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第3話
ある日、東城が大井戸署にいたときの同僚の結婚式に招かれた。
社交的な東城は、冠婚葬祭に呼ばれることが多い。所謂大人の付き合いというやつをいつもそつなくこなしている。
いや、そもそも、彼は、母方の市村や父方の東城の一族の中で、子供のころから大人の付き合いにどっぷりつかって育っているのだ。東城にとっては、他人の人生の節目の儀式に呼ばれることは当たり前、生活の一部なのだ。
人付き合いの苦手な広瀬には、縁遠い世界だ。
同じ大井戸署にいたのに、結婚式を挙げる人物のことを広瀬は知らなかった。聞くと、同じ警察官同士の結婚ということだったが、新郎のことも新婦のことも全く知らない。
結婚式の当日の夜は、東城は、誘われるままに飲み歩いていたのだろう、帰ってこなかった。
そして、朝になって帰宅してきて、寝室のベッドの中にいる広瀬を見るためだけにドアをあける。
最近になっても、彼は広瀬を確認する。
外出から帰ってきたときだけではない。家の中にいる間も、しばしば、数十分から一時間おきくらいの間隔で、さりげなさを装いながら、屋敷の中で広瀬を探し、その存在を確認し、特に何も言うこともなく、次の自分の用事にかかっていくのだ。
今朝も、ベッドの中にいる広瀬を見つけると、無言で、すぐに静かにドアを閉める。
それから、身支度をし、出向先の経産省に出勤していった。
その日の日中、広瀬は、新しく買ったスマホに知らない番号からのショートメッセージを受信した。
内容を見ると、それは、大井戸署の元上司の高田からだった。
短いながらも丁寧な文章で、番号は大井戸署で同僚だった宮田から無理やりに聞きだしたこと、時間があれば、会えないかということが書かれていた。
広瀬は、その文章を何度も繰り返し読んだ。最初は頭に文章が入ってこなかったのだ。そして、何十回と眺め、読み、高田が自分と会おうとしていることをやっと理解した。
大井戸署に勤めていた時、高田は、信頼できる上司だった。広瀬が起こすトラブルに呆れながらも、自分を認めてくれていた。
対人関係に難のある広瀬の面倒をよく見てくれた。多くの人に尊敬される有能な刑事だった。
だが、高田は、広瀬が大井戸署から行方不明になった後、退職したのだ。
自主的な辞職だと聞いたが、部下が違法拳銃を発砲して傷害事件をおこし、さらに、偽装パスポートで逃亡するという大問題を起こしたのだ。その責任をとらされたといっても過言ではない。
そのことを宮田から聞かされたのはつい最近だった。
広瀬はひどく落ち込んだ。高田に謝ろうにもどうしたらよいかもわからず、ずっと悩んでいたのだ。
そんな折にきたこのメッセージ。広瀬は迷ったが、数分して考えるのをやめ、返信した。
高田がなんの用事で自分に会おうと連絡をしてきたのかはわからない。だけど、それはわからないままでもいい。
自分は高田に会って、謝罪するのだ。許されなくてもよい。高田が広瀬の謝罪を聞いて、なんというのかはわからない。
いや、高田の口から、怒りや非難を聞きたかった。
高田から再度返信があり、日時と場所が指定された。
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