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第26話 Side.Iori 従姉妹の告白
俺と大和は朝は一緒に通学するけれど、学校に着くとつるむ相手がそれぞれ違うので、帰りは別々だ。
思いが通じ合うという奇跡が起こるまでは、食事の支度は当番制だったが、今は二人で一緒に作ることが習慣となっている。
今日は大和が彼の親友の武義(たけよし)と約束があるというので、俺が夕食の買い物のため、学校帰りにスーパーに寄っている。
今夜のメニューは大和の大好物のクリームシチューと卵サラダ。
必要な食材を買い、スーパーを出たところで、よく知った声に呼び止められた。
「伊央利」
従姉妹のさやかだった。
「偶然ね。伊央利も夕食の買い物? 私もよ。ここのスーパーうちからだと少し遠いけど、色んなものが揃うから」
「そう……」
俺は少し素っ気なく答えた。
大和は、さやかが俺のことを好きだと言ったけど、こうして話している限りでは彼女からそう言った雰囲気は感じられない。
別にさやかが俺のことを好きであろうが嫌いであろうがどうでもいいけど、大和に余計なことは吹き込まないで欲しかった。
「あ、ねえ、伊央利。明日また家へ差し入れ持っていくね。今度はぶり大根、たまにはそういうのもいいでしょ」
「あー、さやか。もう差し入れはいいわ」
「え?」
「さやかもいちいち作って持って来るのいい加減しんどいだろうし、それに俺と大和も受験勉強、最後の追い込みの時期だし」
「……迷惑ってこと?」
「…………」
俺はあえて否定はしなかった。
聡いさやかのことだ、受験勉強を口実にした俺の本音に気づいただろう。
俺にとってさやかは従姉妹というだけで、冷たい言い方をしてしまえばどうでもいい存在だ。
けれど大和ははっきりさやかを嫌っている。
さやかの気持ちの本当のところは分からないが、大和は不安に感じている。
俺は大和の不安は少しでも取り除いてあげたい。
さやかは冷ややかな目で俺を見て言う。
「大和くんから何か聞いた?」
「別に」
俺がとぼけると、さやかは肩をすくめ、いかにも呆れたというように言葉を続けた。
「本当にあなたたちって、二人とも重度のブラコンね。救いようがないわ」
「…………」
俺と大和の関係を『ブラコン』などという言葉で片付けて欲しくはなかったが、世間一般から見れば、そう映るのも確かなんだろう。
「あたし、伊央利が好きよ」
さやかが唐突に告白をして来た。
挑むように俺を睨みつけ、
「絶対、あきらめないから」
最後にそう言葉を放つと、身を翻して去って行く。
そんなさやかの背中を、俺は冷めた思いで見つめていた。
家に帰ると、既に大和は帰宅していた。
「おかえり。伊央利、今日はスーパー長いことかかったんだねー」
「ただいま。うん、レジが混んでてさ」
俺は迷ったが、さやかに告白されたことは黙っていることにした。
大和はそれでなくても心配症でやきもち焼きだし。
だいいち、さやかの気持ちに俺が応えることは永遠にないのだから、何の問題もない。
「今夜はクリームシチューなんだよね?」
大和がレジ袋をのぞき込んで無邪気にはしゃぐ。
この愛らしい笑みを守りたい。一点の曇りさえ許せない。
「ああ。作るの手伝ってくれるだろ?」
「勿論」
大和はお揃いで買ったばかりの青いエプロンを持って来て身に着け、レジ袋から食材を取り出していく。
「着替えたらすぐに来るから」
制服から私服へ着替えるために大和に声をかける。
「うんっ」
楽し気に弾む声に俺の頬がだらしなく緩む。
どこまでも可愛らしい弟の存在に、俺はさやかとのやり取りを完全に心の外へと排除した。
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