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「あぁ、そうだ。  お父さんはずーっと社内に居るわけじゃないからね。  結子と日本各地の支店やグループ会社を回り、海外へも度々出張しているんだ。  お父さんが居ない間は副社長と専務、常務にそれぞれ本社業務は任せてあるが、正確にはその者らに密告があった」 「……どのような?」 「占部昭一による汚職だ」  ピク、と和彦の指先が動揺を示した。  同じく俺も、一緒のタイミングで目を見開く。  一方、目の前のイチャイチャ夫婦は優雅にコーヒーを啜り、「美味しいわね」と言い合っていた。  やっぱり、友彦お父さんだけじゃく結子お母さんも知ってたんだ。  俺が見付けるかなり前から知っていたのに、占部のお父さんを野放しにしていたなんて信じられない。  おかげでやりたい放題してるよ。  汚職がバレてないと思ってるから、立場の弱い女性社員にセクハラまで行っている。 「四年も前からご存知だったという事ですか?  どうして動かなかったんですか。  被害は確実に広がっています。  知った直後から動くべきでしょう?」  そうだよ。  和彦、もっと言ってやれ。  イチャイチャしてる暇があったら、会社のためにも社員のためにも「早急に」動くべきだっただろ。  完全な部外者である俺が同席してていい話題ではなかったけど、もう今さらあとには引けない。  闇を見付けてしまって、証拠も取って、ここに座って話を聞いて、何よりこれからの和彦のそばに居るために、盛大に巻き込まれたからには解決まで見届けたい。  真摯な和彦の問いに、友彦お父さんはこの状況下でニヤリと笑った。 「和彦に託したかったからだよーん」 「………………」 「ほら、つい何ヶ月か前まで、和彦は死んだ魚のような目をしていただろう?  頭が良くて、顔もお父さんと結子に似てとびっきり美形で、スマートな体躯と身のこなしは佐倉家の息子!って感じであっぱれなのにさぁ?  生気がまったく感じられなかったんだよね。  何やってんだコイツ、だったわけ〜」 「うふっ、そんなハッキリ言っちゃっていいの?」 「いいんだ。  だって見てごらん、結子。  二人はずっとテーブルの下でこっそりお手手を繋いでいる。  七海君が現れたおかげで、和彦の目が生きている魚の目になった!」  き、気付かれてたのか……!  友彦お父さんにニヤニヤされて、咄嗟に振りほどこうとした俺の手を、和彦がギュッと握って離さなかった。  その上、バレてるならいいでしょってくらいの勢いで、繋いでいる手をテーブル上に置く。  恋人繋ぎした俺達の手が明るみになって、両親の視線がそっちに集まった。  気付かれてたからって見せびらかす必要はないと思うんだけど……。 「……僕は魚ではありません」 「例えだよ、例え!」 「ぷっ……」  真面目に答えた和彦に、羞恥よりも可笑しさが上回った。  吹き出した俺を見て和彦は目を蕩けさせるし、両親も微笑ましく見てくるしで、穴があったら入りたい気分だ。  ただ、友彦お父さんが確実なる意思を持って和彦の尻を叩いていた事だけはハッキリした。  生気を宿さない息子に痺れをきらしたと言った方が正しい。 「と、いう事は……僕を食事会に連れ出していた本当の目的は、占部昭一の悪事を見抜け、……そういう事だった」 「いかにも。  インターン制度を導入して和彦を社内に潜入させたのもそういう訳だ。  死んだ魚だった和彦はなかなか気付いてくれなかったがな」 「……申し訳ありません……」 「結子と話していたんだよ。  和彦はいつ、どのタイミングで気付いてくれるのだろうかと。  占部の件だけではないぞ?  自身の置かれた立場や人間味を取り戻すという点でだ」 「お父さんもお母さんも、和彦には私達 親の愛情を与えてあげられなかったじゃない?  だからあまり他人を寄せ付けないのかしらって反省しているの」 「………………」 「かつてのお父さん達が和彦を内気な性格にしてしまったのだとしたら、いくら今からそれらを積もうとしても無駄だろう。  ゴマすりのようにもしたくなかったしな〜」 「本当は和彦自らが見付けてほしかったのよ。  けれど七海君が派遣社員として業務外勤務に入ると聞いて、これはすぐに事態が動くと予感したの。  案の定ね」 「………………」  和彦は言葉を失っていた。  また「僕のせいで…」なんて思い詰めてないといいんだけど。  回りくどい両親は、そんな方法で和彦を目覚めさせようとしてたのか……。  気付くはずないじゃん。  マジで和彦は「変」な奴だったんだから。  自分の事だけで精一杯の、ただのボンボン。  食事会に行って接触させようが、気付かせるために社内に潜入させて仕向けようが、和彦には原動力が皆無だった。  俺も知らなかったけど、和彦はこれまでハラスメントについては度々目撃していたみたいだ。  でも、動かなかった。  色々と理由を付けて、最後には「まぁ会社という組織にはよくある事だ」と結論付けていたのかもしれない。  自分が動いたところで何の解決にもならないだろうと、はなから諦めていた可能性だってある。  俺と出会う事であらゆる面で前向きになって、両親の言う人間味が少しでも戻ってきてるからこそ、二人は同性である俺を認めてくれたのかな。  ……となると、……一体いつから後藤さんのお節介が始まってたんだか。

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