していた。
「俺らの教室は三階にある。で、四階は主に各委員会や生徒会が使ってるな。とりあえず、先に一階に降りるか」
それにしてもこいつ、お人好しだな。学校案内なんて楽しくもないだろうに。さらに言えば、俺みたいなのは近寄りがたいと思われるタイプなのに、鳴海は物怖じ一つしない。
世話焼きで度胸が据わってて朗らか。いかにも女子にモテそうなタイプである。男子校では無意味だが。
「ん、どうした?」
真っ直ぐ伸びた鳴海の背中を眺めていたら、不意に振り返った。視線が交わる。性格とは対照的に、少しきつめな目元。
俺はすぐに笑みを浮かべて返事をした。
「別に? 鳴海くんって人に好かれるタイプだろうなって」
「俺が?」
鳴海は意外にも面食らった様子だった。こういう褒め言葉は言われ慣れていると思っていたから、俺の方も少し驚く。
鳴海は一階へ続く階段を下りながら、苦笑まじりに否定した。
「……そんなことない。俺のことを嫌う奴は何かと多いしな」
「へえ、そうかね」
「そうだ。俺を見るなり唾を吐くぐらい奴らだっている」
……荒れすぎだろこの学校。
「つうかそもそも、そこまで恨まれるほどの何を鳴海くんはやっちゃったんだよ」
茶化しながら踏み込むが、鳴海は俺の方を見なかった。一瞬見えた横顔はひどく難しそうな表情だった。鳴海は何か口を開きかけたが、それは音となる前に遮られた。
「あんっ、ふ、ああんっ……!」
喘ぎ声で。
思わず歩みが止まった。目の前にあるのは保健室だ。間違いない、ここが発信源だろう。さすが男子校と言うべきか、不純同性行為が盛んなようだ。
つうか、なんなんだこの学校は。進学校だの名門校だの偏差値いくつだのと偉そうに言っておきながら、ドラッグ蔓延の次は保健室がヤリ場だと?
ついこの間までヒモ生活していた俺の目から見てさえも、ここの腐敗っぷりは目に余る。こんな学校に慎を置いておくなんて……と憤ったが、すぐに問題ないと思い改めた。あいつも元から性根が腐っている。
鳴海も、さすがにこれは受け流せなかったらしい。油をさし忘れた人形のように、ぎぎぎ、とぎこちなく振り返った。
「…………何も、聞こえなかったよな」
焦っているのはこういった類に慣れていないからではなく、体裁が悪すぎるせいだろう。そりゃあそうだ、転入初日の編入生に、いきなり自校の恥部を晒してしまったわけである。
とりあえずここは同意してやるのが優しさだろう。
「あ? 別に何もねえよな? そんなことより早く次の場所を案な」
「あん! んうぅ! ああッ!」
もう俺たちはそれ以上言葉を続けられなかった。悪い。タイミングが悪すぎるぞそこの男子!
鳴海は諦めきった顔でごめんな、と小さく囁いた。俺がそれに適当なフォローを入れようとしたとき、鳴海は目の前を過ぎ去っていった。手を掛けたのは、保健室の扉。
え、開けんの。鳴海お前、勇者すぎね?
