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僕は人並みじゃない。
これまで浅く付き合ってきた友人等は、僕の上辺しか見えていないと思う。
そうやって距離を置いていても、僕の内面的な部分は間違いなく周囲からは浮いていた。
実家がお金持ちだから、背が高いから、勉強が出来るから、運動神経がいいから、……「優しそう」な整った容姿をしているから。
周囲は、その目に見えるものだけで僕を判断し、嘘を交えて僕を祭り上げていく。
そんなに過剰に媚びへつらわなくても、僕は人を選んだりしないのに。
近付いてくる人達は僕をおだてる事しか言わない。
僕の発言や行いがたとえ間違っていても、「YES」しか言わない。
唯一叱ってくれるのは、小さい頃から面倒を見てくれている後藤さんだけ。
周囲との考え方の相違、現実と僕の内面の相反、これは一つずつ繋ぎ合わせていかなきゃいけないと分かっているのに、それももう、もはや面倒だった。
僕は、会社のために生きられればそれでいいかな、と思う。
社会に出たら人間関係なんて上っ面だ。
ここ何日かは七海さんがお家に居たからお休みしているけど、平日は授業のあと会社に行って仕事をする。
名前を偽って、派遣社員ですと名乗り、本社内部の現状と仕事をくまなく知れという、社長である父親からの命令だ。
大学入学と同時に、まずは経理課に配属された。
そこで改めて知ったのは、人間は汚い部分が多いという事。
僕の考えは間違っていなかったと、三ヶ月ほど働いてみただけで思い知った。
嘘を吐く、誤魔化す、ごまをする、愛想笑いをする、強者と弱者が間違いなく混在した社内。
それでも、大人達、そして世の中はそうでないと成り立たないんだと悟った。
そう、僕は人並みじゃない。
たぶん身分を証して管理職に就いたら、社内の悪を一掃してしまうと思う。
これまでの僕へとは真逆の対応をされるであろう事が、我慢ならないからかもしれない。
良いものは良い、悪いものは悪い、……僕のものさしは極端で曲がっている事が多いのかもしれないけれど、……自分を偽るなんて出来ない。
祭り上げられるのが嫌で、他人と分かり合う事なんか面倒だと思っていた僕は、七海さんが言っていたように究極に「変な人」だ。
間違っていないと信じ込む事だけは上手な僕は、七海さんを抱く時に初めて葛藤というものを経験した。
人づてに聞いた噂なんて信じられない、けれど、火のないところには……ということわざもチラついて、僕は真相を確かめたかっただけだ。
いざそういう事になっても、後悔も、嫉妬も、男である七海さんに対して抱くわけがない。
愛想笑いをする七海さんを目で追い続けていたとしても、単に僕のターゲットであるから。
それは──間違っていたけれど。
七海さんの姿、声、話し方、ちょこちょこ動き回っての周りへの気配り、それらをほんの少し見ていただけで僕は、噂の事も占部さんから託された事も頭の中からすっぽり抜け落ちた。
決め手だったのは、あの愛想笑い。
社内でいくつも見てきた、あまり良い気のしない愛想笑いというものを、七海さんはあの場に居る間中ずっとしていた。
気にならないはずがない。
男を引っ掛けて遊ぼうという人間が、何故あんなに取り繕う必要があるのか。
無理して参加しなくても、七海さんなら街を歩けばすぐに夜の相手は見付かるだろうに、何故わざわざ男女の出会いの場に足を運ぶのか。
……全部、分かった。 理解した。
七海さんは自身の性的嗜好に悩んでいた。
それでも尚、恋する事を夢見た。
純情な思いを聞いた今、僕の心に七海さんへの愛しさが湧き上がってきて止まらなかった。
と同時に、とてつもない罪悪感と、悔恨の念、……届きようのない愛情、すべてが僕を支配した。
───僕は七海さんの事を、好きになっていたんだ。
いつからなんて分かりきっている。
僕以外の誰とも寝てほしくない、放っておけない、離したくない、……そんな独占欲の根は、七海さんへの恋心だったんだ……。
「七海、行こ」
「え、……でも……」
「さっきは悪かった。 誓って何もしねぇ。 弁護士志望の俺を信じろ」
「……いや……俺は……」
「七海?」
七海さんと九条さんの話を聞いていられなかった僕は、立ち上がって静かに玄関を出た。
───七海さん、ごめんなさい……。
口には出せなかった言葉を飲み込んで、重たい歩を進める。
たとえ僕がどれだけ謝罪の意を伝えても、それは今や、七海さんにとっては不適切でしかない。
どうにもならない。
もう、どうにも。
男から取り上げた、見た事のない鋭い工具を握ったまま長い事待たせていた後藤さんの車に乗り込む。
「和彦様? ……七海様はいかがしました?」
ルームミラー越しではなく、運転席から振り返って僕を見た後藤さんは、世のお父さんみたいに優しげな瞳をしていた。
背凭れに体を預け、僕は瞳を閉じる。
「僕と七海さんは最悪な出会いをしてしまった。 ……僕は罪深い」
「…………和彦様……」
───七海さん。
もう少し違う形で出会っていたら、僕を「恋」の対象として見てくれたのかな。
夢見ていた輝く毎日を、経験させてあげたかった。
他の誰でもなく、この僕が───。
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