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 シマリスのリリくんと戯れる和彦の姿は、まるで某メルヘンアニメ映画に出てくる、動物好きでみんなから愛される「王子様」に見えて仕方なかった。  小鳥を肩に乗せ、あつらえたかのような大きな石の上に腰掛けると呼んでもないのに小動物達が和彦の周囲に集まってきて、その子達みんなに笑顔で挨拶をする和彦王子…っていう妄想が脳内に溢れた。  和彦は、見た目は穏やかそのもの。  雰囲気はことごとく儚げで、育ち故か確かな品格を全身から漂わせている。  果たして喜怒哀楽の「怒」の感情を知っているのかと首をひねりたくなるくらい、微笑みを絶やさない和彦の細まった瞳に心がいちいち跳ねた。  ほら……今もずっと俺に笑い掛けてくれている。  サイドの髪が頬に落ちて見える範囲が狭まっても、こんなに美しい。 「七海さん……二時間だけ、我慢してくださいね」 「二時間って何……? てか、ねぇ、……っ、……なんで手……縛んの、っ? 俺が怒ってた理由、和彦は分かったんだろっ?」 「これは別件です」  見詰めてくる温かな視線は変わらず優しいのに、瞳の奥は決して柔らかくない事に気付いた。  和彦が脱いだシャツで俺の両手首を頭上で縛り上げるなんて、正気の沙汰とは思えない。 「別件……!?」 「可愛くて純粋な七海さん。 僕と知り合う前の七海さんが、一体どれだけの魔性を振り撒いていたのかを知ってしまいました。 ……愕然としましたよ」 「なっ、何言ってんだっ!? 分かんない事言ってないで、これっ……解いてよ!」 「無理です。 僕の隠し事はすべて七海さんに曝け出しました。 七海さんと恋する準備は万端なんです。 だから……僕の気持ちも、分かってほしい」  ───縛られて何を分かれっていうんだ!  分かってる事があるとすれば、俺がリリくんを肩に乗せてる和彦王子の姿を妄想してる間に、それとは真逆の人物がいつの間にかお目見えしてたって事だけだ。  手早く全裸に剥かれた俺の腹に、引き締まった肉体美を誇る和彦が跨っている。  とてもじゃないけど俺の軟弱な体では支えきれなくて、必死で退かそうと身動ぎは出来ても、頭上で縛られた腕が拘束に阻まれた。  ベッドの柵に括り付けられてるんだと知って足をジタバタさせてみたけど、上等なマットレスがポワポワと沈むだけで何の抵抗にもならない。  どうりで体が斜めなわけだ。 「和彦……っ、これやめて! ほんとにやめて!」  早くも首筋に口付け始めた和彦に必死でそう言ってみても、知らん顔された。  ───和彦の奴、もしかしてこのままするつもりなのか……っ?  斜めなのはいいとして、なんで突然こんな事をするんだ……!  初めての時も、二回目の時も、縛りたい願望があるなんて少しも匂わせなかったくせに……!  俺の制止の声は寝室中に轟いている。  絶対に聞こえてるはずなのに無視されたまま、和彦の滑らかな舌が俺の唇を舐めて開かされると遠慮なく口腔内へ侵入してきた。  顔を傾けて深く舌を突き入れられ、激しく絡ませていると溜まった唾液が唇の端から漏れて意識を削がれる。  腹の上の重みで苦しいのか、こんな状況でもキスだけで下腹部が疼くくらいドキドキがうるさいからなのか、うまく鼻呼吸が出来なくて窒息するかと思った。   「……ん……っ……ふっ、っ……!」 「ねぇ、七海さん。 お願いですから、僕以外の人に魔性は振り撒かないでください。 あんなに嬉しい言葉を言ってくれた七海さんは、これから先は僕の事だけを見ていたらいいんです」 「……っはぁ…っ? 俺は魔性なんか振り撒いてないって散々……!」 「まずは七海さんが自覚しないと、被害者が増える一方ですよ。 あぁ……その表情がいけない。 男の庇護欲をそそる憂いの表情……。 まぁ僕も、この小悪魔のような形相に恋をしてしまったんですけどね……」  俺に「可愛い悪魔」だなんて不名誉過ぎる愛称を付けた和彦は、大きな手のひらで俺の左頬を包み込んで、ちゅ、と口付けた。  クーラーの風にひやりとしていた全身が、それだけで温かくなるような気がしてうっとりと瞳を瞑る。  優しい声と手付き、そして魅惑のキスだけで俺の判断能力を一瞬で鈍らせてくるなんて…どっちが魔性の使い手なんだよ。  和彦に触れられないようにしといて、恋も何もないんじゃないの。 「俺に恋してるんなら縛ったりするな! ……痛っ……なにこれ、動くとキツくなるんだけど……っ」 「ちょっとだけ特殊な結び方をしているんです。 どれだけ暴れても解けないので、安心してください」 「そんな安心いらない! 安心できるか!」 「……あの……七海さんが怒れば怒るほど僕は興奮してしまうので、少し落ち着いて下さい。 可愛いだけです」 「……うぅぅっ……!」  魔性だ何だと言い出した和彦の言わんとする事が、何となく分かった。  かつての合コンで、酒の力によって俺にモーションをかけてきた幾多のノンケ達が脳裏に浮かぶ。  さっき和彦は俺に「少しだけ怒ってる」と言っていた。  俺をほったらかしてから八時間以上、一体何してたんだってイライラしてたけど……実は俺の過去についてを色々調べていたのかもしれない。  ストーカーが俺と出会った経緯を知られれば、芋づる式に過去が浮き彫りになる。  怒ってるってそういう事だったのか。  て事は和彦め……俺が白状しようがしまいが、最初から縛るつもりだったんじゃないか……! 「ですから、……ね? 今日は二時間だけと決めてみっちり愛し合って、初めてをやり遂げましょう」 「やり遂げるって……っっ」  ね?じゃないよ!  俺の妄想の中に居た、小動物に囲まれて微笑むメルヘン王子な和彦はどこに行ったんだよ──!  狼に変身するのなんか、俺は許してないのに……!

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