口を挟む間もなく、勢いよく扉は開いた。
「そこまでだ。それが校内での振る舞いとは聞いて呆れるな」
先程までとは打って変わって鳴海の厳しい声音に、ベッドの方からガタガタと慌ただしい音が鳴る。そして急いで服を着たらしい、乱れた身嗜みの男子生徒は、赤い顔を俯かせながら出て行った。
鳴海はその男には見向きもせず、じっとカーテンの向こうを睨んでいる。
「あーあ、逃げちゃったじゃん」
奥から伸びてきた手が、カーテンを無造作に引っ張った。現れたのは、はだけた制服を顧みすらせず、ベッドの上に寝転がる男。染めすぎて傷んだ長めの金髪の隙間から、銀のピアスが覗いている。開けすぎてもはや耳がグロい。
「お陰で不完全燃焼なんだけど。あーあ、カワイソーな俺のシャセーカン。悠平、代わりに相手しろよ」
「断る。仕事をしないならさっさと出て行け」
「出て行けって、ここは俺のテリトリーなんだけどなァ」
「だったら俺が今すぐ出て行こう。今のお前とは、一秒たりとも同じ空気を吸いたくないからな」
ベッドの男が鳴海に手を伸ばすが、鳴海は眉を顰めて容赦なくそれを叩き落とした。公共の場で性行為に及んだとはいえ、その怒りはなかなかのものだ。もしかしたら鳴海は、こういった行為に人並み以上の嫌悪を抱くたちなのかもしれない。だとしたらヤリチン(自覚あり)の俺としては、やや複雑な心境である。
そしてさらに気になるのが、先程からの二人の応酬だ。誘いかける度に、軽くあしらわれる。つれない態度。冷たい視線。……これってまさに俺と慎の関係図と同じじゃね?
俺って、はたから見るとこんな感じなのか。なんて考えていると、ベッドの男と目が合った。垂れ目が楽しそうに爛々と輝く。
「おお? 初めて見る顔じゃん。転校生? 君なんて名前?」
「言ったそばからナンパするな。おい、もう行くぞ」
鳴海は一刻も早く俺と男を引き離したいらしい。早々に引き上げようとするが、この男は許さなかった。身を乗り出して、俺のワイシャツをすかさず掴む。
「……あのさ、伸びるから離してくんない」
「やーだね。名前教えてハグして俺の欲求不満を解消してくれるまで離さなーい」
要求多いわ。
いや、別に名前やハグに抵抗はないし、貞操観念の低い奴も苦手ではない。だが、視界の端に目を釣り上げる鳴海が見えたので、適当にあしらう方が吉だろう。
「……柊真冬」
「へえ、真冬ちゃん。オンナノコみたいな名前」
しかし、この一言は俺の神経をだいぶ逆撫でした。
「あ? 名乗らせておきながら随分な言い方だな」
慎にもらった名前を侮辱されるのは、ひどく気分が悪い。
未だベッドの上で胡座をかいている男を、真上から見下ろす。男は本心なのかフリなのか、慌てて機嫌を取り始めた。
「ごめんって、そう怒んないで。俺の名前も“茜”っていうから、女みてーってよく言われんの。お前もアカネって呼んでいいんだぜ?」
「……ふうん、アカネか」
確かに男には珍しい、と頷いていると、鳴海がまた引き離しにかかってきた。
「おい柊、そいつには近づかない方がいいぞ。保健委員長の特権を使って保健室を私物化するヤリチン野郎だからな」
「うわ、ひっでー言い方」
「事実だろうが。全く、お前みたいな奴と幼馴染だなんて嫌気がさしてくる」
「別にいーじゃんね? 俺、真冬みたいな顔を好きなんだよ、仲良くなりたいの」
ちらりと視線を送られた。ちなみに俺が好きなのは、男女問わずアホそうで股がユルユルな子。アホとユルユルの条件は満たしているが、残念ながら顔が好みではない。
アカネのアイコンタクトに気付いた鳴海は一層、眉間の皺を深くする。俺もこの遣り取りに面倒くさくなってきて、適当な愛想笑いで流そうとした時――アカネは急に俺の身体を引き寄せて、耳元で囁いた。
「抱いてやるから、今度は一人で来いよ」
鳴海には聞こえないほどの微かな声。にやりと歪む口元。そして鳴海の機嫌は最底辺にまで達した。
