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第36話
黒い車は動かなかった。だが、東城がもう少しで車に触れられるくらいの距離になったら、じわりとバックした。
東城が車の動きを警戒しながらじっと立っているとさらにバックし、それから、タイヤが右にずれ、今度は前進し、東城の前をゆっくりと曲がり、走り去って行った。
東城は、スマートフォンで車の後部を撮影し、完全に姿を消すのを見届けてから広瀬の待つ門の前に戻ってきた。
東城が助手席に乗ると、広瀬はアクセルを踏み、門の中に入った。車が入りきると門はゆっくりと閉まっていく。
しばらく門の内側で停まって待ったが、もう、黒い車が戻ってくることはなかった。
家の駐車場に向かっていく車内で東城が言った。
「ちらっと見えたが、乗っていたのは二人だ。運転席と後部座席に一人。運転席の男はスーツだった。後ろの人間はわからない」
「何をしにここに来たんでしょうか」
「心当たりはないな。市朋会の関係者やヤクザの勢田やお前の記憶の実験がらみの連中なら、わざわざ思わせぶりに来て、こんな示威行動とる必要なんてないはずだ」と東城は言った。「車を降りてさっさと話をするなり仕掛けてくるなりしたはずだ」
彼はスマートフォンを操作する。
「宮田に言って、ナンバーを照合してもらう」
そう言っていたのだが、ふと、途中で手を止めた。
「警察関係者に問い合わせるのはやめた方がいいな」と彼は言った。
「どうしてですか?」
「誰の差し金かまだわからないからだ」
「警察関係者の可能性も?」
「いや、それはわからない。だけど、慎重に越したことはないからな」東城はスマートフォンをポケットにしまった。
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