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第29話
広瀬の初出社を家から見送ると、東城は、自分の職場には向かわず、別な場所に行った。
広瀬には黙っていたが、今日は終日休みを取ったのだ。
午前中にまず向かったのは、オフィス街の大型ビルの地下駐車場だった。
大井戸署の宮田が指定してきた場所だ。宮田は地味なグレーの車の中で東城を待っていた。無言で助手席に招き入れるとすぐに出発した。車はレンタカーだ。
宮田はいつもかけている平凡な細い黒縁メガネではなく、太い茶色の縁のレンズも大きいメガネをかけ、髪の毛もワックスでとがらせている。服装はカジュアルだ。
「もしかして、変装してるのか?」と気になったことを口にした。
「当たり前です。東城さんは、なんでいつものスーツ姿で来るんですか。今日は休みじゃないんですか?」と宮田は緊張を含んだ声で言った。
「午後にも用事があってな。それに、そんな重要な話題だったのか」と自分が頼んだことの影響に驚いた。「やっぱり、白石の正体は、まずい奴だったのか?」
「話は後でゆっくりします」
宮田は車を走らせていく。どこに行くつもりなのだろうか、と思っていたら、グルグルと街を回った後で、元のオフィス街に戻った。そして、別なビルの駐車場に停める。
「ここなら大丈夫でしょう。尾行もなかったですし」
「ずいぶんと用心するんだな。この駐車場はなんで安全って言えるんだよ?」
「このビルのオーナーは、警察嫌いで、監視カメラもほとんどつけないし、唯一あるビル前のカメラも協力要請しても、令状がないと絶対にださないんです。令状があっても、あれこれ難癖付けて、時間がかかるんで有名です。監視カメラの捜査する時の鬼門なんですよ。逆を言えば、それだけ、安心です」
宮田はそう言いながら、メガネをとった。ポケットから取り出したハンカチで拭いて、また、かける。
「そのメガネはどうしたんだ?」
「これは、前から持ってるんです。こういう時に備えて」
「こういう時って?」
「広瀬が戻ってきてから、準備してるんですよ。いつ何時、悪の組織を敵に回すことになるかわからないと思って」宮田は大真面目だ。「広瀬がらみの時には、用心に越したことはないですから」
この気持ちは自分も同じだけど、と東城は思った。
だけど、ここまで警戒すると滑稽に見える可能性もあるな、用心しよう。それに、広瀬のことをかなりな危険物だとしてるんだな。
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