「柊に妙なことを吹き込むな」
「妙なことってナンデスカー?」
「ふざけるのも大概にしろよ……」
「おい鳴海、あんま怒んなよ。俺別に気にしてねえし。もう行こうぜ」
間に入って鳴海を窘める。鳴海は俺に心底申し訳なさそうな顔で謝った。
「不快な気分にさせただろ、ごめんな」
幼馴染だと言っていたからだろうか。もしかしたら鳴海は、アカネの言動の責任は自分も担っている、くらい思っているのかもしれない。自分のことではないのに酷く気にする鳴海は、俺の目には少し異様に映る。
「これくらいで謝んなよ、ほら、続き案内してくれって、な?」
笑顔で半ば強引に、鳴海を保健室から押し出す。そして去り際に、俺の方からもアカネに密やかに耳打ちをした。ただし、胸ぐらを掴み引き寄せて、少々乱暴に。
「ヤってもいいけど、ネコはお前だから」
低い声で唸るように威嚇。カラコンの赤い目が一気に見開かれる。何かを言おうと口を開きかけたところで、掴んでいたその身体をベッドに放り捨てた。
「ちょ、待っ」
「じゃあなアカネちゃん」
ひらひらと手を振って、速やかに保健室を出た。
向こうは俺が好みかもしれないが、俺は好みじゃない。ヤリ相手はいるに越したことはないが、あいつはいかにも自分がタチだと思っていそうなので面倒くさい。あんな奴の下で鳴いてやる道理はない。
保健室を出たところで、鳴海が待っていたので、にやりと笑って鼻を鳴らして見せる。
「舐めた口利きやがったから、ちょっとだけやり返してきてやったよ。お前の幼馴染いい性格してんな」
冗談交じりにそう言ってやれば、鳴海は緊張を解いて頰を緩ませた。
「……本当にそうだよ。あいつと家が隣同士のお陰で、いっつも問題を持ち込まれたもんだ」
「へえ?」
「デートの約束がブッキングして家に押しかけられたからって、窓から俺の部屋に逃げ込んできたりな」
「うわ、余裕で想像できるわ」
軽口を叩いているうちに段々と調子が戻ってくる。そのまま一通り校舎を案内してもらうと、食堂が開く時間になった。夕食にはまだ早い時間だが、俺はこの後荷物整理(といっても仮の学校生活に大した荷物もないが)をするため、さっさと食べてしまうことにした。
鳴海について食堂に入る。長テーブルがずらりと並んだフロアは広々としていて、混雑する時間帯でもそれほど困らなそうだ。まだ夕食時ではないが、あちらこちらに生徒の姿がある。広すぎるために、これだけ閑散としていると寂しく感じるくらいだ。
「俺のオススメは、二階テラス席の柱の影だな。空いてたらいつもそこに座る」
「なんで?」
「こっちからは全体を見渡せるけど、結構死角なんだよ」
お前は忍者か。
少しズレた感覚だとは思うが、鳴海は嬉々としてその席を目指して歩き出したので、何も言わないことにする。バレないけど周りが見えるところがいいって、完全に疾しいことがある時の思考ではなかろうか。――万引き経験も置き引き経験もある俺は勘繰ってしまう。邪推だろうけれど。
席に身を落ち着けてメニューを開く。さすが寮まで構えている私立高校、レパートリーは豊富だ。
備えつけのタブレットでそれぞれ注文を終え、ふと疑問が浮かんだ。
「鳴海って寮生なのか?」
すっかり夕食まで付き合わせてしまってから気づいたが、慎のような自宅通いの生徒も多いのだ。だがそれは杞憂だったようで、鳴海の自宅は県外で、長期休みしか帰らないのだといった。
「でも、通い組の奴らも結構ここで食ってるぞ。美味いし安いからな」
「あー、確かに。やたら揃っててびっくりしたわ」
「やっぱりうちの学校って他校とは違うのか? 柊の前の学校って、学食あった?」
学食どころか学校もないけどな。
最後に校外で食べたのは、マリナが作った焼きそばだった。麺がボソボソしていた。
「まあ、そうだな。ちょっと違うな――」
話しながらも俺の視線は、たった今食堂に現れた人影に奪われていた。
