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 こんなに俺がソワソワしてるのに、なかなか戻らない和彦からメッセージが届いた。 『お昼を済ませたら、先に帰宅していて下さい。 一人で帰る事のないよう、後藤さんの連絡先を教えておきます』  短い文章と共に後藤さんの電話番号が送られてきて、それを見た俺の機嫌は一瞬で地に落ちた。  ……なんで和彦、戻ってこないんだ。  ……ムカつく。 「あいつ戻らねぇって? 報復を実行に移しに行ったんだな。 どうすんだろ」 「………………」  呑気な九条君の声にもちょっとだけイラッとする。  口を開けば関係ない九条君に八つ当たりしてしまいそうだったから、俺は黙ってカフェテリア食堂に向かう事にした。  心配してくれてるのか、九条君も用心棒よろしく俺の隣に張り付いてくれている。  ─── 一緒にお昼ごはん食べるって約束したのに……。  庶民の味をほとんど知らない和彦は、慣れないカフェテリア食堂での俺との昼食をすごく楽しみにしていた。  俺だってそうだ。  「初めて」の経験の記憶を塗り替えてくれたみたいに、今日、先月イライラだった思い出が良いものに塗り替えられたらいいなって、そう思ってた。  聞けば聞くほど浮世離れしてるヘタレ和彦に、しっかり者の俺があの時のように食べ方を教えてあげるんだ……って。  いじけた俺は、ここに石ころが落ちてたら確実に蹴飛ばしてる。 ……そんな心境。 「七海、昼メシ食うんだろ? 食券買ったら席取っといてくれる?」 「…………うん」  ここはいつ来ても生徒でごった返していて、以前来た時は相席しないと座って食事が出来ないほどだった。  でも今日は昼前だからか、多いにしてもそこまではなさそうだ。  鬱々としたまま食券機の列に並ぶこと数分。  俺は自分の中での鉄板メニューのオムライス、九条君は今日のおすすめランチの食券をそれぞれ買って一旦別れた。  受け取りに行ってくれた九条君は、見た目がちょっとだけ怖そうだからなのか、混んでても押しつ押されつみたいな事にはならないらしい。  チビな俺があっちに行くと、確実に人波に押し潰される。  九条君はそれを分かっていて、俺を席取りに行かせたんだろうな。  というか、九条君とは構内でも滅多に会えないから、昼メシを一緒に食べるのも相当久しぶりだ。 「あ、占部……」  食堂内を見回してみると、ちょうどクーラーの風がよく当たる絶好の位置に占部が一人で四人席に陣取っているのを発見し、迷わず声を掛けた。 「よっ、占部。 ここいい? 誰か来る?」 「おぅ芝浦。 誰も来ねぇからどぞどぞ」 「ありがと、助かる~」  やはりおひとり様で優雅に四人席を使ってたみたいで、窓際だけど冷たい風があたって心地良いその場所にじわっと腰を下ろす。  学部の違う占部と話すようになったのは、和彦と出会ったあの合コン以降に構内で占部の方から話し掛けてくれた事がきっかけだ。  和彦が大学内で唯一心を許している占部は、計算高いというか打算的というか、自身に不都合が生じないように言動するのがとてもうまい。  裏表がないと言えば聞こえはいいけど、付き合いの短い俺でもそう受け取ってしまったから、何とも好き嫌いが分かれそうな性格をしている。 「芝浦だけ? 誰か来んの?」 「あ、友達が一人来るんだ。 いい?」 「構わねぇけど。 誰だろ、俺知ってる奴かな」 「法学部の九条君。 知ってる? 俺らとタメだよ」 「えっ? あの?」 「あの?」  驚いた占部は何故か箸を止めて俺の目を凝視した。  ……九条君、そんなに有名人なんだ。  俺でさえ、そのルックスと近寄りがたい雰囲気が、女子生徒達に騒がれてた事は知ってたから……まぁ当然なのかも。 「九条って見た目めちゃくちゃ怖そうじゃん……無条件に人を叱り飛ばしそう……」 「えー? そんな事しないって」  ぷぷっ……! どんなイメージだ。  確かに俺も、初見の九条君の無表情があまりに怖くてビビってしまったけど、実は女の子と話すのが苦手で奥手なんだよな。  ああ見えて、すんなりとは彼女が出来ない普通の男。 彼女が出来ないのは、もしかしたら俺を好きで居たからかもしれないけど……それはこれからは気にしなくていいしな。  背が高くて強面イケメン、親も確か官僚さんって言ってたから家柄も申し分ない。  その上、九条君本人も間もなく弁護士になるって……モテない要素が見付からないんだから、早く新しい恋を見付けてほしいよ。  俺みたいに、九条君にも漫画みたいな突然の「恋」が始まってほしいと、心から願っている。 「ども。 ここいいのか?」  占部の引き攣った表情が可笑しくて笑っていると、九条君がトレイを二つ持ってやって来た。 「あ、うん。 受け取りありがと。 そっちの方が冷たい風よくあたるから、九条君は占部の隣な」  車の冷房を最強にしていた暑がりっぽい九条君に、より風があたる方をと思ったんだけど、占部の緊張の面持ちを見ると余計な事をしたかもしれない。  九条君は腰掛けながら低いトーンで「九条っす」と自己紹介してるのに、占部はガチガチだった。 「あ、あー、占部っす。 九条のお噂はかねがね……」 「俺の噂? この大学は噂好きが多いんだな」 「ほんとにな。 俺の噂もあっという間に広まったらしいし」 「芝浦、その件に関しては何回も謝っただろ~」 「いや占部の事を言ってるんじゃないよ」  何の気無しに口をついて出た俺の台詞に、占部が苦笑する。  和彦に俺の噂を吹き込んだのは占部だったと知ったのは、少し前の事だ。  過ぎた事だし、占部が馬鹿正直に打ち明けてくれて謝罪までしてくれたから、俺はもう何も気にしてない。  偶然が重なったあの日が無ければ、俺と和彦はきっと出会わなかった。  それを思うと、俺の噂を吹聴していたかもしれないストーカー野郎の事もちょっとだけ許してやろうかという気になる。  ───いや、嘘だ。 やっぱ気持ち悪い事に変わりはない。 許せないや。

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