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うるさい鼓動が和彦に伝わってませんように。
俺は、ギュッと締め付けられる胸の痛みに顔を歪めて和彦を見上げた。
「うん。 食堂行ったら居たよ。 九条君と三人で昼ごはん食べた。 一緒に食べよって約束してたのに、和彦は居なかった」
……余計な事を言ってる自覚は、あった。
遠回しに罪の意識を感じさせようとするなんて、俺はなんて意地悪で意気地無しなんだ。
でも、和彦が気付いてくれなきゃ自分で言わないといけなくなるだろ。
「寂しかった」
この一言を受け入れて口に出すには、俺は経験値が無さ過ぎるんだよ。
和彦に限ってそんな事はないと思うけど、万が一にも「何言ってるんですか」なんて言いながら鼻で笑われたら、……どうしたらいい?
「あ、えっ? それは、……ごめんなさい。 明日は必ず……」
「居なかった。 俺をほったらかして、和彦、どっか行った」
顔を覗き込まれて視線が合っても、俺は逸らさなかった。
意思を持って見詰めていると、色素の薄い茶色い瞳に吸い込まれそうになる。
際立つ甘い匂いにクラクラしてきて、目眩まで起こしそうだ。
こんなに俺の胸を息苦しくさせてるくせに、ほっぺたを包む和彦の手のひらは温かくて落ち着くなんて、体と心が忙しいよ。
「え? あ、あの……ごめんなさい……。 その事についてはちゃんと説明を……」
「楽しみにしてたのに。 何も知らない世間知らずの和彦と食堂で一緒にごはん食べるの、すっごく楽しみにしてたのに」
「……な、七海さん……?」
俺は、言い出せない一言を心に宿らせているからか、和彦が狼狽するような事をポロポロと口走ってしまう。
───やばい。 自分の中の冷たくなり始めた部分から、感情が迫り上がってくる。
出会ってすぐから俺の事を気にしてたんなら、なんで今日、俺を一人にしたんだよ。
風邪薬入れたのなんか、翌日ほんとに具合悪かったしちょうど良かったじゃん。
あの後も特に体調の変化は見られなかったんだから、過去のやらかしよりも今日のほったらかしの方が最低だ。
俺に「寂しい」って感情を抱かせた、和彦が悪い。
「和彦も同じ気持ちだって信じてたのに。 俺をひとりぼっちにした。 こんな時間まで連絡もしてこなかった」
「ご、ごめんなさい。 ……そんなに……寂しかったんですか?」
「───へっ!? ……あ……っ、いや、違う! 何言ってんだろ、俺……! はは……っ」
俺の愛想笑いを見た和彦の目尻が、少しずつ下がっていく。
穏やかな手のひらでゆっくりと頭を撫でてくれた和彦は、何もかも知ったような顔でふわりと俺を抱き締めた。
どうしよう……。 俺、止まらなかった……。
分かって。 気付いて。 この思いに囚われて、必死で和彦に詰め寄っていた。
思惑通り気付いてくれたのはいいけど、それはそれで羞恥しかない。
なんだ……?
なんでこんなに、どうしようもない気持ちになるんだ……?
「可愛い……」
やっぱり、気付いてくれなくて良かった。
和彦の呟きと抱擁に、上手かったはずの愛想笑いも見事に引き攣って身の置き場がない。
溢れ出しそうだった「寂しかった」の気持ちが和彦に届いたと分かるや、俺はこの部屋から一目散に逃げ去りたくなった。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
顔が熱くてしょうがなくて、実際に逃げようとした俺の体を抱き上げた和彦は、ほっぺたを擦り合わせてずっと「可愛い」を連呼している。
再び抱っこされて行き着いた、続き部屋の扉の向こうにベッドが見えた瞬間──もっと顔が熱くなった。
「わわわ……っ、ちょ、どこ行くんだよ!」
「ベッドです」
「何でだよ! 嫌だって言ったろ! そ、それに俺が怒ってた理由まだ言ってな……」
「もう聞きました」
「え!? 言ってないけど! ……ん!」
和彦に抱かれたままベッド脇に腰掛けると、すぐに唇を奪われる。
舌は入れてこなかったけど、和彦の両手が俺の服を脱がそうといやらしい画策をしていて、うるさかった鼓動すら耳に入らなくなった。
些細な抵抗もむなしく、やすやすと上半身を裸に剥かれて押し倒された俺は、ふっと優しげな笑みを向けられて生唾を飲み込んだ。
「たった今言ってたじゃないですか。 僕の風邪薬の話がどこかへ飛んでいっちゃいましたね。 七海さんが拗ねていたおかげで命拾いしちゃった」
「そ、その件に関しては怒ってるぞ!」
「ふふっ……僕はもう七海さんを手に入れちゃいましたから、どれだけ怒られても正当化する事が出来ます。 言い訳なんかしない。 僕は七海さんの事が欲しかった。 それだけなんです」
「ちょ、っ……和彦! 下を……っ、ぬ、脱がそうとするな!」
「七海さんがプンプン怒っていた理由が可愛くてたまらないので、初めての続きをさせてください」
「……っ!? そんな……心の準備させてよ! いきなりは無理……っ……んぁっ……っ……!」
寂しかった───。 それが和彦に伝わったからって、どうしてすぐにこういう事になるのか分からない。
肌を撫でられるだけで、そこから体温の混ざり合いが始まる。 ……声が出てしまう。
絶対的に経験値が低いんだよ、俺は。
頭の中は整理が追い付かないし、胸はずっと苦しいし、心は羞恥にまみれている。
だから、和彦が盛った風邪薬、効き目が薄くてもいいから今の俺にちょうだい。
この動悸と含羞が少しでも治まるのなら、今、それを俺に盛って───。
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