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第35話

広瀬は、バックミラー越しに黒い車の後部を見る。 防犯意識が高い東城は近所の住民の顔や家族構成、車など必要なことは全部覚えている。人を見たら泥棒と思えだ、と本気か冗談かわからないことをよく言っているのだ。 その彼が見たことがない車だというからには本当にそうなのだろう。 そして、敷地の大きな門が見えてきた時、バックミラーに再び先ほどの黒い車がうつった。どこかで角を曲がり、引き返してきたのだ。 黒い車はスピードを緩めてはいるが、こちらに向かって来る。 「うちに用事なのか」と東城は言った。「まさか、今日の夕飯が石田さんの特製ビーフシチューだって知って、押しかけてきたんじゃないだろうな」 軽口をたたいているが東城の顔は無表情のままだった。 東城は門の前で一旦停止をし、スマートフォンを門のセキュリティーにかざして開錠した。門が重そうにゆっくりと自動で開いていく。 東城がシートベルトを外しながら言う。「広瀬、運転変わってくれ」 広瀬は、うなずき自分もシートベルトをはずす。 「俺は、向こうの車を見てみる。様子によっては、お前、このまま中に車を入れて、門を閉めろ」 彼は広瀬の返事も聞かずそう言いおいてドアを開けると外に出て行った。広瀬は、助手席から運転席に身体を移動させる。そして、ミラー越しに東城を見る。すぐに移動できるようにハンドルに手をかけた。 東城は自分の車の後ろに回り込み、坂を登ってくる黒い車を待つ。 黒い車は、じわじわと近づいてきた。ライトが東城を照らし出したが、すぐにロービームに切り替えた。 そして、広瀬の乗るSUVの車二つ分くらい後方で停車した。 東城は話しかけようとしているのか、車に近寄ろうとする。 危ないなあ、と広瀬は内心思った。あれで急発進されたら、普通の人なら避けきれずに怪我するだろうに。 ただし、彼は運動神経が抜群にいいから、かすりもしない自信があるのだろう。広瀬も、彼の敏捷さを知っているので、それほど心配はしない。 だけど、東城は人にはしょっちゅう注意してくるくせに、自分でもこんなふうに無茶なことをする時があるのだ。

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