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19-破壊
「こんばんは、貴水さん。言葉を交わすのは初めてですが、顔とお名前は以前から存じております」
素早く清比古が口を開いた。
「あ、こちらこそ……清比古。……さん。あ、あっと、名字なんでしたっけ」
「家入 ですが、貴水さんには僕の名前の方が馴染みがあるようですので、そのままで結構です」
貴水に『何故いるんだ』という視線を送られるが、俺も困惑の表情を返すばかりだ。
「玄関先でこうしているのもなんですから……」
「あ、あああ、はい」
清比古に促された貴水が、帰れという俺の言葉を忘れ、包みを抱えて居間へと上り込んだ。
俺は一人取り残され呆然としていたが、ノロノロと居間へ戻る。
丸テーブルを囲むように配置された革張りのソファが四つ。最初に俺が案内した席に清比古が座り、向かいの一人掛けに貴水が。仕方がないので俺は二人の間に座った。
沈黙を破ったのはやはり清比古だった。
「僕もつい先ほどここに通してもらい、用向きを話し始めたばかりだったんですが、頃合い良く貴方が来てくれて良かった」
「え……?」
「実は先日、大学の頃の友人が偶然喫茶でお二人の会話を耳にしたらしいのです。それで、貴水さんが僕を探してわざわざ大阪まで行くと話していたが、今は東京にいると連絡してやった方がいいんじゃないかと進言してくれましてね」
「……それはきっとその友人の聞き間違いだろう。なあ、貴水」
「おう。俺は確かに大阪には行ったけど、君に会いに行ったわけじゃ……」
「ええ、それは僕にもすぐにわかりました。実はですね、僕は探し物をしていまして。今日その持ち主の方と連絡を取ることができたんです。しかしちょうど東京から欲しいと言う人が来て、引き渡したばかりだと言われてしまいました。それでピンときた。そう、ちょうど今ここに貴水さんが持って来た物が、僕の探していたものじゃないかってね」
「……これ?」
どうすればいいんだと貴水が視線で俺に問う。
「これは、俺が依頼して買ってきてもらった品だ」
「なら、これを僕に譲ってくれ。なんなら買い取った倍の金額を払ってもいい」
コレは清比古のために探し、買ったものではある。
けれど、彼に売り渡してしまっては意味がないのだ。
「まだ中身も見ていないのに……」
「じゃあ、見よう」
「清比古はどうして、そんなにこれを欲しがるんだ」
その質問に清比古が過敏に反応した。
「彬こそ!!!!なぜ買い求めたりしたんだ!こんなっっ!!こんなものっっっ!!!!!」
激昂して立ち上がり、包みを差す指をブルブルと震わせる。
いきなりのヒステリーに貴水が目を丸くした。けれど俺は清比古の感情の爆発を見て、ようやく落ち着きを取り戻す事ができた。
「そうだな。俺にはこんなもの必要ない」
「えっ!君の依頼でわざわざ大阪にまで行ったんだぞ」
「それには感謝している。それに……間違いはなかったんだろう」
「……ああ、確かに言われていた品だ」
「そうか。じゃあ、俺が必要のない品を買い求めた理由を教えよう」
俺は二人の前で包みを解いた。
これを見て清比古がおかしくなってしまわないか少し心配ではあった。けれど自分で買い求めるつもりだったくらいだから、おそらく大丈夫なんだろう。
中にいたのは十二歳くらいの白い水兵の服を来た清比古だった。少し長めに切り揃えた髪に、白と水色の帽子をかぶり、凛々しい表情をしている。
どういう目的に作られたものだったのだろう。これまでの清比古の中で、一番エロティシズムを感じさせない。
それでも清比古は苦々しげにその人形を睨んでいた。
「貴水、首と手足を外してくれないか」
「……え?今?いや、まあ、いいけど」
セーラー服を脱がすと、凛々しい少年の顔に似合わぬ、プックリとした少女のような胸が現れた。
そして半ズボンの中からは勃起した幼い陰茎が姿を現す。
貴水がズボンを抜き取ろうと足を持った時に、その人形の悪趣味さがより際立った。
勃起した幼い陰茎の後ろに、ぱっくりと女性器が広がっていたのだ。
さらに菊座も使い込まれたように縦に広がっている。
チラリと貴水が清比古を伺うが、清比古は人形を睨みつけたままピクリともしない。
貴水は肩にカナベラを差し込み、胴体を前後に割り、頭を取り外し、組み合わされた木の隙間をどんどん広げ腕を外した。
「手足……外したけど……どうするんだ」
じっと解体に見入ってしまっていた俺は、すぐに物置から工具を持ってきた。
「貴水、頭部も少し分解出来ないか?」
「え、まあ、この作りなら首の前面から顔にかけて取り外せるけど、修理した時に継ぎ目が少し残っちまうかもしれないぞ」
「構わない。やってくれ」
貴水に作業を頼みながら、俺は二本の足を床に少し間を空けて並べ、その上に橋をかけるように小さく胸の膨らんだ胴体の前面を置いた。
「清比古、本当は四体総て揃えてから君に会いに行くつもりだった。しかし今日こうやって訪ねきたという事は、きっと今がその時に違いない」
俺は胴体の中央にノミを当てて、金槌を大きく振るった。
ゴシャッ。
大きな音がして、腹に穴が空く。
さらにすぐその横にノミを当てて、再び金槌を振るった。
俺の暴挙に貴水が泡を食った。
「あ、彬!それはっっ……いくら俺でも修理できるかわからんぞ!」
「いいんだ。修理はいらない。なあ、清比古」
清比古は先程と同じ表情で人形を睨んでいた。
ノミで横に真っ二つに割った胴体を、こんどは胸を中心に左右に割った。
そしてその残骸を清比古のそばに積む。
胴体の後ろ半分に取り掛かる前に、顔が取り外された。
それを受け取ると俺はすぐに額にノミをあてる。
玉の入った目に見つめられ、僅かに恐怖がやってきた。
しかし、目をそらす事なく俺は真っ直ぐ金槌を振り下ろした。
ガコッ。
なんとも言えない満足感があった。
割られた顔面はもう清比古ではない。単なる木ずく。ゴミと同じだ。
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