25 / 130

第25話

オフィスには個別相談のための応接室が複数ある。 どの個室も深い色の壁紙で、無駄な調度品は一切なくシンプルだ。 ドアも壁も厚く外部に音が漏れることはない。 初めて入る人間には、少し息がつまるような緊張感を高める部屋だった。 広瀬は、飯星に言われた通りペットボトルのお茶と紙コップを用意した。 急な来客の男は40代前後の外見だった。髪は短く、白いワイシャツにノーネクタイで濃いグレーのジャケットを羽織っている。 どこにでもいそうなサラリーマン風の男だ。 男は、受付から応接室までの間もずっと硬い表情を変えなかった。 飯星と名刺交換をし、勧められた椅子に座った。 部屋の中を見回しもしない。 広瀬がお茶と紙コップを男の前に出す間、じっと飯星を見ている。 名刺の用意がないことを詫びた広瀬をちらとだけみて、すぐに飯星に視線を戻した。 広瀬は、飯星の隣に座り、この打ち合わせの話を記録するためにノートとペンを自分の前に置いた。 男は前置きもなく言った。やや高めの細く乾いた声だ。 「カバンを失くしたので、探して欲しい」 「カバンの紛失ですね」と飯星はうなずきながら言った。彼は手元に相談の記録用紙にその言葉通り書いた。「今日の何時ごろですか?」と飯星は質問する。 慌ててきたのだから、今日に違いないだろう、と広瀬も思った。 それにしても、落とし物くらいでこの会社に相談にくるのか、と不思議に思う。 「今日?」と男はじわりと不機嫌な声を出した。「なんで今日なんだ?」 「え?いえ、そうなのかなと思いまして」と飯星は戸惑った様子で答えた。 「今日なんて一言も言ってないだろう」と男は尖った声で言った。 「そうですね。これは失礼しました。では、いつ頃に紛失されたのでしょう」と飯星は聞き返す。愛想のよさそうな態度は変わらずだ。 「今週の、どこかだ」と男は言った。「気づいたらなくなっていた」

ともだちにシェアしよう!