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2章[清比古を求めて]15-大学入学

帝大の入学式当日になって、ようやく清比古に会うことができた。 「清比古!」 見慣れた背中に声をかける。 「やあ、久しぶりだね。元気にしていたかい?」 なんとも普通に清比古が挨拶を返してきた。 「(さと)に帰っていたと聞いたが……」 「ああ、ちょっと身内に不幸があってね。せっかく戻ったからと随分畑仕事をさせられたよ」 帰郷が原因で心乱されているのではないかと心配していた俺は、拍子抜けしてしまった。 しかし、やはり少しおかしい。 あまりにも普通すぎる。 清比古と俺は、想いを交わしあった仲であるはずなのに、そんなことなど無かったかのような友人扱いだ。 「亡くなったって言うのは……」 一瞬、清比古が目に暗い光をたたえた。 「叔父だ。殺すつもりだったのに。残念だよ」 「清比古……」 「なんて顔をしてるんだ、冗談に決まってるだろう」 ニコリと爽やかな笑顔をくれる。 けれど冗談だとは思えなかった。 ——君のために、俺があの男を殺してあげたかったよ。 その想いを俺は言葉にすべきだったのかもしれない。 あっさりとその話は終わり、高校時代の友人たちも合流して入学式の会場へ向かった。 式の後は参列した父母と早めに別れ、気の合うもの同士、下宿に集まって祝杯をあげた。 もちろん清比古も一緒だ。 けれど解散となると清比古は、やはり素っ気なく、なんともあっさりと下宿へと帰って行ってしまった。 他の友人と一緒だったとはいえ、少し前まで俺に向けていた焼け付くような視線をどうすればここまで消せるのか。 少し早めの二日酔いに襲われたかのように、肝がシンと冷えた。 清比古とは学部は違うが下宿も近いので、俺は毎日のように訪ねて会話を楽しんだ。 今までと変わらぬ友人としての付き合い。 それはボタンを掛け違ったような違和感を伴っていた。 俺に甘い空気を作る隙さえ与えない。 そっと肩を抱いても友情のそれにすり替えてしまう。 卒業前の濃密な二人での時間が綺麗さっぱり消えてしまったかのようだ。 帰郷し、清比古にどういう心境の変化があったのか。 叔父が亡くなり、完全に解放された清比古に、もう俺は必要なくなったということなのか。 それとも自ら望んだ俺との交わりさえも悪夢に変わってしまったのか。 石でも飲み込んだように、胸に重苦しいものが溜まっていく。 そして半年も経てば、俺は清比古の友のうちの一人でしかなくなっていた。 俺は平然と友として過ごしながらも、時に彼を取り戻そうと強引に迫ったりもした。 けれど清比古は友としての距離感を保ったまま、ただの悪ふざけとして俺をかわす。 なぜ清比古の気持ちが冷めたのか。俺はどこで間違えたのか。 何度も何度も考えた。 最初に清比古に頼まれたとき、本当に殺してしまうべきだったのだろうか。そんな物騒なことまで頭をよぎった。 分岐点は間違いなく、卒業式の日だ。 あの日俺は清比古と共にいるべきだった。 清比古は叔父の死を喜んでいた。けれど死を喜んでいるなんて、とても他人(ひと)に言えたことではない。 それでも、安堵だけは俺と分かち合いたかったのではないか。 しかし俺は実家へ戻ってしまい、失望した清比古は、戻るつもりのなかった故郷へ帰ってしまった。 その故郷(ふるさと)で清比古はどう過ごしたのか。 畑仕事に駆り出されたと言っていたが、ずっと心穏やかにいられたとは思えない。 入学式で再会した彼は俺に「殺すつもりだったのに。残念だよ」と言った。 生なましい響きを持ったその言葉は間違いなく本心だった。 俺は清比古が士官学校へ行きたがっていたことと、その言葉を結びつけずにいられない。 幼い頃から清比古は、力で押さえつけてくる者を、力で排除してこそ、ようやく尊厳を取り戻せるのだと感じていたのではないだろうか。 しかし、進学は叶わず、失意の清比古は叔父の幻影から解放されるために俺にすがった。 ……解放。 したはずだった。 清比古は俺だけを見つめ、俺に求められることに喜びを感じてくれていた。 子供のように細い躰一杯で俺の欲望を受け止めることを幸せだと思ってくれていた。 それは、清比古の叔父が作り上げた偽りの姿でもなければ、俺の思い込みでもないはずだ。 解放されたはずの清比古が、元凶である人の死をきっかけに、故郷へ戻った。 決して戻りたくなかった場所のはずだ。それにも関わらず、戻らずにはいられないほど、俺への失望が強かったということなのだろうか。 清比古に帰郷した時の事を尋ねてはみた。しかし、当たり障りのない話しか聞けなかった。 おそらく実家に叔父の気配はまだ濃厚に残っており、被虐の現場となった土蔵が視界に入れば恐怖を生々しく思い出したはずだ。 そして清比古は、俺が壊した『人形』を、再び自分の中に見つけてしまったのではないだろうか。 俺への失望は増し、忘れさせようとしたはずの俺が叔父の記憶を思い出させる存在となってしまった……。 推測でしかない。しかし避けられる理由として腑に落ちた。 せめて再会した入学の日に、もっと清比古の心に寄り添っていたら、もしかすると、今よりはまだ……。 今の俺にできるのは、再び心が近づくのを待ち続ける事しかないのか。 本当に清比古が、自分の中に再び『人形』を見つけたのだとしたら、俺は……。

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