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第8話
白石が高田の横に座ったのをみて、広瀬も元の椅子に腰かけた。高田と白石を交互に見る。
「それで、」と白石は広瀬の目を見て質問してくる。「どうですか?」
広瀬は聞き返した。「あの、どう、というのは」戸惑いしかない。
「白石さん、話はこれからだから」と高田が白石に向かって言った。
「なんだ、なにもったいつけてるんだ」と白石は言う。
「もったいつけてるんじゃなくて、白石さんが来るのが早いすぎるんだ」と高田が苦笑いをして答える。喫茶店の壁にかかる時計を示し、「予定より20分も早いじゃないか」
「待ちきれなくてな」と白石は子どもような口調で言った。「それに、我々の間じゃ、30分前集合が基本だろう」
高田は、広瀬に向き直る。「広瀬のことは前々から白石さんと話をしていたんだ。それで、この前、結婚式で宮田に聞いたら、特に仕事もなにもしていなさそうってことだったから、じゃあ、うちの会社に誘ってみようってことになってな」
白石が話をついだ。
「広瀬くん。君のことは高田さんからよく聞いています。わたしの会社はまだ小さくて実績も少ないが、社会に役立つ仕事をしています。うちの会社で働いてみることを考えてくれませんか」
彼は、まっすぐに広瀬の目をみながら、真剣な口調でそう言った。
「仕事は忙しいですが、充実した毎日が送れると思いますよ。わたしと高田さん以外の社員は若い人ばかりで、みんな気のいい連中だ。居心地はいいと思います」
その申し出に驚いて答えられないでいると、高田が言った。
「仕事を探しているのなら、うちの会社も候補にいれて欲しいんだ」
高田は、椅子の脇に置いていた黒い革の鞄から大きなサイズの薄い水色の封筒を取り出し広瀬の前に置いた。会社名と住所が印刷されている。中には会社案内が入っていた。業務の説明や業績、顧客一覧などが入っていた。
白石が丁寧に資料を説明してくれた。
広瀬は驚いたまま、ほとんどなにも答えられず、喫茶店を後にした。
別れ際に、入社することを考えてみて欲しい、と、もう一度高田に言われた。
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