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第34話

広瀬が家の近くの駅の出口をでて歩き出すと、後ろから軽くクラクションが鳴らされた。 驚いて振り返ると東城の車だった。エンジン音が静かだったのと、仕事のことを考えていて気づかなかったのだ。車は広瀬の真横で停車しドアが開いた。 広瀬は助手席に滑り込んだ。 シートベルトをかけていると東城が「おかえり」と声をかけてくる。 「早かったんですね」と広瀬は答えた。 東城はスーツではなく、普段着で、仕事帰りではなさそうだった。 「ああ」と彼はうなずいた。 周囲に目を配りながら車を出し、家に向かう。大した距離でもないのに迎えに来たのは、自分が一回しか連絡しなかったからだろうか。 運転する横顔を観察すると、怒っている風でもなかった。 「今日はどうだった?初仕事、忙しかったか?」と優しい声で聞かれた。 「いえ。そうでもなかったです」 決して忙しくはなかった。久しぶりの仕事でかなり疲れはしたが。 信号で停まると、東城は手を伸ばして広瀬の頬と髪に指先で触れた。 引き寄せられるような仕草が、広瀬は好きだった。すぐ近くにいる相手に触れずにはいられないのは広瀬も同じだ。 車内は音楽をかけることもなく、ほぼ無音に近い。車は振動もなく走る。疲れている広瀬には、心地よかった。 駅からしばらくすると住宅街になる。このまま何度か角を曲がり緩い坂道を登っていくと、その頂上には東城の一族が所有する敷地の門がある。 坂道の途中で向こう側から車が降りてきた。 真っ黒でピカピカに磨き上げられたドイツ車の大きなセダンだ。 東城のSUVも相当大きいので狭い道路をギリギリですれ違った。 運転手と後部座席に人が座っているのは見えたが、顔や年齢、性別はわからなかった。 すれ違った後で「見かけない車だな」と東城は呟いた。「この辺り車は住民とうちの関係者くらいしか入ってこないけど、あの車種とナンバーは見たことがない」

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