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第2話

春に専門学校を卒業して入社してきた秋元は不思議な新人だった。学校では真面目に勉強していたらしくすぐにパソコン課の即戦力になったと本田は同期の高田から聞いていた。会社の創業時に入社した本田と高田は4年前にオフコンとパソコンが部門ごとに分かれるまでは「ホンタカ」とセットで呼ばれることが多かった。まあまあ仲の良い方だとは思うがプライベートで遊ぶほどではない。秋元が入社して3カ月ほどたったとき彼の直属の上司となった高田が珍しく本田を飲みに誘ってきた。居酒屋のカウンターで女将さん自慢の卵焼きをつついてチューハイを飲みながら 「なんかあの新人使いづれーんだよ」 とぼやいてきたのだ。 「使いづらいって? 仕事覚えるのは早そうじゃないか。俺からしたらうらやましいくらいだけどな」 本田の所に入って来た新人は商業系の学校で簡単な電算処理を覚えてきただけでプログラムをほぼ1から教えなくてはならなかった。頭は悪くないので順調に育ってはいるが、それでもすぐ使える方が断然楽でいいと思う。 「なにか問題があるのか? 」 プログラムのセンスはいいが人とのコミュニケーションが問題なのだという。 「お客さんが仕事以外の話振ったり冗談言ったりしてもほぼ無反応なんだよ。今はまだ一緒に行ったやつがフォローしてるけど、独りで顧客の所に行くようになったら相手を怒らせるんじゃないかって心配なんだよ。ほら、ウチの顧客って中小企業が多いから直接担当するのが社長とか専務とかだろ? まずいことになる前に言い聞かせようと思って飲みに誘っても全然乗ってこないし」 中小企業のコンピューターは受注や在庫管理をする現場の担当者にオペレーション指導をするが、経理や給与計算も入っている場合は社長や“専務”という肩書の社長の奥さんが直接の担当であることが多い。だいたいどうして町工場やパチンコ屋の社長というのはあんなに話好きが多いのだろうとは本田も常々思っていた。しかし本田から見た秋本の印象は特に無愛想でも無口でもない。飲み会で話したこともあるし、社内親睦会と名付けられた半強制の月いちのレクリエーションイベントにも一応来ていた。この社内親睦会は若い連中からはあまり評判がよくないのだが、社長の肝いりと出資で特に用事や仕事のない限りは出席が当たり前とされていた。妻子持ちの高田はそれを口実にめったに出ないが、独身で帰ってもすることがない本田はかなりの出席率だった。やることは飲み会だったりボウリングだったり、最近流行りのプールバーへ行ったりもした。秋元はビリヤードでかなりの腕前を見せており、結構遊んでるんじゃないのかという印象を持ったことを本田は思い出した。最後は本田と秋元の決勝になり、秋元の打った白球が2、4、9と鮮やかにポケットに落としていったのを見た時は負けた悔しさより妙な感心がまさったものだった。勝った秋元は嬉しそうに本田に笑顔を見せて 「なんか賭けておけばよかったですね。残念だな」 というので 「社長から金一封が出てるぞ」 と封筒に入った賞金を渡すと 「これもいいですけど本田さんから欲しかったですよ」 とねだられて、そのプールバーでキールロワイヤルを奢らされる羽目になったのだ。そういえば飲み会のときもいつの間にか秋元は本田の隣に座っていてグラスにビールを注いでいた。趣味の話を聞けば映画をよく見に行くという。本田も映画好きなので最近見た映画の話をしてずいぶん盛り上がったものだった。清朝最後の皇帝を描いたハリウッド大作も、軽い気持ちの不倫が主人公をどん底に突き落とすサイコ物も、力を抜いて楽しめるサイボーグ刑事物も共通の話題が意外にあってそのまま明け方近くまで飲み屋をはしごして話し込んだ。

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