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第28話
男が帰って行った後、広瀬は飯星とオフィスの自席に戻った。2人の社員も外回りから戻ってきている。
「初日から変なお客さんだったね」と飯星は首を横に振りながら広瀬に言った。「いつもはもっと丁寧ないいお客さんばかりだから、あんな人ばっかりじゃないから」
戻っていた社員の一人が「どうしたんだ?」と声をかけてきた。「今帰ったお客さんか?」
そこで初めて飯星はげんなりした表情を浮かべ、応接室でのやりとりを再現する。
飯星は冷静に対応していたが、心の中ではやっぱり腹を立てていたのだ。
「災難だったな」と聞かされた方は言った。彼は嶋という名前だ。飯星と同世代で親しそうだ。「それに、おかしな話だな。協力的じゃないのに、なんで依頼に来たんだ」
「そう、不思議に思うだろ」と飯星は答える。
彼は、依頼主の名刺を裏表しげしげとみる。だが、それ以上考えは言わなかった。
しばらくしてから広瀬の方に顔を向けて言った。
「とりあえず俺から報告書を白石社長に送る。依頼内容が確定したら、誰がなにをやるのか、分担する打ち合わせをするんだ。だけど、今日はもう遅いから、明日の朝一でやる。広瀬くんには、多分、明日から落とし物センターに行ったり、問い合わせしたりしてもらうことになると思うよ」
大宮から大船までだから、結構動き回ることになると思う、と飯星は言った。
それから、飯星は時計をみて、今日は帰ってください、と言った。疲れただろうから、ゆっくり休んで、明日、また、と見送られた。そういう飯星はこの後遅くまで仕事をするんだろうな、という感じだった。
広瀬は、オフィスを出た。たいした仕事もしなかったが、初日は終わったのだ。
そこで、東城に連絡を全くしていないことを思い出した。一日5回なんて、できるわけがない。
ポケットからスマホを取り出すと、東城からメッセージが入っていた。いつ帰ってくるのか?今、どこにいるのか?といったことを聞いてきている。
最初は普通の確認だったが、最後の方の文章には返事がないことの苛立ちが透けて見えた。
慌てて返信を送った。
送り終えると、ふいに疲労の塊が襲ってきた。今日一日、何をするにも緊張していたからだろう。
早く家に帰ろう、と思った。
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