クラスメイトであろう男子生徒と連れ立って、一階窓際の席に座った彼、百舌鳥原慎。他生徒の中に制服姿で紛れていても、慎はやはり周囲とは一線を画していた。ただそこにいるだけなのに、人の目を惹く。
「ああ、あいつか」
俺につられて一階を見下ろした鳴海が、納得だとばかりに頷いた。
「一年の百舌鳥原慎、うちじゃ有名人だな。綺麗な顔してるから目立つだろ」
学校でも目立っているのか。街中ですら歩けば人々が振り返るのだから、当然といえば当然か。
そういえば、遠目に慎を見るという機会は久しぶりな気がする。一緒のときはいつも、あいつの隣か後ろにいたからだろうか。
髪きれー、肌しろー、とぼんやり考えていると、急に慎がこちらを向いた。
「え」
視線に気づいた? この距離で? と思ったが、慎は辺りをぐるりと見渡して、再びメニューに目を落とした。
「な、気づかれないだろ」
鳴海が得意げに笑う。なるほど、確かに死角らしい。
その後も俺がちらちらと慎を見ていたからか、鳴海は深刻そうな顔で、
「百舌鳥原はやめておいた方がいい」
と忠告した。俺が慎に見惚れていると思ったらしい。
「あー、一応聞いとくけど、なんで?」
「百舌鳥原はあの顔だし、うちは男子校だからな。入学当初から王子なんて呼ばれてて、馬鹿を仕出かす奴らがいたわけだ」
「へえ。で?」
「全員返り討ちだ。それ以来何故か、そいつらは百舌鳥原を見る度に青ざめて震え出す始末だよ。そういうわけだから、あいつだけはやめておけ」
「…………へえ」
俺もあるな。慎に返り討ちにされた遠い日の思い出が。
なよっとしてて線細いから、みんな油断するんだよな。でも慎、ああ見えて合気道やってるから。――と、経験者は語る。
「ダイジョーブだって、そこまで男子校に毒されてねえよ。お前の幼馴染と違ってな」
「……そういえばあいつも馬鹿をしたうちの一人だな」
アカネも犠牲者か。まあ、いかにも引っかかりそうだな。
そんな話をしているうちに、タブレットからアラーム音が鳴った。それが出来上がった合図で、カウンターまで取りに行けばいいようだ。
席を立とうとする前に、鳴海はさらりと「待ってろ」と告げて俺の分まで取りに行ってくれた。さすが俺的モテ男・鳴海クンだ。
やることがなくなったので、再び慎を盗み見る。向こうも注文が出来上がったらしい。カウンターに食事にを取りに行っていた。
うわ、あいつ全然食ってねえ。なんだ夕飯にパンケーキって、それで足りんの? 追加注文しろや、だから身長伸びないんだよ。……あ、頼んでる。けど草? あいつ草食うのかよ。ヒツジか? レタスだか水菜だか知らねえけど、そんなことより肉食えよな。
――その時、すれ違った鳴海に、慎が僅かに会釈した。
鳴海も軽く頷いて返事をした。知り合いだったのかとも思ったが、すぐに別れたのを見るに、ただの顔見知りなんだろう。
いいな、鳴海。俺も慎に校内で堂々と絡みたいのに。
あらかじめ慎には、「怪しまれるから知り合い面で話しかけてくるな」と釘を刺されている。俺みたいなチャラチャラした見た目の奴が優等生と仲が良かったら怪しいというのは納得できるが、かなり不満である。早く慎に堂々と絡める大義名分を作りたいところだ。
戻ってきた鳴海はウェイターばりに両手にプレートを持っていた。右には俺のハンバーグ定食、左には鳴海のオムライス。
「オムライス好きなのか?」
「オムライスというか、ケチャップライスが好きだな」
意外と子ども舌らしい。鳴海からすれば慣れた学食の味であるにも関わらず、満足そうにスプーンを持って舌鼓を打っていた。俺もそれを眺めながら食事を進める。
他愛もない雑談をしてゆっくりしているうちに、いつの間にか慎の姿は消えていた。
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