20 / 27

20-バラバラにして

「壊したよ、清比古」 「あきら……」 大人の男になったはずの清比古が、子供の顔で俺を見つめていた。 「どうして……どうして彬が……わざわざこんな」 「『僕を殺して』『バラバラにして』そう、君が言ったから」 いくら心の中の幻影を壊しても、その姿を具現化した生き人形がある限り、それらが圧倒的な存在感で、清比古の過去を蘇らせてしまう。 清比古の目から大粒の涙が溢れた。 そしてゆらりと傾ぐように俺に近づくと、置かれていた片足を持って人形の背中にガンガンと打ち付け始める。 鬼神にでも取り憑かれたような清比古の様子に怯え、貴水が俺の後ろに隠れた。 「……あ、彬!清比古……さんは、大丈夫……なのか?」 「ああ、ありがとう。助かったよ。最後の一体も手がかりがあるんだろう。引き続き頼む」 「は?こんな事になってしまったのに、まだ探すのか?」 戸惑う貴水の間抜けな表情に、つい笑みがこぼれてしまう。 「この為に集めてたんだ。問題ないよ」 「この為って……大枚叩いて買って……。まさか、あんなに大切にしてる二体の清比古たちも?」 「ああ、同じだよ。その時はまた分解を頼めるか?」 「嫌だよ!俺だって人形師なんだ。人形を壊す手伝いなんか……」 「あの人形たちは『清比古』を壊しかねない。人よりゴミ同然に扱われていた生き人形の方が大切か?」 貴水がチラリと清比古を見た。 清比古は髪を乱して、先程まで足だった木の棒を、背中だった木の板に打ちつけ続けている。 その様子から、清比古を壊しかねないという言葉が大袈裟ではないとわかるはずだ。 「……けど、君はあの清比古たちをすごく愛して……」 「わかってるんだろう、俺にとってアレは清比古の代わりに過ぎない。そして……」 木を打ち続ける清比古を、チラリと視線で示した。 「清比古はあれらが存在する事を望まない」 清比古に『僕を殺して』と頼まれた俺にとって、あれらの生き人形は『殺すべき清比古』なのだ。 貴水がフウと息をついて肩を落とした。 「…………壊す手伝いはしない。けど、探し出すところまではやるよ」 「助かる」 木片を打ち付け続ける清比古をそのままに、貴水を屋敷の門の外まで送った。 「思ったより音が響くな。残りの清比古を壊す時には、田舎の別荘でも借りて、そこで壊しそのまま焼却してしまおうか」 「……好きにしろ」 「そうだ、せっかくなら自動車と運転手を雇おう」 楽しく計画を練る俺を、貴水は呆れたように見上げる。 「それで、清比古はお前のものになるのか」 「さあ……。ああ、いや。俺がなかなか清比古をバラバラにしないから随分と拗ねさせてしまったが、清比古は以前からずーーーーっと……俺のものなんだ。危ない。約束に囚われすぎて大切な事実を忘れるところだった」 そうだ。 そうだった。 ついクスクス笑いが漏れる。 「はぁ……そうかよ。まあ、せいぜい仲良くしろよ」 もう興味はないといった口ぶりだが、どうせ後に興味深々で根掘り葉掘り尋ねてくるに違いない。 貴水はキネマの登場人物のように肩をすくめ、手をヒラつかせると、暗い夜道を歩いて帰っていった。 ◇ 居間に戻ると、清比古は人形の手をノミと金槌で割っていた。 「それはすでにゴミだ。もういいだろう」 「ダメだ。まだ人形に見える」 「よく見ろ。人形かもしれないが、アレはもう清比古じゃない」 涙に濡れた目が慌ただしく動く。 そしてホウと息をつくと、ソファに深く沈み込んだ。 「手が真っ赤になっている。怪我はしなかったか?」 「……」 手を取る俺に対し、うるさいというように手を引くが、指に力が入らないようだ。 整えていた髪は乱れ、ソファの躰はくたびれ小さくなっている。 俺は脱力する清比古の横に屈んだ。 そしてサッと背中に手を回し、ひざ下に腕を差し入れて抱き上げる。 「彬っ……何を!」 「君に見せたいものがある」 あの頃より一回り大きく、たくましくなっても、まだ俺の腕に収まる躰を抱きかかえ、書斎に向かう。 ドアを開けると清比古が息を飲んだ。 「ほら、清比古だよ。ずっと俺と暮らしてたんだ」 「……これは……あの。っ……単なる人形だ。僕じゃない!」 (つくえ)の横に座らされた学生服姿の『清比古』がそこにいた。 腕から抜け出そうと身をよじる清比古を強く抱きしめ、頬を寄せて動きを封じる。 「覚えてるか?高校三年の夏祭りの夜、俺がこの人形に見惚れていることに気付いた清比古は機嫌が悪くなった。そのくせ卒業前に『殺して欲しい』と頼む時、わざわざ『あれは僕だよ』と、俺が見惚れていた人形が自分だと知らせ気を引こうとした」 「……っ……違う」 腕の中の躰が強張った。 「けどね、俺はあの夏、トランクの中の人形に清比古の面影を見ていた。あんな風に裸で横たわる清比古はさぞかし美しいだろうと、恋も知らない未熟な欲望を刺激されていんだ。そして今も同じだ。これは確かにあの夏の生き人形だが、俺が暮らしてたのは人形ではなく、清比古だ」 違うと言うように清比古が顔を振る。 「……これからも……君はアレと……暮らすつもりなのか?」 「もちろん。壊すまではな」 ビクンと肩を跳ねさせ清比古が俺の顔を覗き込んだ。 「……アレも、壊すのか?」 「当たり前だ。約束しただろう。清比古をバラバラにすると。『あの男』の作った清比古は俺が全て壊す」 「……本当に?だって、だって」 清比古が汚れた沼の底を覗きこむような目で生き人形を見る。 「一緒に暮らしてるんだろ?僕が彬に会えずにいた間、あいつはっ……彬とっっっ!見たらわかる。すごく大切にされてるっ……僕なんかよりずっとっ……あいつの方が!!!」 時折ヒュウヒュウと喉を鳴らし、清比古が叫んだ。 ずっと俺と距離を取っていた清比古の仮面が剥がれた。 そこから俺への執着がのぞく。 表情も口調も高校生の頃に戻ったようだ。 つい笑みがこぼれた。

ともだちにシェアしよう!