26 / 130

第26話

男はそう言うと、ジャケットの内ポケットからスマートフォンをとりだした。 そして、画面を操作し、写真を表示させる。 それは、黒いビジネスバックの写真だった。 カバンの表面にはブランドを示す小さなプレートが入っている。左下の方に擦れた白い疵がついている。こぶし大くらいの大きさの疵で黒いカバンに目立っている。 「このカバンだ」と男は言った。 「紛失された場所はわかりますか?」 「京浜東北線の中か、その駅の周辺の街中だ」と男は言った。 飯星は京浜東北線、と用紙に書く。 埼玉から東京を抜け神奈川まで続くかなり長い路線だ。 「京浜東北線のどのあたりでしょうか?」 「それが分かればとっくに自分で探してるだろう?」と男は答えた。「そうは思わないのかね?」 飯星は、その言葉は相手にしなかった。 「わからない、ということは、失くしたのはご自身ではないということですか?」と質問する。 「いや、わたしだ」 「どこの駅で乗って、どこで降りたのかを覚えていないということでしょうか?」 「大宮から大船だ」と男は答えた。「途中で東京駅や横浜駅で何度か乗り降りしたが、カバンを持ちながら移動した」 「JRの忘れ物センターには問い合わせましたか?」 「した。だが、見つからない」と男は答える。「連中は見つける気がないんだ」 連中というのは忘れ物センターの職員のことだろうか。この調子でセンターに問い合わせしたのだろうか。職員が気の毒になる。

ともだちにシェアしよう!