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23-未来への約束
髪をなでると、清比古はクタリと脱力し、俺の胸に頬を寄せた。
先程までとは明らかに違う。
清比古の目が甘さを含み始め、距離のあった心も柔らかさを持ち、俺に寄り添っているのを感じた。
あの頃に比べ、ひとまわりたくましくなった躰。
それでもまだ細く、俺の胸にすっぽり収まる小さな躰だ。
まさかこれも清比古が俺の元に戻れなかった理由の一つだったとは。
「人が変わるのは当たり前だ。清比古は大人になり自信に溢れた魅力的な男になった。けれど見た目が向上しようが劣化しようが俺にとってはささやかな事だ。それよりも、ずっと俺を避けてきた君が、いま腕の中にいる、この変化の方がよほど重要だよ」
「彬……」
ワイシャツの胸に埋 めた頬を、ぎこちなくすりつけてくる。
本当に俺に自分を委ねてしまって良いのか、探るような仕草だ。
「今日、僕はね、彬への想いを爆発させてしまわないよう、何度も何度も会話を想像して、理性的に譲渡交渉をするつもりだったんだ。なのに……目の前で人形を壊され、その上こんなこと言われたら、もう、僕は君なしでいられなくなってしまう。……本当にいいの?」
清比古が俺への執着を匂わせた。
もちろん俺が否と言うはず無いとわかった上でだろう。
あの頃のように可愛いらしく小首まで傾げる。年齢 に合わぬ仕草のはずだが、清比古には似合っていた。
「いいも何も、離れていた間だって、俺なしではいられなかったんじゃないか?」
細い顎をつまんで見つめ、薄い胸板を大きくなでる。
ドクン……。
清比古の心音が強くなった。
胸を上下する指にコリっと突起がふれる。
木苺のようなそれをキュウっと摘んだ。
すると俺の悪戯に清比古がヒクッと息を詰まらせる。
「敏感だな。俺を想いながらどれだけ自分をなぐさめた?何年も離れていたんだ。俺の代わりにした男だっていただろう」
「そんな……」
優しく言いながら、ぎゅっと指の力を強めれば清比古の顔が強張った。
「……確かに身代わりは……一度だけ試そうと。でも……全く違うんだ。匂いも、抱きしめる腕も。口づけなんて少しふれられただけで耐えられなくて。それでも……可笑しいもんだな。相手は恥ずかしがってるだけだなんて勝手な解釈をする。服の上から腹を手でなぞられれば吐き気がして、もうそれ以上は無理だった。本当に……彬が特別だったんだって、痛感させられたよ」
……それは大学時代だろうか。
俺の清比古にふれたのは誰か。
あの時、清比古の周囲にいた友人の顔を思い浮かべただけで、みぞおちがジリジリと焦げた。
「離れていたって、清比古は俺のものだった。そういうことだろ?」
優しく、優しく、囁いて、罰するように、乳首をキュウっと引く。
「くぅ……んンーー」
甘く呻きながら、清比古はカクカクと何度も頷いた。
「んっく……ぁああ……んんっ。彬の言う通りだ。僕は……勝手に恐れて、でも彬は僕が思うよりずっと寛容で大きくて……。大学で良い成績を取り、官僚として出世をしても、僕は……愚かなままだね」
「卒業の日『胸に噛み跡をつけて欲しい』と頼んできただろう。随分と聞き分けが悪く呆れたものだ。しかし跡が残るからこそ、俺をそばに感じ君の心が満たされるんだと気付けなかった。俺も馬鹿だったよ。人生の区切りとなる日に、見捨てられたような気持ちにさせてしまって、すまなかった」
「彬……彬……」
清比古の凍えていた部分がフワッと溶け、雪から顔を出した新芽のように、素直な想いが表情 に溢れた。
「ああ……僕は彬の人形になってしまいたい。あの椅子に座って、何も考えず、君を見て微笑んで、君を待って、君に抱きしめられて、愛されて、喜んで……。たとえ苛立ちをぶつけられ、嬲 られても、僕はきっと……」
「人形にされるのは嫌だったんじゃないのか?それとも、ずっとこの家に居座っていたあの人形に、自分の方がよほど魅力的で、俺に愛される人形だと見せつけてやりたい?」
「…………」
熟したように清比古の目が潤み、期待に頬が紅潮していく。
人形に対して、見返してやろうだなんて本当に馬鹿げている。
しかし、理屈ではないのだ。人形によって傷つけられ続けた彼の尊厳は、それでいくらか回復できるに違いない。
きめ細かな肌に愛撫を続けていると、小さく開いた口から弾んだ息が漏れ始め、艶めいた気がねっとりと俺に絡みついた。
コクンと清比古の喉が鳴る。
物欲しげな視線。
その視線を受けながら、赤い唇をそっと指でなぞる。
「清比古は人形なんかじゃない。人形は自から動いて俺を昂らせる事なんてできないだろ?」
清比古の目がクルンと動いた。
俺の様子を伺いながら、もう一度コクンと喉を鳴らして、唇を舐める。
そしてそっと離れると、躾の良い犬のように、後ろ手に縛られたままゆっくりと伏せ、俺の股間に顔を埋めた。
少し手伝ってやれば器用に口でファスナーを開け、舌と唇で俺のイチモツを取り出す。
ハッハッハッ……と清比古の息が陰茎をくすぐった。
軽く舌を当て、なぞるように舐められれば、さらなる刺激への期待に血が集まる。
「彬……彬……」
そのまま口に含んで、吸ってしゃぶって……。
ジュプジュプと音を立てる清比古の恍惚とした表情。
血がたぎり、剛直が力を増した。
「……っは……清比古……はぁ」
始めこそたどたどしかった舌使いも、俺の反応一つで過去を思い出すようにどんどん巧みになっていく。
トロリとした口内の粘膜と、強弱をつけた吸い付き。
我を忘れ口淫を施す清比古の姿は、赦しを乞うようであり、また欲望を満たす歓喜に満ちているようにも見える。
髪をすくようになでる。
すると泣き笑いの顔で、自らの頬に俺の昂ぶりを擦り付けて愛情を示してきた。
そして、チラリと椅子に座る人形に視線をやる。
清比古の人形への対抗心に、俺の心が満たされていく。
清比古のためと言って人形を集めてはいた。
しかし本音では、これを破壊したところで、清比古が俺の元に戻ることはないだろうと思っていた。
人形の収集は、彼との細いつながりを保つための自己満足に過ぎない。
そして破壊は、自分に課した責任の終了であり、彼への想いを断ち切るための儀式と捉えていたのだ。
けれど……清比古は戻ってきた。
人形の破壊は俺たちの未来への約束となる。
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