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4-傷と痣
「殺してくれるの?」
うっとりとした目で清比古が俺を見つめる。
「君が死ねば悲しむ人がいるだろう」
「僕が死んだ事より、彬が殺人を犯した事を悲しむ人の方が多いはずだ。だから僕は本当に殺されてしまってはいけない。それはきちんと理解しているよ」
そう言いながら俺の手に己の手を重ね、上からじんわりと頸動脈 を押さえた。
それはわずか数秒のことだった。
カクンと清比古の顔が傾 いだ。
「清比古……?」
ふざけているのかと頬をつつくが、薄く開いた目に反応はなかった。
気を失ったのか。
妙に冷静に、失神した清比古の布団をはぐり、寝間着を開いて胸に耳を当てた。
トク、トク。
しっかりとしたリズムと強さを持って心臓が打っている。
そのことに満足すると、軽く頬を打って清比古を気づかせた。
「起きろ」
「あ……」
ゆっくりと視線が合い惚けた顔で見上げる。
「殺せと言いながら、自分で首を絞めてどうする」
「その通り。自殺じゃ駄目なんだ」
クスクスと楽しげに笑う清比古にも、そして憮然 とした俺にもどこか現実感がなかった。
再び清比古の胸に耳を押し当てる。
「ひゃ……」
冷えた耳が胸に触れ、清比古が躰を跳ねさせた。
ドクドクドクドク……明らかに心音が早まっている。
そして平 かな胸にプツプツと鳥肌が立った。
生きていても、意識があるとないとではこんなにも反応が違う。
気を失った清比古は確かに人形のようだった。
清比古は気を失った時と同じように、自分の意識を持たずに生きてきたとでも言うのだろうか。
胸の鳥肌を指でたどる。
「……っ」
清比古が息を詰めた。
生きた反応だ。
四本の指を優しく胸の上をすべらせ、くすぐる。
「ふぁっ……」
清比古が俺の手を掴んだ。
「清比古のどこが生き人形なんだ。人形はくすぐったがったりしないだろう」
「ぁひっ……彬っ!」
そのまま俺は脇、腹、背中などをくすぐった。
二人の間に横たわる、妙な雰囲気をふざけて壊すつもりだった。
「ああ……彬……」
目尻に涙を浮かべ、鼻にかかった声をひきつらせる。
「んぁ……ああっ……ぁ……彬っ」
清比古が激しく身をよじり、胸をはだけた寝間着が脱げてしまった。
大きく開いた俺の手のひらで覆い隠せてしまいそうな幼く細い躰。
肋骨から胸にかけてぞろりとなで上げる。すると指先に清比古の胸の尖 が引っかかった。
「ふぁ……ああ……ん」
清比古の口から妙に媚びた声が漏れる。
その声に誘われて、俺は薄い胸に似つかわしくないほど硬く立ちあがった乳頭に指を絡ませ、潰すようにこねていた。
「ん……ぁ…ん」
声だけではなく、その幼い顔にまで妙な媚びと艶が浮かぶ。
「清比古……気持ちが良いのか?」
「ん……」
清比古らしからぬ淫らな微笑み。
それを確認した途端、俺の中で何かが凍え、同時に沸騰した。
コリコリとした乳頭をぎゅっとつまんで力任せに引く。
「これは?これでも気持ちが良い?」
「イッ……うんっ……」
ぎゅっと布団をつかんで耐えているのだから、気持ちが良いはずがない。
にも関わらず、清比古は顔をヒクつかせながら笑顔を作り、甘えた声で頷いた。
「じゃあ、コレは?」
反対の乳頭をキリっと噛んだ。
「ヒギッ……い…い…気持ち……イイです」
清比古は痛みに震えていた。
しかしやはり偽物の笑顔を作り、甘えた声を出す。
「どうしてそんな嘘を」
「嘘じゃなか。本当んこつ言いよるけん」
異様なまでに明るい表情に媚びた言葉。そこには過去数回だけ耳にした清比古の里の訛りが混じっていた。
「ぁん……んんっ」
胸から肋骨をなでれば、不自然な甘い喘ぎ声をだし目を閉じる。
コレは……なんだ?
俺は恐ろしくなって清比古をぎゅっと抱きしめた。
すると清比古が嬉しそうに抱き返してくる。
けれどその腕は、躰を取り囲むように添えられただけで、むしろ俺を拒絶しているようだった。
「清比古……俺を見ろ」
両手で顔を挟み、正面から覗き込む。
俺と視線を交えた清比古は、媚びた笑顔をほんの少し歪ませた。
「僕を……壊して。僕を消して」
「清比古……わかった。だから……俺を見ろ」
大きな手で優しく清比古をなで上げる。
「ん……彬……あきら……」
清比古がぎゅっと抱きついてきた。
甘えた声ではあるが、先ほどまでとは少し違う。
頸動脈 に唇を当て、清比古の脈を吸った。
清比古の命を吸い取り、俺の命を分け与えるように。
「ぁ…ぁあん……」
甘ったるい喘ぎが不快に耳をくすぐる。
目を合わせると、再び張り付いていた清比古の媚びた笑顔がくしゃりと歪んだ。
「清比古……壊す……君を壊すよ」
「……ん」
小さく頷いた清比古の躰に隅々までふれていく。
「ぁ…ああっ……っく」
作り物めいた喘ぎを漏らす口を手で塞ぎ、あばらを噛んだ。
暴れる躰を押さえつけ、さらに胸を噛む。
細い腕に俺の指の痕が赤く残った。
「んーっ……んーっっっ!」
急に恐怖に襲われたらしく、混乱した清比古が激しく首を振り、涙を流した。
逃れようとする小さな躰を押さえつけるくらいわけもない。
「清比古、俺に壊されたかったんじゃないのか」
声をかければ、ピタリと暴れるのをやめ、ほっと安心したかのように息をついた。
さらに腰骨を噛めば、媚びた喘ぎは消え、痛みにのみ素直な苦痛を示し始める。
「痛いか?」
「んっ……。けど、続けて。お願いだ。もっと……もっと壊して……ぁっ……く」
その後、何度も清比古は恐慌をきたし、俺の存在を確認して落ち着きを取り戻すということを繰り返した。
異常な興奮状態にあったのは清比古だけではない。
噛み跡や引っ掻き傷で、真っ赤に染まった全裸の清比古が、敷き布団に力なく横たわっている。
これを俺がやったのか。
涙を拭うこともなく、浅い息を繰り返す無残な姿。
おのれの所業から目を背けたくて、清比古に布団をかけた。
「ありがとう」
誠実で真面目な、いつもの清比古と同じ声。
こんな状態にも関わらず、あまりにも普通すぎる清比古が恐ろしかった。
自分の布団を整え、清比古に背を向け横になる。
そっと布団を分け入り、背中に添えられた清比古の手の温もりを感じながら、俺は鈍いまどろみに落ちていった。
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