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 目隠しプレイを思い返してポッとなってる場合じゃない。  和彦は至って真剣にそう言ったんだろうけど、聞き捨てならなかった。 「……っ、そんなダイレクトに言うなよ! そ、その通りかもしんないけど俺は女になりたいわけじゃ……っ」 「分かっています。 ……七海さん。 七海さんがいつか僕を疎ましく感じる日がこないか、それがすごく心配なんです。 僕は七海さんが居なくなったら生きていけない、……本当に。 だからこの先、七海さんが僕ではない男との経験をしてみたいといくら望んでも、させてあげられないんですよ」  ───え、……そっちの心配……?  抱き寄せられて、足を絡ませてくる和彦から焦りを感じ取った。  「逃さない」とでも言うように、がっしりと絡ませてくるこれは、俺が寝る前にやっちゃう足先を動かす癖とよく似ている。  少しも離れていたくない、存在を感じていたい……毎晩そんな風に想いを乗せて密着してくる和彦には、俺なりに気持ちを伝えてるつもりでいたんだけど。 「……俺そんなの望まないよ」 「…………先の事は分からないじゃないですか……」  項垂れたようにして俺の首筋に顔を埋めてきた、和彦の切ない吐息が全身に甘い痺れをもたらす。  細過ぎると窘められた俺の体は、隙間無く和彦に抱き寄せられていて苦しかったけど、俺にも心配事は絶えず付き纏っている。  どちらかというと、和彦の方が俺よりも視野を広く持てるんだよ。  俺の知らない過去がたっぷりあるみたいだし、衝撃の事実に盛大に嫉妬した結果が今この現状だ。 「それってさ、和彦にも同じ事言えるよな」 「……いえ、僕は七海さん一筋です。 死ぬまで七海さんと有意義で素晴らしい時を過ごし、息絶えたら魂を貰って頂くんです」 「出た、魂」 「僕のここにある魂は、出会った時から七海さんのものなんです」  和彦の言う謎の契約の意味は、何回聞いてもさっぱりだ。  少しだけ腕の力が緩んだかと思うと、和彦は自身の胸元に手をやって感慨深げに微笑む。  真面目に語ってる事を示す穏やかな微笑に見惚れながら、少しばかり現実から抜け出して想像してみた。  和彦が触れているそこに例のものがあって、添い遂げた暁にはそこからほわほわとした光が俺のもとへやって来る……っていうイメージで合ってんのかな。  ───いやいや、俺ってば和彦の変人さに引っ張られ過ぎだって。  本気で理解しようとした自分が可笑しくて、軌道修正すべく和彦の手のひらに俺の手を重ねた。 「それは分かったんだけど。 真面目な話するから魂は一回そこに戻しといて、聞いてくれる?」 「…………?」 「和彦は元々ノンケだろ? やっぱ女の人の体がいい、って思う日がきたらどうすんの?」 「あり得ません」 「なんでそう言い切れるんだよ」 「七海さんも言い切ったじゃないですか。 僕ではない男性とのセックスは望まない、と」 「あっ……」  ほんとだ。  和彦が迷わなかったのと同じで、俺も全然、そんな事考えもしなかった。  経験値の差があり過ぎるからって理由で和彦以外の男とエッチするなんて、まさに俺が言いそうな事ではあるけど絶対に御免だ。  誰でもいいわけじゃない。  過去が原因で独りよがりだった、浮世離れした一匹狼だった和彦と最悪な出会いを経て俺は……「恋」をしている。  和彦じゃなきゃ嫌だって、和彦と以外は考えられないって、即答した。 「僕達は愛し合っています。 他の誰かに目移りするなんて考えられない。 お互い以外を欲しいとは思わないって事なんですよ」 「………………」  今にも唇が触れ合ってしまいそうなくらい、超至近距離で和彦の瞳が俺を射抜いた。  まだまだ浅い俺達の恋人付き合いは、新鮮な薪をくべられた暖炉内で、轟々と燃えさかる炎のようなものなのかもしれない。  でもお互いが同じ気持ちであれば、今はそれでもいいのかな。  和彦の見解が腑に落ちた俺は、嫉妬のあまり頭に血が上ってこんな所まで来てしまった盲目さにちょっとだけ羞恥を覚えた。 「確かに僕はゲイではありませんが、恋に落ちた相手が男性である七海さんだったというだけです。 体の相性も良くて、僕を理解してくれて、おかしな僕を丸ごと愛してくれるのは七海さんしか居ないんですよ……? どうして分からないんですか。 どうしてたまに冷静になるんですか。 こんなに七海さんのこと大好きだって言ってるのに、疑うなんてひどい……!」 「そ、そんな怒んなくても……っ」  いま俺は、冷静なわけじゃない。  夢見た地元のラブホテルで、こうして深く優しい愛情をぶつけてくれる和彦が抱き締めていてくれる事に、めちゃくちゃ感激してただけだ。  心が共鳴した事に感動して黙っていると、俺の「恋」の温度が冷めたと勘違いした和彦に何やらスイッチが入った。 「嫌ですからね。 七海さんが僕を捨てるなんて、あってはならない事だ」 「え、……? 待てよ。 和彦、俺捨てるなんて一言も言ってな……」 「媚薬を使いたいなら使っても構いません。 ローターも、他の玩具も、本音ではもう少し試したいと思っていて、七海さんがそのせいで他の男に走るくらいなら僕が喜んで相手します。 僕はもう七海さん相手にしか勃つ気がしませんし、もし捨てられたら僕は死ぬしかないんです。 七海さんが僕なんか要らないって言うなら、生きてる意味などありませんから」  おいおいおいおい……!  いつ誰が媚薬使いたいって言った!?  玩具も不必要だって、つい何時間か前に二人の間で結論出たじゃん!  俺に捨てられたら死ぬしかないって、特大の妄想で現実が飛躍してる……! 「ちょっ、ちょっと、和彦! めちゃくちゃ話がぶっ飛んでるぞ! やばいって、暴走しかけてる!」  うぅっ、と眉を顰めて悲しげな表情を見せた和彦は、俺の事をひっしと抱いて「ひどいです、捨てないで」と呟いた。  どんな人間も理解不能な境地にいる、この暴走した和彦の事を受け止めてやれるのは俺しか居ない。  愛おしい。  ぶっ飛んだ妄想を爆発させていても、こんなに愛おしいと思うんだから。

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