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 ───俺の事が好きなら、ひとりにしないでよ。  そう思うよりも、それを口に出すよりも先に、和彦の背中へ腕が伸びていた。 「……っ、七海さん?」 「………………」 「本当に、どうしたんですか? 心配しなくても、あのストーカーならもう……」 「違う……っ、ストーカーなんかどうでもいい!」  離したくても離れない俺の手のひらが、和彦のシャツをクシャクシャにしていた。  見下ろしてくる優しい瞳の気配に、床を睨んだ俺の手には汗が滲む。  ……分かってよ……。  俺、言えないよ。 ……恥ずかしいよ。  昼前のメッセージを最後に今の今まで音沙汰が無かった和彦を、ほんとはもっと怒鳴りつけてやりたかった。  週末に気付かされた、俺のイライラの原因を和彦は知ってたんだろ。  それなら今の俺の気持ちにも気付いてほしい、俺をほったらかしにしてどこに行ってたんだ、って問い詰めてみたいけど、そんな自分が居るなんて事がそもそも受け入れられない。  言えない俺に、気付いて。  そう願いを込めてそっと和彦の目を見詰めてみたけど、優しい眼差しが返ってくるだけで……無駄だった。 「教えてください、七海さんが怒っている理由を。 僕がまた七海さんの気に触る事しちゃってイライラしているのなら、謝ります。 分からないままにしておきたくないです」 「……言いたくない……っ」 「え、……? ……困ったな。 七海さん、言ってくれないとイタズラしちゃいますよ」 「ふんっ。 やれるもんならやってみろっ」  イタズラなんてたかが知れてる。 どうせ、脇腹コショコショしたりするんだろ?  俺は挑戦的に和彦を見上げ、体に力を入れてくすぐられるのを待った。  でも和彦のイタズラは、そんな幼く生温いもんじゃなかった。 「言いましたね?」 「えっ、ちょっ、待っ……うわわわ……!」  触れられたのは脇腹じゃなく脇の下で、軽々と抱えられた俺は和彦に抱っこされる形となった。  意外にもガッシリとした腕に抱かれてるから落ちる心配はないのに、自然と和彦の首元に腕を回して危険を回避する。 「お、下ろせよ!」 「教えてくれないなら下ろしません」 「なっ……?」 「……よく分からないけど、怒ってる七海さんは本当に……可愛いですね」 「……ん、っ!」  うっかり照れてしまうような事をしみじみ言われ、すぐに唇を押しあてられた。  方向を変えながら、ちゅ、ちゅ、と軽やかな口付けを四回受けて、突然の事に背中が仰け反る。  拗ねていた事すら、その諭すようなキスで誤魔化されてしまいそうだった。 「何に怒ってるんですか? 教えてください」 「……い、言いたくない……っ」 「そうですか。 僕がこんなに教えてって言ってるのに、教えてくれないんですか」 「……んむっ! ……ん、……っ……」  頑固過ぎた俺の拗ねが、和彦の度を越したイタズラを引き起こしてしまった。  重なった唇から舌が入り込んできて、抱っこされてるから逃げられもしない。  和彦の舌が俺の歯列を割り、ジッとしていた舌が見付かるとこれでもかと絡ませてくる。  ねっとりとした温かさと柔らかな感触に頭がボーッとなって、いつもみたいに全身から力が抜けていった。  ───うぅ……悔しいけど気持ちいい……。  和彦に苛ついていた理由に気付いてから、俺の心はずっとドキドキしてうるさくて、漫画の中でほっぺたをピンクに染めた主人公の胸中そのものになっている。  そのドキドキがたまらなく苦しくて、息が出来なくなるから治してって言ったのに、和彦は一向に治してくれない。  逆に、何をされても治る気がしなくて、ひどくなってる。  こんなキスを度々受けてたら、思考を完全に停止させられるのも当然だった。  和彦に触れているところすべてが熱くなってきて、相変わらず胸も苦しい。 「……ベッド行きましょう」 「……っ? な、に……っ?」 「七海さんが教えてくれないなら、白状させるまでかな、と。 僕は七海さんをイライラさせたいんじゃない。 ドキドキさせたいんです」 「………………!」  ドキドキなら、もう充分してるよ……!  心の準備が整わないうちからそんな事言われても、ベッドに行ったらやる事は一つしかないじゃん!  今のキスがイタズラだって言うなら、和彦の俺への追及なんてもっともっとすごい事をされそうだ。  それは何としてでも阻止しなきゃ……! 「分かった、言う、言うから! ベッドはやめて!」 「そうですか。 じゃあベッドは後ほど行くとして、まずは七海さんの怒っている理由を聞かせて下さい」 「後ほども行かない! 何言ってんだ!」 「七海さんこそ何を言ってるんですか。 僕達はこれから毎日一緒に寝るんですよ? あ、そうそう。 七海さんの可愛い顔を見てすっかり忘れていましたが、僕も七海さんに少しだけ怒っているんです」 「えぇ!? 何で和彦が怒るんだよ! 俺何もしてな……っ」 「七海さん。 まずは七海さんから」 「ぐぬぅっ……っ」  台詞と手付きが伴ってない。  和彦も俺に怒ってると言いながら、ほっぺたを優しく撫でてくるのは何なんだ。  とにかく、今言わないと即ベッドに強制連行されてしまいそうだから、俺はめちゃくちゃわざとらしく視線を逸らして口を開く。 「……ウ、ウーロンハイの真相って……知ってる?」  ───あ、違う。 俺は何を言ってるんだ。  いくら「寂しかった」と打ち明けるのが恥ずかしいからって、藪から棒過ぎるだろ。  言っちゃった後で軌道修正が出来ず、はぐらかしてしまった俺は強制連行を覚悟した。  だが、和彦の口からも謎の単語が飛び出す。 「え……ウーロンハイの真相って……。 もしかして、風邪薬の話聞いちゃったんですか?」  ───何、それ? そんなの聞いてない。 知らない。  俺と和彦は、揃って小さく首を傾げた。

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