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18-突然の訪問

二人目の清比古が我が家で暮らし始めてすぐ、再び貴水から会いたいと連絡があった。 喫茶店で待っていると、やけに興奮して走りこんでくる。 「清比古が見つかったぞ!これまで何年もかかったのに、半年も経たずに見つかるなんて凄いと思わないか!」 「……そうか。ありがとう」 「なんだ、たったそれだけか?」 「凄く感謝してるよ。しかし、場所をわきまえてくれ。少し声が大きい」 「っ……ああ、すまない!」 ここはアーティストたちの集まるカフェーではなく、背広組の闊歩する金融街の喫茶だ。 顔見知りのみならず、一方的に俺を見知った者だっている。 あまりおかしな事を大声で言われては困るのだ。 「それで、どこにあった?」 「うん、最近大阪の寺に持ち込まれたらしい。上京して来たばかりの画家の卵の実家でな、そいつが俺が探しているものじゃないかと連絡をくれた」 「本当に清比古なのか?」 「二体の生き人形の写真を見せたら同一人物のように見えると言っていた。相手は絵描く人間だからかなり確率は高い」 「……清比古の写真を持ってるのか?」 地を這うような声が出た。 「おいおい、怖い顔するなよ。効率よく探すにはあった方がいいだろう」 確かにその通りだと、苛立ちを飲み込む。 「清比古を全て集めたら、その写真も破棄してくれ」 「なんだ写真を資料として持っておくくらいいいじゃないか。……ん?写真も?」 「出来るだけ早く会いたいが、俺はしばらくこちらを離れるわけにはいかない。悪いが一人で大阪に行って本当に清比古か確認してくれないか」 「泊まりで行って来ていいか?」 「ああ、その費用もいつも通り俺が持つ。そのかわりはやく出立してくれ。そして先方の言い値で購入し、連れて来てくれないか。修理を依頼するかは見て判断する。よろしく頼む」 よし任せろと力強く言った貴水は、次の日にはもう大阪行きの列車に乗っていた。 そしてすぐに、間違いなく清比古だったと連絡が入った。 入手にも成功し、こちらに戻り次第、俺の家に清比古を連れてくると言う。 自宅に戻り、落ち着かない気持ちで貴水を待つ。 清比古が来るのは楽しみだが、すでに家にいる二人の清比古は絶望も共に連れ来た。 生き人形自体は高価なものだが、見世物小屋を渡り歩くうちに次第に手荒に扱われはじめる。しかも震災を乗り越えた生き人形だ。うちに来た時には薄汚れ、欠けや大きなヒビなども入っていた。 見世物小屋で展示されているなら、ヒビも欠けもそんなものだと気に留めないが、清比古だと思ってそばで見ると、なんとも無残で胸が張り裂けそうになった。 今回の清比古は今までの中で一番状態が良いらしい。 その前情報だけで少し安心できた。 昨日、永田町で偶然清比古を見かけた。 通りすがりに旧友として一言だけ挨拶を交わしたが、今後は大蔵省の担当とともに内務省におもむき、清比古とやりとりをする場面も出てきそうだ。 再び清比古との縁が深まっていくように感じ、心が沸く。 玄関チャイムが鳴る。 今度の清比古はどんなだろうか。 俺は不安と期待の混じった心持ちでドアを開けた。 そして、そこには俺の想像とは違う清比古が立っていた。 綺麗に撫で付けた髪に、高校の時より一回り大きくなった躰。 仕立てのいい白鼠の背広に、黒い舶来の靴。 「突然、約束もなく訪ねて来て申し訳ないが、今、時間はあるだろうか」 「……ああ、どうぞ」 ………清比古……だ。 俺は混乱していた。 確かに清比古が来る予定ではあった。 しかし、それは大阪の……まだ見ぬ清比古で……しかし、今ここにいるのは、先日永田町で見かけた清比古だ。 動揺し過ぎて躰も思考もロクに動かない。 俺はそれが正しい判断かもわからず、ぎこちなく清比古を居間に通した。 「応接室などは用意してないんだすまない」 「いや、構わないよ。僕なんてまだ学生が住むようなアパートメントに住んでいるからね」 以前、貴水に教えられた、清比古がいま住むビルが思い浮かんだ。 学生が住むような場所ではないが、確かにエリート官僚が住むようなアパートメントビルでもない。 ならば一緒にここに住めばいい。 当たり前のようにそう思う自分を戒める。 俺は理性でわかってはいても、心の中では清比古との距離を高校卒業のあの時から変えられないでいる。 迂闊な事を言ってはいけない。 一度この場を離れて少し頭を整理したかった。しかし貴水が来る予定だったため、テーブルに茶の用意も整っており席を外す口実がない。 ……まさか貴水が清比古を? いや、彼は良くも悪くもそんな男じゃない。 目の前に出された紅茶を清比古が礼を言って飲む。 これまでこの家に来たどの清比古もできなかった行為。 ソファに座っているのは清比古だ。 高校の親友で、大学の友人。 なのに緊張で息がつまる。 「今日は……どうして」 うまく言葉が出てこない。 今の清比古は、顔つきもしっかりとした、エリート官僚で、良家の子女に秋波を送られる大人の男だ。 なのに俺の目には高校の頃と同じ、愛しい清比古に映ってしまっている。 距離の取り方がわからない。 気を抜くと抱きしめ、口づけしてしまいそうだ。 「実は大学時代の友人から話を聞いて。その、君の友人の……」 その時、玄関チャイムが鳴った。 今度こそ、貴水だ。 まずい。 チャイムを無視して、清比古の言葉を促そうとするが、貴水は何度もリリンと鳴らす。 「来客だろう僕は待っているから、どうぞ」 こう言われてしまえば仕方がない。 玄関に向かい、貴水に一旦帰ってもらうことに決めた。 「はぁ、出るの遅いよ」 ほんの少し開けた扉の隙間から貴水が押し入って、上がりかまちに大きな包みを置いた。 「出来るだけ丁寧に扱ってやろうと、下に置かずに抱いてたんだぞ。はぁ。重かった!お茶をくれないか!」 大きな声で一気にまくし立てる。 「貴水、ちょっと来客中なんだ。申し訳ないがこのまま引き取ってくれないか」 「はぁ⁉︎ せめて茶くらい飲ませてくれよ」 その時、貴水の前にティーカップが差し出された。 「紅茶かよ。まあ、いいけど………えっっ……清比古」 ティーカップを受け取った貴水が固まる。 俺はそれ以前に動けなくなっていた。

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