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17-ピグマリオンコンプレックス

少しずつ疎遠になっていった俺と清比古は、就職を機にほとんど顔を合わせることがなくなった。 清比古は内務省の官僚に、そして親族に最低でも官僚と言われていた俺は銀行員になった。 銀行に勤めながらも、俺はそれとは真逆の文芸や芸術といった世界に身を置いたままだ。 友人達には勝手に高等学校の教諭になるものだと思われていたらしい。 しかし俺は教師になりたいなど言ったこともなければ興味もなかった。 そんな風に言われるのは何故なのかかと不思議に思うのは当然だろう。 友人曰く、俺の大柄で自信に溢れて見える容貌が、『若く頼りになる教師像』そのものであり、高校男児が『初めて』を捧げるのに理想的なのだそうだ。 求めに応じてもらえれば誇りに思え、断られたとしても清々しい思い出となるに違いないのに残念だと嘆かれてしまった。 憧れの教師に躰の指南を頼む生徒が少なくないことは知っていた。しかし俺は高校時代後輩に言い寄られても迷惑に感じるタチだった。それが浮かれた生徒に興味本位で関係を頼まれるなど、面倒以外の何ものでもない。 とどのつまり友人らは、自分たちの世代に初めてを捧げ、開通して欲しいと思えるような若い教師がいなかったために、俺を勝手な物語の登場人物に仕立て面白がっていただけだった。 そして俺はそんな空想好きな友人らに頼まれ、彼らが立ち上げた同人誌に小説を書いて以降、依頼されるままに拙い駄文を晒し続けている。 友人の一人が出版社に勤め始めれば、いつしかその雑誌の片隅に載るようになり、別の友人が出版社を立ち上げれば作家の人数合わせでまた短編の依頼が来る。 美麗な文が書けるわけでもなし、こんなものを読んで何が面白いのかと思うが、既存にとらわれないこだわりのなさと、ありきたりな展開が同居する、混沌とした作風が通好みで、人気はなくとも無ければ寂しい漬物のようなものだと言われれば、たしかに箸休めも必要だなと納得をした。 もちろんペンネームを使用し、仲間以外に文筆の趣味は明かしていない。 しかし、本家の人間が期待していた教授や官僚ではなく、金貸しである銀行業や小説という俗にまみれた生業(なりわい)で金を稼ぐというのは実に気持ちが良かった。 俺は銀行でもソツなく立ち回って、帝大卒業という学歴に見合った出世をしており、独り身ながら小さな洋館を手に入れて、暮らしに困ることはない。 自宅の居間は洋風趣味にまとめ、繊細な彫りを施した丸テーブルを囲んで一人掛けの革張りソファを四つ配置している。 そこに深く腰掛けた貴水が自慢気にアゴを上げた。 「やあ、これはなかなか見事な仕上がりだろう」 「ああ、素晴らしく綺麗になった」 大学時代の俺の依頼を、貴水は八年経った今でも続けてくれていた。 彼が持ってきたモノを見て、自然と頬が緩む。 「早速清比古にも見せてあげよう。寝室にいるんだ。貴水も来るか?」 「えっ、彼が来ているのか?」 「何を言ってるんだ。君が連れてきてくれたんじゃないか」 「……ああ、なるほど」 貴水は軽くため息をつきつつ、寝室についてきた。 扉を開けると、ベッドの横に椅子があり、そこに浴衣姿の清比古がいた。 「清比古、ほら、会いたかっただろう。貴水があの夏の清比古を綺麗にして連れて来てくれたよ」 「…………」 清比古は上目遣いでこちらを見つめ、口を丸く開けている。 高校生の頃より、さらに小さな躰。 十二歳くらいだろうか。 いま、貴水が綺麗に直して連れて来てくれた清比古は、おそらく十四歳くらいに違いない。 あの夏、見世物小屋のトランクケースの中では全裸だったが、学生服を着せるように頼んでおいた。 少し小柄で、短髪ではあるが、明るいところで見ると高校生の頃の清比古によく似ている。 「年齢が違うから二人が会うのは初めてかな?どうだろう」 「ああ、技術的な事を言えば、小さい清比古の方が後に造られたんじゃないかな」 「ふふっ。そうか。清比古に逃げられ寂しくて、より幼い頃の清比古を作ったのか。ふ……ふふっ。でもそれも今では俺のものだ」 笑う俺に貴水がまたため息をついた。 「これ、どうするんだ」 「ああ、二人一緒は気まずいだろうから、新しい清比古は書斎に……」 「そうじゃない」 「……しばらくは一緒に暮らすよ」 「本物の清比古はこの事を知ってるのか?」 「知るわけないだろう。最近は仕事で内務省に赴く機会もできて、何度か見かけたが、仕事中のお役人にこの清比古のことを伝えられるか?」 「そうかもしれないが……。これを集めるのは清比古の為じゃなかったのか?安い買い物じゃなかっただろう。ボロボロな状態で放っていたくせに、買いたいと言えばどいつも吹っ掛けてきやがったからな」 「それはしょうがないさ。それに一緒に暮らしてみると、これはこれで結構いいもんだよ」 「おれも人形師の端くれとして、人形の良さは知ってるつもりだ。しかし君は人形になんか興味ないだろう。それでも、やっぱりあと二体とも探すのか?」 生き人形探しを依頼すると、貴水はまず清比古の叔父と取引をしていた仲介業者を探し出してきてくれた。 その人物に会いに行き、話を聞いた結果、清比古をモデルに作られたと思しき人形は全部で四体ということだった。 「ああ、頼む。以前のように偽物をつかまされないよう気をつけてくれ」 「……おれが清比古に言おうか?」 「……なんと?」 「そうだな。確かにどう言えばいいのかわからない。彬が彼の為に買い集めてるというのは理解しているが、それに何の意味があるのかさっぱりわからないし、それ以前に、すっかり知り合いのような気になってしまっているが、おれは本物の清比古とは面識がない」 貴水が皮肉に顔を歪めた。 「君には感謝してるよ」 「まあ人形探しが縁で仕事につながることが少なくないし、修理もいい勉強になってるよ」 「そう言ってくれると助かる」 「ところで……」 貴水がベッド横に座る清比古にチロリと視線をやった。 「やっぱり、その……使ってるのか?」 愛らしい上目遣いで口を丸く開けて笑う、十二歳の清比古はセックスドールだった。 「……どう思う?」 意味あり気に清比古の頬に口づけすれば、いつも飄々としている貴水が奇妙な百面相でニヤケ笑いを誤魔化した。 貴水自身にそういう性癖はないが、彼は人形偏愛症(ピグマリオンコンプレックス)に美しき幻想を持っているのだ。 妄想の糧をプレゼントするのも貴水への報酬の一部のようなものだ。 好きに想像を広げ、仕事にでも役立ててくれればいい……。

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