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5-三日目の夜
眠りは浅く、寝覚めは最悪だ。
制服を着込んだ清比古が、赤い傷跡が外に見えしまっていないか鏡であらためていることに気付き、目を背けた。
やはり学校ではいつも通り過ごす清比古の姿に、どうにも現実感がない。
もしかすると、彼はこれまでずっとこんな感覚の中にいたのだろうか。
けれど寮に戻ると清比古の様子は一変した。
いそいそと制服を脱ぎ、鏡で傷の様子をあらためる。
白い肌には引っ掻き傷や噛み跡が赤い斑点になり、生々しく残っていた。
しかし、俺と清比古の痣に対する認識は全く違うものだった。
「彬、もうこんなに消えてしまった!」
目を背けていた俺の視界に割り込み、俺の手形がくっきりと残る細い腕を愛おしそうになでる。
「卒業式までに綺麗に消えるといいな」
「そんな……嫌だ……!」
「何を言ってるんだ。この躰じゃ今日風呂に入るのにも困るだろう」
俺の言葉に清比古はちょっと唇を突き出すと、服を着て出て行った。
そしてすぐに部屋に戻り風呂の道具を整える。
「手首の赤い斑点を見せ、皮膚病だと言って、湯船に浸からず先に躰だけ洗わせてもらうことになったよ」
いたって真っ当な機転を利かせた風に言う。
嬉しそうに風呂に行く清比古の後ろ姿が、何故か悲しく俺の胸に刺さった。
その後俺も風呂をいただいた。
入浴後時間を稼ぐように自習室に寄って部屋に戻れば、すでに布団に入っていた清比古が清々しい笑顔で迎える。
戸惑いながらも端が重ね合わされた布団に躰を潜り込ませると、息がふれるほど間近で赤い唇がキュッと引き上げられ、俺の手は華奢な首に導かれる。
布団の隙間からは一糸まとわぬ素肌の胸が覗いていた。
清比古の笑顔が恐ろしかった。
殺してとねだる人形のような顔、娼婦のような媚びた笑顔、苦痛に歪む顔。
俺の理性を狂わせる、清比古の隠された顔に恐怖していた。
目の前にある、清比古らしからぬ媚びた作り笑顔を早く剥ぎ取らねば……。
細い首に添えた手で血管を押さえたが力が入らず、昨晩より緩やかに清比古は気を失った。
意志のない人形となった清比古の頬をなで、小さく開いた唇にゆっくりと唇を合わせ、フッと息を吹き込む。
命を吹き込まれ、すっと正気付いた清比古は、己の口を塞ぐ俺の唇に驚いていた。
「あ……あきら??」
先程までの淫猥 な表情が嘘のように、幼い顔がパッと赤く染まる。
俺の清比古が戻ってきた。
けれど、またすぐにあの娼婦のような笑みを浮かべるに違いない。
……俺が壊すべきは清比古ではなく、清比古の中に押し込められた『何か』なのかもしれない。
その正体を見極めようと、布団を落として赤い痣をまとった躰にまたがった。
冷気にさらされた薄い胸の赤い蕾を指でなぞれば、キュッと立ち上がって存在を主張する。
清比古が恥ずかしそうに手で顔を隠した。
その手をはいで押さえつける。
淫猥 な笑顔は、まだ現れていなかった。
胸だけではなく、清比古小さな陰茎も反応を示している。
昨晩はどうだっただろうか。
太ももや尻まで噛み、ここも確かに見たはずだが、あまり記憶になかった。
清比古が股間に向けられた俺の視線に気づき、もじもじと躰をよじる。
子供っぽい仕草だ。
けれど脳裏に昨夜の『何か』に支配された清比古の痴態がチラついた。
俺の胸にじわりと怒りが湧く。
「まだふれてもいないのに、いやらしい躰だな」
俺の口をついて出た、毒を含む言葉に清比古が息を飲んだ。
「ぁ……ごめんなさい。イヤラシか子でごめんなさい。ごめんなさい……」
甘ったるく、郷の訛りの混じる口調だった。
「そうやって……誘ってたのか?」
清比古の淫らな表情を見れば、誰かに快楽を覚え込まされていたことは明白だ。
「ち…ちがっ……ううん」
泣きそうに潤んだ目のまま、清比古が急にニコニコと笑顔になった。
「そうよ、キヨが悪いと。僕が淫乱やけん、いけんの」
ゾッとした。
空っぽの笑顔を浮かべる清比古は確かに『人形』のようだった。
俺の知らない誰かに向けられていた笑顔。
そしてこの笑顔を強要した人物が、清比古を人形にしたのだろう。
「なんで笑ってるんだ。淫乱などと言われ、いやらしいことをされ嬉しかったのか?」
「そうよ、僕は可愛いがられち、嬉しかったと」
純真にすら見える笑顔が清比古に張り付いている。
「清比古、今でも『そいつ』に可愛がられたいと思ってるのか?俺よりそいつのそばに居たい?」
「っ……」
笑顔のまま息を詰まらせた清比古が、闇に飲み込まれていきそうに見えた。
「清比古の本心を教えてくれ」
「い……いやだ。……いや、嫌じゃなか……でも……あきら……彬……」
笑顔のまま涙を浮かべた清比古の手が、俺の寝間着を握りしめ震えている。
清比古の心は『彼を人形にした誰か』を強く拒んでいた。
けれど、目の前には居ないその人物を拒む言葉を口にすることすらできないようだ。
「彬……。キヨのこと見捨てんで。いい子にしよるけん」
「大丈夫、俺が『人形』を壊して清比古を取り戻すから。もう『そいつ』の望んだいい子にならなくていいんだ」
小さな体を抱きしめると、清比古の笑顔がくしゃくしゃに崩れた。
そして俺の寝間着を握りしめ、じっと縮こまっている。
「清比古……」
名前を呼びながら、柔らかな頬に口づけ、躰をなでる。
清比古は歪んだ笑顔のまま、じっと俺の様子を窺っていた。
手を二人の間に差し込み、薄い胸にぷっくりと立ち上がった赤いつぼみを指でこねた。
「ぁん……」
反射的に作り物めいた声を漏らした口を、清比古の小さな手が慌てて押さえた。
この甘い喘ぎもきっと『誰か』に教えこまれたものなのだろう。
「そうだ、無理に気持ち良さそうなふりをする必要なんかない」
「あ……ちが……」
「……?何が違うんだ?」
さらに乳頭をつまんで人差し指でこねると、清比古があごをそらしビクンと躰を跳ねさせた。
「清比古、繰り返して言う。無理に気持ちが良いフリをする必要はない。逆に気持ち良いならばそれも隠さなくていい。作った甘い声を出す必要もないし、声が出そうならそれを我慢しなくていい」
清比古が口を押さえたまま、必死にうんうんと頷く。
俺はその様子に少しおかしなものを感じた。
「もしかして……『我慢』も言いつけられていたのか?」
清比古の目が見開かれる。
やはり『人形にされた清比古』を壊すというのは、そう容易 いことではないらしい。
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