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 カフェテリア食堂を出た俺達は、大学の門前で後藤さんの車を待っていた。  ほんとに俺の事が好きだったのか?ってくらい、九条君はここまで来る道中も遠慮ナシに思い出し笑いをして、度々吹き出してくれていた。 「九条君……そんな笑ってて疲れない?」 「あー……腹筋痛てぇ。 あいつと七海は思考が似てんのかね? さっきからデジャヴ多過ぎ」  通りの向こうから後藤さんの車が見えて、俺は肩に掛けていたリュックを手に持ち替えて九条君を見上げた。  ていうか、デジャヴって何の事だよ。 「……? あ、後藤さん来た」 「お坊ちゃまの運転手様な」 「九条君はこれからどうするんだ? 帰るなら後藤さんに頼もうか?」 「いや、俺は車で来てっから大丈夫。 あー面白かった」 「そこまでウケる事なくないっ? 笑い過ぎだよ!」 「うまく切り抜けたぜっていう七海のドヤ顔が面白くてな。 よーく分かったんだ。 会話下手っつーか、問い詰められると隠し事が出来ねぇんだよ、七海は」  確かにそうかもしれないけど、そんなに爆笑するほどの事じゃない。  むくれる俺の前で真っ黒ピカピカなセダンが停車し、運転席から濃いグレーのサマースーツを着た、渋い大人の男感溢れる後藤さんが降車して来た。 「七海様、お帰りなさいませ」 「後藤さん! すみません、お世話になります」 「和彦様から事情は伺いました。 さ、乗って下さい」 「あっ、ありがとうございます。 ……それじゃ九条君、またな」 「あぁ。 夜、連絡するわ」 「えっ?」  後藤さんがドアを開けてくれた後部座席に乗り込むと、閉まる直前にそんな事を言われて、問いたくて窓を開けようにも操作ボタンが分からない。  走り始めた車内で後ろを振り返ると、九条君はすでにその場には居なかった。  ……昨日のメールの返事ならもういらないのにな。  二人きりではもう飲みには行けないと連絡しても返事がなかったから、俺はこっそり落ち込んでたんだ。  九条君と気まずくなったらどうしよう。 やっぱりもう、友達には戻れないのかもしれないって。  自分が同じ立場だったら、俺と普通に接する事なんて出来ないと思うし、ましてや和彦と会話するなんてのも以ての外だ。  それなのに九条君は、和彦といくつも会話を交わしているみたいだった。  やや人間不信気味な和彦が、他でもない九条君と話をしていた事自体に驚きはしたものの、思い返せば二人は初対面の時から互いに言いたい事を言い合っていた。  喧嘩に近い言い合いを、虚ろながら覚えてる俺は少しだけ希望を持った。  二人は案外気が合いそう、……なんてね。  論文の参考資料のための読書に没頭していると、部屋の向こうから足音が聞こえた。  ふと窓の外を見ると真っ暗で、スマホで時刻を確認してみればもう二十時半だ。  俺をひとりぼっちにしやがった和彦を思うとイライラするから、何も考えないように夢中で分厚い文学書を読んでて、外が暗くなってる事に気が付かなかった。  この家に配置されたすべての家具は素人目にも一級品で、俺が今使っていた和彦の勉強机と椅子もさすが、長時間の読書に何の労苦も無かった。 「七海さん!」  和彦の勉強部屋に居た俺の元へ、扉を開けるなり走り込んできた家主。  瞬間、俺の鼻孔にふわっと漂ってきた和彦の甘い匂いと、いつもうっかり騙されてしまう優しい声音に鼓膜が震わされる。  ほんとは振り向きたい気持ちでいっぱいだったけど、忘れちゃならない。  俺は今、絶賛拗ねている。 「………………」 「な、七海さん……? 七海さん?」 「………………」  近寄ってきた和彦が右から左から俺の顔を覗き込んでくるけど、プイと交わして目を合わさなかった。  こんな時間まで俺をほったらかしにしたんだから、せいぜい焦りやがれ。 「遅くなってごめんなさい、七海さん。 ……どうしたんですか。 お返事してくれないんですか?」  うっ……そんな凹んだ声出すなよ。  耳と尻尾がシュンと垂れ下がり、大人しくその場に座って俺を見る「待て」状態な和彦犬を想像してしまい、早速許しちゃいそうになった。  俺ってば心境の変化が著しい。  ……ほんとにムカつく。 知らない感情ばかり教えてくる和彦の存在一つで、こんなにも心を揺さぶられる。 「…………ふんっ」  気味が悪くて鬱陶しいストーカー退治よりも、俺との昼ごはんを優先してほしかった。  俺のためにやってくれてるのかもしれないけど、俺は報復なんて頼んでないし、望んでもいない。  目の前から居なくなってくれたらそれでいいのに、和彦は俺よりストーカーとどこかへ行った。  そう簡単にこのイライラは治らないよ。  俺は椅子から立ち上がっても、和彦の視線から逃げ続けた。  でも、逃げ切れなかった。 「なーなーみーさーん!」  和彦から腕を取られてギュッと抱き締められたと思ったら、ドキドキする間もなくこいつは耳元で俺の名前を叫びやがった。  耳が痛い。 こんな事されたら無視できない。 「うるさいよ! 耳元でそんな大声出すな!」 「あっ、七海さん! やっと目が合いましたね。 ただいま戻りました」 「…………ふんっ」  文句を言うために見上げた先で、不覚にも視線がぶつかって慌ててそっぽを向く。  すると和彦は俺の両頬を捉えて、グイと上向かせた。  何で俺がこんな態度を取ってるのか分からないらしく、不思議そうに首を傾げている。 「あれっ? ちょっ……七海さん、ご機嫌ななめですね? お腹空きました?」 「空いてるけど違う!」 「じゃあどうしてプンプンしているんですか」 「プンプンなんか……っ」 「遅くなって本当にごめんなさい。 すぐに夕飯にしましょう」  いや、だから、お腹空いてイライラしてるわけじゃないって!  そんな事でこんなに子どもみたいな態度取るはずないだろっ。  勘違いした和彦がほんとに部屋から出て行こうとして、俺は何を思ったか、気付いたら和彦のYシャツを引っ掴んで引き止めていた。

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