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第2話
ハルには、小学校低学年のころから付かず離れずの友人・夏生がいた。親友というほどの絆はなかった。
エレクトーン教室と、中学受験の予備校。そのどちらもが同じだった夏生。学校ではなんの因果か、同じクラスになったことがない。
それでも、エレクトーンを弾きに行けば彼がいて、登塾すれば彼がいた。
「ハル、この間のテストどうだった?」
楽譜をめくりながら勉強の話をして、
「ねえ、あの曲の最後ってこんな感じだっけ」
テキストの陰で、存在しない鍵盤を叩いた。
さすがに教室も塾も同じともなれば、母同士も仲良くなり、学校見学へ四人で行ったこともある。
しかし中学校進学とともに、ハルの両親が離婚した。そのことによる多忙で、母たちの縁もいつしか途切れてしまったのだ。
そして夏生は、中学一年の夏休みを前にエレクトーンを辞めてしまった。
本人から打ち明けられることなく。先生から「辞めたわよ」なんて当然のように告げられて、ハルは右腕を落としてしまったような気持ちになった。
ハルがエレクトーンを辞めるに至れないのは、そのせいだった。
雨が降り始めた。二週間遅れの梅雨入りは、ハルの柔らかな前髪に癖をもたらす。
学習塾の入った複合ビルの自動ドアを抜け、傘を開いた。雨粒が傘にぶつかる。この雨の中、電車を乗り継いで帰宅することの煩わしさというと、この上ない。
歩き出そうとしたその時。ハルの視線の前を、思いがけない姿が過ぎった。
(え……?)
夏生だった。しかし彼は一人ではなかった。
大きな紳士用の傘のなか、見知らぬオジサンと腕を組んでいる。ハルの学校とは異なる学ランの制服をスマートに着こなして、ずいぶんと大人びて見えた。
「なつ……っ!」
呼びかけようとした。けれど、それは雨音にかき消される。彼らの足は、ハルの通う塾と目の鼻の先に建つシティホテルへと向かっていた。
それの意味することが(いや、予感と予想でしかないけれど)、なんなのか分からないほどもう子供ではない。
結局、ハルは自習室で勉強をすると母に連絡を入れ、シティホテルのエントランスで夏生を張った。
通り掛かる客や、ホテルマンたちは怪訝そうにハルを見たが、そんなことは気にならなかった。
時刻はもう21時近い。幾度聞いたか分からない、エレベーターの到着ベルが響く。
「それじゃ、また遊んでよ」
夏生の声だ。ハルはぱっとそちらへ顔を向けた。
待ち人の方も彼の存在に気付いたらしく、さりげなくエントランスに残り、オジサンに向かって手のひらを蝶のように振る。
「…………夏生」
「ハル。なんでここに?」
さすがにまだ、制服の袖の長さもしっくりこない学生が二人。ホテルのエントランスで対峙するのはまずい。
併設されたコンビニエンスストアまで、肩を濡らしながら移動する。
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