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究明

 無言の時が流れる。  それは数秒だったのか、はたまた数分だったのか。  どちらにせよ、俺は和彦の言った言葉を深堀りする必要があると瞬時に察知した。 「風邪薬の話って何?」 「ち、違うんですか……っ? どうしよう、……っ」 「なんだよ、なんでそんなに慌てるんだよ」 「慌ててなんかいませんっ」 「めちゃくちゃ慌ててるじゃん。 なになに? ウーロンハイの真相と関係あるんなら、教えてよ」  俺の予感は的中した。  この狼狽えっぷりは……何かある。  呆気ない形勢逆転に、俺をゆっくり床に下ろした和彦を見上げて突き詰めていく。 「な、七海さんが怒ってる理由を聞きたかったんですよ、僕は!」 「風邪薬の話ってやつを聞かせてくれたら、俺の理由も教える」 「そんな……!」  無意識に口を付いて出た一言が、和彦のまだ隠し持っていた何かを聞き出せる事になるなんて思わなかった。  俺が拗ねてた理由の追及が後回しになって、少しホッとしたのもある。  いきなりのキスのせいで、実はまだ動揺してるんだよ、俺。 「あの……それじゃあ、……怒らない、逃げない、別れない、僕から離れないって約束してくれますか」  和彦の落ち着かなかった視線が覚悟を決めたのはいいけど、何だか、穏やかじゃない驚きの事実を聞かされそうでギョッとした。  ほんとにどこへも逃がさないように、俺の腕を掴んできた和彦の力が異常だ。 「そこまで前置きしなきゃなんない話なの!? ……それだと内容によるね。 てか腕痛い」 「だ、だめです! 約束してください!」 「えー……」 「僕も分かってるんです。 七海さんの初めてを奪ったのと同じくらい、最低な事をしたって」 「ま、ままま待ってよ、怖いよ。 最低な事をしたって……俺にっ?」  痛いと言っても離してくれない、和彦の手のひらが熱かった。  この視線の本気さを見ると、「驚き」の事実というより「恐怖」の事実だったりして。 「はい……。 ですから、約束してください。 約束してもらえないなら手足拘束します」 「サラッと恐ろしい事を言うな! 分かったから! 怒らないし、逃げない!」  頷いた和彦の視線が俺を捉えた瞬間、夜モードの狼和彦に変わっている事に気付いてすぐさま首を縦に振る。  従わないと、和彦はほんとに……手足拘束してきそうなんだもん……。  そんなの嫌だ。 俺にそんな趣味はない。  ふぅ…、と息を吐いた和彦から腕を引かれてよろけると、ふわっと抱き締められた。  そして、うっかり聞き逃してしまいそうなくらい小さな声で、ポソッと囁く。 「……あの日、七海さんのウーロンハイに風邪薬を半分……入れました」 「………………!?」  な、なんだって───!?  腕の中から和彦の顔を見上げようにも、そう出来ないようにギュッと力を込めた確信犯が居る。  和彦がしつこく前置きして、最低な事をしたと言った意味が分かった。  そんなのドラマでしか見た事ないよ。 全然、まったく、現実的じゃない。  思わず捕らえられた腕から抜け出そうともがくと、ふんわりとした優しい抱擁だったのがすぐさまキツイ懐抱に変わった。 「に、逃げないって約束したじゃないですか!」 「逃げるだろ! な、っ……何してくれてんだ! それはマジで最低な事だよ!」 「怒らないっていうのも約束にありましたよ!」 「………………!!」  確かにそうかもしれないけど……!  和彦の事を、怖っ!と思った当初の言い知れない恐怖に似た感情が心にぶわっと湧いた。  怒ったのも、逃げたくなったのも、完全なる条件反射。  今さら嫌いにはならないけど、……ならないけど、何でそんな事したんだってなるだろっ? こ、怖いよ……っ。  ぎゅうっと抱き締めてきた和彦は、咄嗟に逃げようとした俺の体を押し潰さんばかりだった。 「七海さん、聞いて下さいっ。 そもそもは、噂の真相を突き止めるためのものでした。 七海さんが万が一迫ってきても、僕がその気になるはずない、酒と風邪薬で寝かせてしまえば行為に及ぶ必要はない、……いけない考えですが……そういう意図でした」 「………………」  押し付けられた胸元から和彦の心臓の音が聞こえて、それと同時に妙に落ち着く甘い香りも嗅がされる。  ───俺は単純だった。  和彦の弁解を黙って聞いて、「そっか…」と理解を示しそうになった自分が信じられない。  この神妙な低い声もいけない。 それは卑怯にも、俺の中に降って湧いた恐怖心さえ取り払っていく。 「でもあの時の僕の使用意図は明らかに違いました。 約束があると言っていた七海さんが他の男の元へ行くくらいなら、僕が相手をしたい。 現にあの時、僕はそう言っていたはずです。 噂なんかどうでも良かった。 気付かなかっただけで、僕はすでに七海さんの魔性に落ちていた。 ……僕だけの者にしたかったんです」 「………………」 「占部さんと話してたのは、この事でした。 確かに僕はウーロンハイに風邪薬を入れちゃいましたけど、一カプセルの半分量です。 七海さんの体のフラつきや意識の失くし方から見ても、あれは風邪薬のせいじゃない。 そういう結論に達しました」 「……そ、そうだ……それを今日、占部から聞いた……」 「占部さんに会ったんですか?」  語る和彦の胸の中で、最後の方はほとんど聞いてなかった俺のほっぺたが、尋常じゃないくらい火照っていた。  『僕だけの者にしたかった』  俺の初めてをあっさり奪ったなんて許せない、その憤りは今でもハッキリと思い出せる。  でも和彦は、俺の「初めて」を奪いたくて奪ったわけじゃなかったんだ。  自覚がなくて、俺が初めてだって事も知らなくて、出回ってる噂よりも俺個人の事が欲しいと、最初から思ってくれてたんだ。  他人が聞いたら、とてもじゃないけど納得なんか出来ない真相なのかもしれない。   俺の頭のどこかでも、やっぱ和彦はいかれてるよって警鐘を鳴らしている。  それなのに俺は……和彦に抱かれているとどうしようもなく胸が苦しくて、甘くて優しい香りに息が詰まりそうで、無性に切なくなるんだ。

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